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お金を借りよう!!/キフィナスの過去 1



 ──ぁこれは語るも涙、聞くも涙の物語っ。


「妙な抑揚は付けなくてもいいよ」


 あ、そうですか? 吟遊詩人みたいなことをしないでも?

 僕ちょっと憧れなんですよね吟遊詩人って。

 何せ詩を吟じるのは痛くも怖くもない。


「キミの夢に貢献できなくて申し訳ないけれど。ボクは語りの技術を楽しみたいわけじゃないからね」


 そうですか。じゃあ普通に話しますね。

 ええっと、まず、僕の名前はキフィナスです。年齢は17歳。

 西の辺境の果ての村……ええと、今は廃村なんですけど……そこで生まれて、王国にやってきました。

 それ以上の特徴は別にないです。どこにでもいる普通の男ですよ。


「特徴がない、ということはないだろう。キミは《灰髪》だ。つまりキミには魔力がない。魔力がないということは、《ステータス》も見られなければ《スキル》も使えない。大きなハンディキャップじゃないかな?」


 別にそれらがそこまで必要だと思ったことはないですね。

 ああ、ちょっと嘘つきました。見栄を張ってました。《ハックスラッシュ》とかうちの宿屋の食パンを切り分けるのに便利そうでかなり憧れますね。やりたいなぁ、ハクスラ。ハクスラ大好き。


「面白いコトを言うね。キミはふざけた態度を取っているが、ステータスを確認できない相手を雇い入れる事業者は少ないだろう。灰色の髪が就ける職業は限定的だ。辺境出身者ということは、滞在するために何かしらの条件をクリアする必要もあるだろう」


 ええ。だから僕は冒険者なんてやってるんですよ。

 その辺冒険者相手の金貸しなんてやってる人ならわかってると思ってたので、説明しなかったんですけど。


「うん。でも、それを含めて語ってもらうことが重要なんだ。語らないのなら、なぜ語らなかったのか、という切り口からキミの価値観が見えてくる。キミは相手に合理を求めるタイプだ。皮肉で軽薄な言動は相手を見極めるためと、何より相手に軽んじられ、油断を誘うため。違うかな?」


 さあ。どうなんでしょうね。


「慇懃無礼な態度ではあるが、キミは今まで敬語を崩していない。それは心理的防衛が強いことを示している。キミは誰かを容易には信用しないようだね。ここに来て、飲み物に口を付けているにもかかわらず、一切の警戒を欠かしていない」


 ご想像にお任せしますよ。

 貴方の中の僕が現実の僕からどれだけ離れていくのか楽しみですね。


「自己の認識というのはブレがあるものだよ。キミの考える自己と、周囲から見られている自己はどちらが正しいだろう? ボクは、他者が見ている自己の方が優越していると思うけれど、どうかな」


 他人から見える僕は、灰髪のろくでなしでしょう?

 それ以上は何もないですよ。


「さてどうだろう。灰髪の多くは社会的弱者だが、キミを成功者と捉える見方もあるかもしれない。いや、一旦話を戻そうか。今はキミの生い立ちの話だった。

 キミの出身は辺境の廃村。とすると、出てくるだけの理由があったのだろう。魔物に襲われてしまったのかな?」


 はい。元々限界集落のダメ村だったのでいつ滅んでも仕方ないかなという感はあったんですけどね。村に入り込んだ魔物相手に、メリーと二人、命からがら逃げてきました。


「おや。そいつとは、その時点から行動を共にしていたのかい?」


 ええ。同じ村で、同じ誕生日に生まれたんですよ。


「なかよし」


 そうだね。メリー。


「それは面白いことだね。『限界集落』というからには若者の数も少なかったんだろう?」


 ええまあ。5歳とか6歳とか、とにかく幼い頃のことだったので。もうほとんど思い出せないんですけどね。


「それは忘却してしまったのか、過去のトラウマから記憶に蓋をしてるのか、それとも……、ああごめん。脱線はボクの悪い癖だな。キミの物語に戻ろうか。

 辺境ではダンジョンの外でも高レベルの魔物が活動できると聞く。それこそ()()()のような……いや、不謹慎だったかな。やはり辺境は、人間の生存圏ではないみたいだね」


 心から同意します。

 朝も夜も見張りをつけていないといけませんし、強い魔獣は空からも襲ってくる。撃退できる人間がいればまだしも、そういう人がいなくなってしまった辺境の人里は、魔獣にとってはおやつ袋みたいなものだったんだろうなって、今では思います。

 村を囲っている堀も柵も、いざ有事の際には人間を逃がさないための檻として機能してましたよ。


「檻か」


 ええ。何か?


「いいや、特徴的な形容だと思っただけだよ。続けて」


 はあ。

 ええと、そんなこんなでメリーと二人、廃村から……まあ、その、色々なところに行ったんです。


「ふむ……。色々なところ、ね。というと、キミたちは子供の身で、辺境を旅して回っていたということだね」


 そうです。……ただ、やっぱりどこでも余所者に対する偏見ってすごいんですよね。

 やれバケモノの子だー、とか、盗賊の一味だー、とか。僕らが訪ねた集落の人間なんか全員追い剥ぎで、旅人の身ぐるみ剥ぐのが主な収入源だった……ってこともありますね。

 一番恐ろしかったのはもちろん魔物たちですけど。


「いつまでも転々としていたのかい? どこかを拠点にしていたと推測するけれど」


 ええ、まあ。推測の通りです。

 ある時、メリーと一緒に、ひとつのダンジョンに入ったんですよ。


「ダンジョンか。まあ、それはそうだろうね。食料の確保には最適だろうし、浅い階層なら命の危険は少ない。ただキミの口ぶりだと、拠点にする──どころか、物語るに足る特別な理由があると見える」


 はい。僕らはそこで、5年の時を過ごしたんです。


「ほう! ダンジョンで? 特徴を説明してくれるかな。あれらは星の記憶を湛えているからね。ひとつとして同じ空間は存在しないんだよ。ダンジョンを攻略した回数が多いということは、それだけ色々な世界に触れていると言っていい」


 はあ。いいですけど……。随分お詳しいんですね。


「それは勿論。ボクの顧客の多くは冒険者だし、これでも《ダンジョン学》の学位を修めているくらいだからね。さ、話してくれたまえ」


 ええと、特徴ですか……。特徴って説明するの難しいな。

 まず、気候は穏やかです。それと、ダンジョン内に沢山の建物があって、一言で表現すれば四角が集まってる、って感じですかね。時々四角じゃない、妙な形の建物もありましたけど。どの建物もだいたいガラス張りでした。

 あと、特徴的なものといえば地面かな。えーと……なんて言えばいいのかな。迷宮都市の石畳と違って、すごく平らに舗装されていました。あと、なんか白い文字とか記号とかが書かれてたり?しましたね。

 

「ほう? それは……とても、とても面白いことだね。ある程度目星はついたよ。その世界に魔物はいなかっただろう?」


 ええ。だから長期間過ごせてたんですよ。


「そこに人間はいたかな?」


 僕らの他にですか? いや、いませんでしたけど。

 ああ、それと本が沢山あったりしましたね。そこで文字──って言っても、王国で使われてるやつとは違うんですけど──とにかく文字を覚えて、色んな本を読みましたね。


「そうか、いないか。なるほどね。それは確かに、今のキミの軸を形作る経験だ。キミの人生哲学である『痛いのと怖いのは嫌』というのは、そこで培われたのかな?」


 どうでしょう? どちらかというと、旅の中で自然に出てきた感想だと思います。

 あの世界は穏やかで、痛いことも怖いこともありませんでしたから。

 ……あれ? 僕の人生哲学なんて、どこかで喋りましたっけ?


「キミはそれなりに有名だからね。口癖のひとつやふたつは知っているさ。でも、自分の口で喋ってもらうことに意味があるんだ」


 はあ。

 ……こうして振り返ってみると、ちょっと懐かしいね、メリー。


「ひなたぼっこ。すき。すきだった」


 ああ、うん。あそこは、冬の太陽みたいに穏やかな日差しがずっと照ってたよね。

 逆に室内は真っ暗だったりしたけど。


「この部屋よりも暗かったのかな? ……おっといけない、これは事柄を掘り下げる質問であって、キミの内面を掘り下げる質問ではなかったな」


 この部屋も大概暗いですけど、ここの比じゃないですね。

 しっかり寝るときは、そういう暗室に行ってから寝てたんです。太陽が落ちたりはしなかったので。


「そうか。さぞやいい世界だったのだろうね。しかし、どうしてそこ──ダンジョンを、出たんだい?」


 ダンジョンのコアを壊しちゃったんですよ。

 別にわざとじゃなくて、当時は知らなかったんです。

 ただまぁ、あの失敗がなくても、いずれは出て行ったと思いますけどね。


「なるほどね。それなら、どうして王国に来ようと思ったのかな? 西なら《ヘザーフロウ帝国》の方が近かったろう?」


 帝国には寄ってないですね。ちょっと色々あって、迂回する形で王国に着きました。


「色々とは?」


 ええと……、《カルスオプト》って……ご存じです?


「四つ足で辺境を走り回る巨大な鋼鉄のことかな。少し前に滅んだと聞いているけれど」


 ええまあ、ちょっと縁があって。その順路で迂回したわけですね。

 崩壊にも……まあ、関わってますけど。その話はいいでしょう。


「多少強引にでも聞き出したいところだけれど……まあ、気分を害するというのなら、今日はしなくても構わないよ。キミたちは旅をして、さまざまな世界を目撃してきたということだね。

 もっとも、そこのカルマイーターがいるのなら、旅などせずとも辺境に一拠点を築き、そこで問題なく生きていけると思うけれど。その選択は取らなかったのかな?」


 いやまあ、辺境でもなんとかしようと思えばなんとかなったのかもしれないですけど、安心して眠れない環境はやっぱり嫌ですよ。

 メリーだって、もう寝なくてもいい体とはいえ寝ますしね。この間も宿屋で、僕の隣のベッドで、一日中寝て身じろぎひとつで寝具や壁を壊してたね。


「またしたい。する。しよ」


 一応言っておくけど、僕あの後すごいスメラダさんとインちゃんに謝り倒したんだからね。ヒビが建物全体に広がってたり土魔法使える業者の人に超特急でやってもらったんだからね。

 やるにしても宿屋は変えよう。後腐れないように。

 ……ええと。ごめんなさい、話を戻しますね。とにかく、王国に来て僕らにとって一番大きかったのは睡眠ですね。

 寝るときに天井がない、なんてことはしょっちゅうでした。地べたにマントを敷いて埃をそのまま吸わないようにして、それでも雨が降るたびに目が覚めて、体温が下がるんです。メリーなんてびっくりするくらい冷たくなる。


「あめすき。きふぃ、あったかくなる」


 僕はあまり好きじゃないしそれ熱だよ。体調が崩れてるんだよ。

 天井がないって本当に嫌だなって思うし、天井をつけるのはなんていうか社会の義務だと思う。王国はどんなに貧しくても天井がないところで寝るなんてことはほとんどないからいいよね。


「失礼。キミたちが仲睦まじいのはよくわかったが、いいかな? 辺境から王国までの旅路について、語ってもらえるだろうか」


 そうですね……、辺境と王国の間の、魔物がそこまで出てこない《大平原》地帯では、今度は人間の方にとてもお世話になりましたね。

 僕らをただの子供と見て奴隷商の人が声をかけてきたりとか、しょっちゅうありました。

 今も活動してますよね、奴隷商。


「一応王国では違法、ということになっているけどね」


 なっているだけですよね。なってるだけマシですけど。

 なにせ帝国は公認で奴隷制がありますからね。僕らが帝国を避けた理由にはそれもありました。


「あれはあれで、弱者に対するセーフティネットになるし、一概に悪いものではないんだけどね。奴隷制度がなくても、強者は弱者を隷属させたがる。奴隷制度の場合、自由な選択権は失われるだろうが──」


 僕には、納得いかなかったので。


「……なるほどね。キミの口振りから察するに、法律がない《大平原》を旅したことは、キミにとってはあまり愉快な経験ではなかったようだね」


 へえ、『大平原には法律がない』ですか。物知りですね。いや、まったくその通りです。

 《棄民狩り》の連中なんかはそれをフル活用してましたね。


「その口ぶりだと、キミたちも無秩序の恩恵に与ったようだけど」


 そこもご想像にお任せします。

 僕は善良ですし、メリーも優しい子ですよ。


「ん。めりは、やさしい」


 そうだねメリー。それじゃあ、僕の拘束をもうちょっとやさしくして……ったぁーい!


「……日常的な虐待と《平原人》との接触が彼の人格形成に大きな影響を与えているのは間違いなさそうだ。回復魔法は必要かな?」


 いえ。慣れてますので大丈夫です。メリーにかけてもらってもいいですしね。


「DVに慣れきっているようだね……」


 あー、えっと、身の上話続けてもいいですか? それとも、もうお金くれます?


「いや、続けてくれるかな」


 わかりました。

 ええと、それから──。



・・・

・・



「とても興味深い話をありがとう。とても楽しかったよ。キミに対して、大きな興味が湧いた」


 舌が乾くくらい喋り通した僕は、クロイシャさんと相対している。

 クロイシャさんの赤い瞳は優しい。どうやら僕の身の上を知って、僕が善良な人間であると認識してくれたらしい。

 やったぜ。


「それじゃあお金を貸していただけるんですね?」


「うん。──改めて、キミには貸せないことがわかった」


 え? なんで?

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