「レベッカさん頭おかしくなりました?」
美人さんだと街でも評判な、栗色の髪の受付嬢さんによる、心の底から嫌そうな顔で下手くそな《あーん》を体験した感想は、『なんていうか仕事って大変だな』だった。
嫌っている相手に手ずから施さなきゃいけないとか、聖人の試練か何かかな?
いやまあ、ギルドの受付ってなると本当に色んなひとが来るから、あるいはこういった高負荷ストレス体制にも慣れているのかもしれない。
「かわいそうなレベッカさん。お仕事って大変だなぁ」
「あ゛ぁんっ!?」
そんな彼女に対して、僕が憐憫を口にすると、またえらくガラが悪い返事をもらった。
「……で。僕に用件って何ですか。わかってると思いますけど。『僕を動かすことでメリーが仕事してくれる』とか考えているなら、絶対乗りませんよ。ギルドに火つけます」
「火ってなに」
「あっ。いえ、何でもないですレベッカさん。不審火を僕のせいにされたら困ってしまいますし、いざって時のために……あ、いえー。なんでもないですー」
「あるだろ」
「ないですーー。メリーが関わらないなら、何でもないですよ」
僕は再三、再四レベッカさんに告げていることを今日もまた繰り返す。
「気になることはありますけど……。『キフィナスさんを動かして、メリスさんに何とかしてもらおう』なんて考えは、もちろんないですよ。その時はメリスさんに話を通すのが常道ですから。……ってーか何度目ですかこれ」
レベッカさんはうんざりした顔をする。
まあ、そうですね。これ何度目だろ、っていうのはよくわかりますよ。
僕、結構これ言ってますからね。
けど、これは重要な確認事項だ。
「キフィナスさんが直接の当事者……ってわけじゃないですけど。かなり関係者で、解決できる問題なんですよ。というのも──」
──メリーが、いくら強い力を持っていたとしても。それが理由で、誰かにいいように使われるようなことはあっちゃいけない。
訳知り顔で『才能があるから』なんてもっともらしいこと嘯いて、ひとりの女の子を、たった一人で、世界中の誰ひとりとして行きたがらない死地に追いやることを。
僕は、認めない。
「ウチのギルドに、今ちょっと厄介な客が来るようになって──」
「きふぃ」
……もっとも、その子の側から行きたがるんだけどさ。
ん。なんだい、メリー。
僕は、メリーのふわふわの金髪を撫でて答える。
「よんだだけ」
そっか。
そういうとメリーは、もぞもぞと僕の膝の上へ登ってきて、ちょこんと腰に座った。
僕はメリーの髪をふわふわ撫でた。
「ギルドとしては評価してないあんたの──」
「きふぃ」
なんだい。
「ん。よんだだけ」
そっか。
僕がメリーの登攀で痛む足と座られた衝撃による大腿骨の痛みに耐えていると、メリーが僕の胸にぺっとりともたれ掛かった。
僕はメリーを撫でた。ちょっとくすぐってもみた。
「────」
「きふぃ」
なんだい。
「よんだ。だけ」
そっか。
僕はぎりぎりと肋骨に掛かるメリーからの負荷に耐えながら、金色の髪を撫で──。
「ですから──あの、ちょっとちょっと。イチャつくのやめてもらっていいですか。わたし、今、話をしてたんですけど」
「ええはいー。もちろん聞いてましたよーー。つまり、僕が痛い思いや怖い思いをしろってことですよね?お断りします」
「ちげーんですけど? 話聞いてないならそう言えって話なんですけど? ってーかイチャつくのやめろって言ってるのにメリスさん撫でる手止めないのどういうこと?」
「いや、メリーが腕をぐいぐい引っ張ってくるので」
「ほんとだかわいい」
「僕の腕がもげそうなんですよね」
「あんたいつも表現が大げさなんですよ」
レベッカさんの眼は節穴のそれだった。
かわいーとか手ちっちゃーいとかの前に、見てくださいよ僕の腕の凹み方。
服の上からでも強烈な握力が掛かってるのがわかるでしょ? これね、すごい痛いんですよ。軋んでるんです僕の腕ーー。髪撫でたげるから離してメリー。腕もげちゃうからメリー。
ん。ありがと。
──で。レベッカさん。
もう帰ってもらってもいいですよ。
「帰るわけねーでしょ! 話ロクに聞いてないでしょあんた!」
「はい。実は、そうなんです」
「こいつ喧嘩売ってんな」
おかしい……。
非を認めたのに悪く取られたぞ……?
「はあ……。こいつってなんでこう……。イチから話しますよ」
「恐縮でーーす」
「恐縮の態度それ!?いちいち腹立つなこのひと! ……えーと。ここ数日ですね。厄介なお客さまが、来てるんですよ」
「はあ」
厄介なお客さまというと、街の住人なのだろう。
冒険者相手ならそんな形容はしない。
すると……孤児院の愛のひと、アイリーンさんでも来たのかな。
「いえ。次にあのひと来たら憲兵呼びます。決裁も取りました」
あー……まあ、前科が前科だけに、妥当な対応だった。
しかし、アイリーンさん案件じゃないとすると、いったい誰なんだろう。
僕をけしかけるってことは、僕が関わってるはずだけど……心当たり……ううん、わからないな。僕ってば善良だし。
「キフィナスさん、薬草採らなくなったじゃないですか」
「そうですね。駆け出しの冒険者が薬草採取に行けなくなって、冒険者はまたひとつ危険な仕事になりましたねー」
「いや、今でも適正判断とかには使いますよ」
えっズルい。じゃあ僕も駆け出し冒険者になりたい。
ずっと適正判断だけやってたい。
「冒険者適正絶無野郎がなに言ってんですかね。妄言はいいんで。で、薬草の卸し先ってどこだかわかります?」
いや、知らないですけど。
たぶん施薬院とか、薬師とかじゃないんですか?あ、それとも教えてくれるのかな取引先。
それなら、その人と直接交渉することでギルドの手数料を挟まずに取引できますね。
うわぁーー。やったー。まさか冒険者ギルドの看板受付嬢さんが、勤務時間外に、僕にこっそり裏引きのための情報をくれるなんてすごいなぁーー。
「……今回の案件では、裏引きをやってほしいんですよね」
…………えっ? 本当に?
「ええと、気を悪くするかもしれないんですけど。大変恐縮なんですけど。差し出がましい、的外れな形容かもしれないんですけど、おそれながら申し上げますね。
──頭おかしくなりました? レベッカさん」
「丁寧な前置き付けときゃどんな失礼なこと言ってもいいみてーに考えてないかこいつ」
いや、おかしいでしょ。
恐れながら申し上げましたよね。こわぁ……。
利益相反のやつかな? ああ、そりゃ業務時間外に来ますよね。自分が所属してる組織に砂を掛けてでも、相手方に利益を供与したいと。そしてその見返りを自分のポケットの中にないなーいってしたいと。
僕に声を掛けたのも、僕の評判が最悪だから仮に露見しても簡単に切り捨てられるからかな?いやーレベッカさんって意外と腹が黒いひとだったんですね。
「違いますよ! いっちいち想像力が黒い方向に豊かだなアンタ! この話、マスターも知ってますからね! だから午前休取ってんですから!」
「あの酒飲みのおじさんとか二秒あれば騙せますけど? カウンターの向こうに並んでる酒の中身ぜーんぶ泥水に変えて、その上で疑問にも思わせない自信ありますねー」
「捨てろそんな自信」
「いや、ひょっとしたら既に変えてたかもしれませんねーー? 樽の色味を吸った蒸留酒は茶色で混ぜやすい。そして、スプーンひと匙混ぜればそれはもう泥水だ」
「……ほんとにやってないですよね?」
「さあー? 記憶にはないですけどー」
「やってないって明言しろよ……つーか大げさですよ。ほんとアンタいちいち大げさなんですよ。薬草っぽっちで得られる利益なんてタカが知れてるでしょ」
「本命を試す前に。僕でテストしてるのかなーって」
「その発想そこまでいくとビョーキですよ!?」
いやいや。
そこまで珍しいことでもなかったですよ。冒険者と、ギルド職員個人の癒着って。
商人・職員・冒険者のトライアングルは鉄板です。なにせ露見しにくい。
ただ結構使い古された手ですし、僕なんかをそこに混ぜようとしたとか、頭おかしくなっちゃったのかなー……って。てっきり。
よかった。誤解だったんですね。言い逃れがお上手だ。
「だから違うっつってんだろ……! ほんと厄介だなあんた!」
「厄介ですよ? 僕は厄介だ。だから、僕なんかの力は借りない方がいいですね」
「ほんとにその方がいい気がしてきた……。いやでも、アンタみたいに厄介なのが来てるんですよね、ウチに。薬草の質が今までと変わったーって、昨日も朝から晩までずっとクレーム入れてきてたんですよ」
うわ最悪だな。
ノイローゼになりそう。
「ほんとライラが可哀想で……」
……最近入った後輩の名前を出した時のレベッカさんは、今日一番、僕にあーんってやるよりよっぽど深刻そうな顔つきだった。
「まあ、適度に冒険者ギルドに媚びを売っておくのも悪くないですかね」
──この辺で潮時だろう。
必要なのは適度なバランスだ。
冒険者ギルドなんて胡乱な組織、間違っても頼られたくはないけど、決定的な敵対もしたくはない。
「行きます。誰かと出会うことって、基本的に喜ばしいことですしね。どこに行けばいいですか」
「この時間なら、もうギルドにいますね。朝7時くらいには、既に扉の前に立ってるんですよ」
完全にやばいひとじゃん……。
ま、いいや。僕が解決できなくても恨まないでくださいね。僕は善良で誠実な八流……、あれ九流だっけ?まいいや。そんなざこざこ冒険者なんですから。
「善良でも誠実でもねーでしょ」
まあ、レベッカさんの中の僕はそう、ということでしょう。レベッカさんの中ではね。
さ。それじゃ行こうか。メリー。
「ん。きふぃ。いいこ。なでる」
うあああああああぼぼぼ僕をののののの脳しんとうでぶぶぶっ倒すのはややややめてくれませんかメメメメリーさんんんんんん……
「いいこ。いこ」
うううううメリーさん止めてとめててててあああああああ……
「うらやましい……」
や。代わってあげませんけど。
あばばばばばばば…………
・・・
・・
・
脳がぐわんぐわんしながら、僕ら三人は冒険者ギルドまでたどり着いた。
メリーによってレベッカさんの脳が爆発するのを何とか防いだ僕は、既にグロッキーだ。
ちっとも足下がおぼつかなくてふらふら酔漢のように歩いている。
(……あのひとが例のあれです。キフィナスさん)
レベッカさんがこしょこしょと小声で囁く。
──未だ始業前の冒険者ギルドの扉は、ぴしと堅く閉ざされている。
冒険者ギルドの始業時間は正確だ。終業時間は時と場合よるけれど、どんなに早く行っても戸は開かない。
そこに。
腰まで長い黒髪を振り乱し、ぼそぼそと何かを呟きながら、べっとりと扉にへばりついた女がいた。
その顔だちは、長い髪に覆われて見えない。
「あれじゃないとあれがないといけないのわたしはあれじゃないといけなッ……いとわたしはわたしはあれじゃないと作れなくてあれが必よッ……うなのわたしはあれが…………」
ぼそぼそと、か細い嘆き声で、息継ぎの位置もめちゃくちゃで、息を切らせながら、
地の底のような呻き声で何を言っているかも判別とせず、それでも、それでも、それでもその女は喋り続けていた。
(キフィナスさん。いつもの舌戦に持ち込んでやってくださいよ)
…………この悪霊みたいなの相手に?
あの、前言撤回してもいいですか?
これはですね。
例外的な、出会うことが嘆かわしい相手だと思うんですよ、僕。




