領主のお仕事・裁判権
「なあ。アンタたち、ホントに道あってんだよな? この先に《鉄齧りトカゲ》がいるって」
新米冒険者カナン。
彼は今、ダンジョン内で他の冒険者に同行している。
彼の交友関係は狭く、特定のパーティはない。
「へっへッ……、黙ってついてこいよ、こっちだからよ」
迷宮都市の冒険者は知っている。
鈍色の斧を携えた少年が、誰に目をかけられて──あるいは目をつけられて──いるのかを。
「そっか。──じゃあ、先に謝っとくな」
「ぎっ……!?」
突如。
撓った木棒が、カナンに先行する冒険者の肩口に振り抜かれた。
──それは、打擲ではなく斬撃だった。
「くくくくくッ、クハハハハ! 女遣いの云う通り、都市に壁蝨が紛れておるようだなぁッ!」
ダンジョンの野に鮮血が舞う。
肩を斬られた者は、そのまま上半身と下半身が泣き別れになった。
その傷はもう二度と塞がることはない。
「おっと。殺めてしまったか。くくッ。あやつの武具では、なかなか加減が利かぬなあ?」
朱色の袴に、白い衣。
最凶の冒険者殺しにして、最悪の冒険者殺し殺し。
「人斬りセツナっ……!?」
迷宮都市デロルにて、カナンが孤立する原因が、そこに立っていた。
セツナは、血塗れの木棒を掲げ、冒険者たちに問う。
「血を賭けろ。命を張れ。己が骨肉を死へと晒せ。それこそが、魂魄をたまみがく道よ。貴様らは、我と同じ、血塗られし悪鬼の道を歩み研鑽を積むものか?」
「ちくしょう、なんでテメェーが……!?」
「迚、弱きが更に弱きを啜るに過ぎぬのか」
「アンタ、あの有名な『人斬り』だろ!? オレらぁ、今冒険者をぶっ殺す仕事を──」
「くだらぬ」
「がぴッ」
「隙だらけだ」
「けぎァ」
「とっくりと鍛練するがよい」
「ぎゃあああ──ッ!!」
「来世でな」
達人は道具を撰ばない。
セツナが手にした得物なれば、あらゆる事物が必殺の剣となる。
紅白の美貌が、手にした長棒をぬらりと揺らす度に、対手が次々絶命する。
(師匠の技は、いつ見ても……)
師匠と仰いだひとは、息をするように他人を殺す。カナンは何度見ても、その姿を恐ろしいと思う。
一呼吸の間に、ひとりを除いて全員が絶命していた。
「あ、あああ! ち、ちくしょ、ちくしょう!! なんでだ……!?」
「アニキが言ってたんだよ。最近、安全なダンジョンで、人気のないトコに誘って襲いかかるヤツがいるって」
「くく。あやつめは、またぞろ珍妙なことをしているからな。耳も早くなろうものだが──ふん。つまらぬ。あやつの本質は、死線に近しみ、躱し、くぐり抜ける、その心胆にあろうに」
「で、アニキはこうも言ってた。『残念ですけど、今のカナン君に声掛けてくる相手はまず命狙ってますよ』って」
カナンが兄と慕う輩こそ、迷宮都市デロルにて、カナンが冒険者から孤立する一番の原因であった。
無能と蔑まれる灰髪でありながら、人を喰ったような態度を取るあの男。
傍らに世界最強の冒険者を侍らせる男。黒い噂が絶えない男。つい先日、領主に徴用された男。
一般的な冒険者の同僚に対する尺度とは、そいつが自分より強いか否か──白か、あるいは黒かである。
しかし──迷宮都市デロルの冒険者は、キフィナスを強い弱いでなく、まず『理解できないもの』と見なしている。
冒険者ギルドにて、カナンがキフィナスを指してアニキと呼んだ一件は、当人らの認識以上に波紋を広げていた。
「おい。弟子。何を突っ立っている」
「え?」
「我は、残り一匹まで減らしてやったのだぞ?」
尻餅をついた男を、セツナは指さした。
「やれ」
「でも師匠、オレ人と戦ったことなんて──」
「二度言わせるな。やれ。我は手を出さん」
「手を出さねえって……、な、ならよ! そのガキを殺せばッ、俺は見逃してもらえるんだなっ!?」
「殺すが?」
「なッ──ヒイィっ!」
セツナは男の右耳を斬り裂いた。
「大した痛みでもなかろうに。ああ、くだらぬ……、いやしかし、なるほど、そうだな……」
ふと、セツナは灰髪の青年を思いだし『あやつならどんな提案をするか』をセツナなりに考え、
「──その餓鬼を殺してみせろ」
意志が折れた惰弱な冒険者を、再び戦場に戻すことを決めた。
「そら、どうした。何を茫然としている? 糞尿を垂れ流す前に立ち上がれ。かかれ。殺せ。さもなくば、今殺してやる」
「師匠……!?」
「あ……、へ、へへっ……! ぶっ殺す……!!」
「さあ、我が弟子よ──飛びかからんとする虫螻を、殺せ」
ダンジョン利権の話をしよう。
ダンジョンとは、街中に突然生成される次元の歪みだ。それがどこに繋がってるのかわからないし、何が採れるかもわからない。
雀が鳴き始める朝、何もない道端に突然ダンジョンができたとする。
その日の夕方までには、ダンジョンを囲むように事業者が群がって店を作っている。
その商魂たくましさには驚かされるが、これはまあ、まだいい。
次のケース。少し複雑になる。
個人が保有している土地の上にダンジョンが生成された場合、元の土地所有者にダンジョンを所有する権利が発生する。
……でも、もちろん個人にダンジョンを管理するノウハウなんてない。だから、冒険者ギルドに管理を委託したりする。
なんだそれって法律だけど、元々は大領地を所有している貴族様が自分のモノだって主張するために成立したものらしい。
それも、まあ、まだいい。問題を感じるけど、まあまだマシだ。まだね。
「あの土地は先祖代々我が家が所有しているものだ! 証明書だってある!!」
「三代に渡って生活してきた土地だ!! 一度として、お前の姿など見たことがない!!」
その次。
生まれたダンジョンに対し、複数の人間が管理者だと名乗りを挙げるケース。
一言で泥沼だ。
「お前にこの土地の権利は──」
醜い様相を呈する法律バトルが、いま僕の目の前で繰り広げられている……。
ロールレア家の家臣の長だから参加しなければならないって言われてもなあ、という気持ちは拭えない……。
──領主の役割のうち、重要なものに裁判の判事というものがある。
人間が二人いればまあ気に喰わないことのひとつやふたつは出てくる。それが三人、四人と広がって、広がるにつれて問題はこんがらがって、いよいよ収拾がつかなくなっているのが社会であり、そんなわけだから誰かが問題を切り分けなきゃいけない。
自分でやればいいだろ、という気持ちはある。いっそ殺し合いでもしてどちらが強いか試せばいいんじゃないか、みたいな不謹慎な考えも出てくる。ダンジョン利権そんな口角泡吹き上げてまで欲しいか、みたいに思う。
どんどん下がる僕のやる気に対し、ステラ様とシア様はといえば神妙な表情で二人の主張に傾聴している。
まじめだな、って思った。
「……土地の権利書を持っている者、でしょうか」
「うーん、でも今まで来てなかったんでしょ? 三代も顔を見せてないって話なら、その権利なんてあるのかしら」
「……複数の大領地を持っている家は、代官に管理を任せ、死ぬまで領地に足を踏み入れないという例もあると聞きます」
「でも、管理は頼んでいないじゃない? あんなに大きな宝石をジャラジャラ付けてて、暮らし向きはとても裕福でしょうに」
「……領主の前でみすぼらしい衣服を着ることも、私はどうかと存じます」
まじめなお二人が平行線な議論を続けている。
部屋の中央、裁判官席は魔鏡コウモリの翼膜をカーテン上にして覆っているため、ここでの様子が表に出ることはない。
評決が整い次第、判決を宣言する形式だ。これは僕が考えた。ステラ様もシア様も、相手の不服を飲み込ませるだけの威厳と経験はまだ足りない。議論してる様子を見せれば不安にさせるだろう。
そういえば見えないんだからいくらでも欠伸していいな。僕は大きな欠伸を──、
「キフィナスさんはどう考えるの?」
「ふぁう……、え? あー、そうですね……」
突然指名されてちょっとびっくりした。
どっちか片方指定して貰えれば、そっちを勝たせるための論理は作れますけど。どっちでもいいですよ。
「……私たちは、正しさを判断しているのです。それでは、意味がないでしょう」
「ありますよ?」
領主裁判とは、すなわち権力を使ってトラブルを解決する手段だ。
それが公正である必要はない。どうせこの国には法の下の平等って概念ないんだし。それなら、味方したいどちらかを自由に選んで、権力で押し切ればいい。
ただ、公正であると感じさせることは必要だろうけど。じゃないと第三者からの攻撃材料になるからね。
「またいつものひねくれ節が出たのだわ……。じゃあ、質問を変えるわね。あなたは、どっちを味方したいの?」
「いや、別に」
「……おまえは……」
強いていうならどっちの味方もしたくないですかね。
そこの宝石ジャラジャラ付けた土地の権利書持ってる方の人ですが、浮いた土地の権利書を買い漁る商人さんです。もちろんそれは法的に誤ったことではありませんが、領主を前にした発言に偽りがあります。
「ふうん。じゃあそっちの──」
わざとらしくボロ切れ着た何代に渡ってそこに住んでるって人は、聾者を装った物乞い詐欺の常習犯です。で、権利書を持っていないことからもわかるとおり、全うな手順を踏んで住むようになってはいない人です。そこで暮らしていることは事実ですけどね。実際に後を尾行てみたことあります。
「何をしてるの?」
「いや、物乞い詐欺してる人って普段どうやって過ごしてるのかなって。興味本位ですかね? 目の前でかんしゃく玉破裂させたら跳ねて驚いてそのリアクションが面白かった、というのもありますね」
「……おまえの性格の悪い人間観察はともかくとして。両者ともに、その気質に問題があることはわかりました。ダンジョンを管理させてよいと見なせるかといえば、少し難しいですね」
「三人目の……正当な土地所有者とか、いないかしら? 欠点をすべて解決してくれるようなひと」
「いたら嬉しいですねー」
いないから彼らはこうして法廷バトルをしている。
顔を真っ赤にして、お互いがお互いを今にも殺さんとばかりだ。
「……しかし、どうするのですか」
「そうですねー、問題解決はできるなーって」
ええと、それには僕の職場環境の働きやすさが関わってきます。
つきましては、権利である『自由な休憩時間』を行使させていただこうかと。
「許可するわ。許可するけど……いったい何する気なの?」
休憩時間なんだからゆっくり休みますよ、もちろん。
その片手間に、まあ、ちょっとした寄り道しようかなと。
・・・
・・
・
「ただいま戻りましたー」
「おかえりなさい。早かったわね」
「……お、おかえりなさいませ。き、キフィ……、何をしていたのですか」
「ん……? あー、いえ。大したことは特には。ただ、権利を確認していただけですよ」
土地の所有権のために、二人は相争っていた。自身の権利を確認するために闘争している。
ところで、およそ社会の下の方と表現して差し支えない冒険者にも、いくつか特別な権利がある。
所有権の確定していないダンジョンへの侵入および踏破する権利だ。
「いったん帰らせてあげてください。『続きはまた明日』と」
「……おまえ、まさか……」
「はい。休憩中に偶然そこを通りがかった僕は、ちょうど彼らの主張するダンジョンが既に存在しないことを、たまたま確認しました」
不毛な争いがあるなら、その原因から絶てばいい。ダンジョン生成が貴重な、普通の領地ならいざ知らず、ここは迷宮都市デロルだ。
それとも──ダンジョンがなくなってなお、狭い土地が果たしてどちらのものかを争えるほど暇してるんだろうか?
僕はけらけら笑った。それに釣られて、ステラ様もにっと笑った。
「ふふ。とんだ悪者がいたものね?」
「正当な権利の行使かとー。冒険者ギルドに話を付けない相手方にも問題はあると思いますしー。いやあ、いったい誰がそんなことをしたんでしょうねー」
僕は、ちょうど偶然たまたま目の前にいた、メリーのふわふわの髪を撫でた。
やっぱりモヒカンどもで終わりじゃなかった。
今の冒険者ギルドは、明確に行方不明者が多い。
安全の確認されているダンジョンに潜んで襲ってくる冒険者狩りを危惧して、デロルの冒険者は新しく生成されるダンジョンに足を伸ばすようになった。
そうなると、
「おや。こんにちはー」
僕と冒険者の人で顔を合わせる機会が増える。
僕は、目下裁判で係争中のダンジョンで同業者とご挨拶した。
「……ちっ」
返事は舌打ちだけだ。くるっと踵を返される。
いやあ、誰かとの出逢いって基本的に喜ばしいことだなーって思ってるんですけどね、僕の側は。あはは、つれない。
ん、いやでも冒険者との交友関係広げるとか暴力の臭いしかしないな。とりたてて喜ばしくもなかったし、相手から関わってこないのはむしろ喜ばしいことなのでは。
ダンジョンをメリーとふたり歩く。
気温とか空気とか足下とか、探索に当たっての環境はいい。
手に入る迷宮資源は……そこらで騒いでる冒険者さんどもの反応を見るに、かなり実入りがいいのかな?
──まあ、全部破壊するんだけどさ。
おや、冒険者パーティが僕を見てひそひそと耳打ち話をする。
何喋ってるんだかわからないし興味もないけど、不意に『女使い』とかいう単語が聞こえた。
メリーがぴく、と反応する。
「きふぃ。ゆけ、と。ゆう」
「えーと? 一応聞くけど、言うとどうなるのかな?」
「めり。ゆく」
「どこに?」
「やつらの、のどぶえ」
「ダメに決まってんでしょ凶暴だな!?」
・・・
・・
・
そうして、いつものようにダンジョン・コアは破壊された。
ここは街中、僕のおこづかいで買い占められそうな安い土地。
「……しかし、まさかダルア領のつまらない攻撃が、僕とメリーにも関わってくるとはなぁ」
「ん。じゃま」
そっか、メリーが邪魔って思うか。
じゃあ──なんとかしないとね。




