表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/258

閑話・蠢動



 王都から少し離れた位置にある、迷宮都市デロル。

 この街の活気は、王都のそれに引けを取らない。

 冒険者や、彼らを相手に商いをする者たちが大勢住まうこの都市。街並みの新陳代謝はとても激しい。表通りの軒先に連なる看板のうち、三つにひとつは二ヶ月で入れ替わるほどだ。


 ──そんなデロルの一角に、いつまでも看板を変えることのない、淋れた佇まいの店がある。



「ご機嫌よう。ようこそ、《貧者の灯火》へ。初めまして。ボクはクロイシャ。この店のオーナーにして、胸の内に火を抱くあらゆるモノへの味方だ」



 燭台に火が灯り、暗闇の中に、客と店主の顔がぼう、と浮き出る。

 ここは、迷宮都市デロルの貸金屋《貧者の灯火》。

 来る者拒まず去る者追わず。されど、債務不履行は絶対に許さない。


「こんにちは~。お噂はかねがね~」


「ふむ。ボクの噂というと……、そうだね。あまり愉快なものではなさそうだ」


「その噂を聞いてでも、お金がほしかったので~」


 間延びした声の灰髪の男を、店主クロイシャは値踏みするように観察する。

 服の仕立ては悪くない。言葉遣いにも、特段おかしなところはない。

 灰の髪──すなわち《適応》のない、社会から排斥されることが多い身なりにしては、それなりの社会的地位にある人物のようだ。


「キミは、生活に困窮しているというわけではなさそうだけれど。いや、むしろ生理的欲求が充足しているからこそ、ボクの元を訪れたのかな。ヒトは寝食が満たされてはじめて、上を向くことができる生き物だからね」


「はい~。叶えたいことがあるんです~」


「叶えたい願い。心に秘めた熱があるのかい。それは──いいね。結構なことだ。ヒトの生とは、情熱があってこそ輝くものだ。ボクはどちらかというと、欲求段階の底部を埋めて、上を向いて歩けるようにしてあげる、ということが多いけれど。たまには、キミのような手合いを相手するのも悪くない。

 して。キミの願いを成就するにあたっては、どれだけのお金が必要なのかな?」



「タイレル4世金貨で、ざっと3000枚くらいですかね~?」



 それを聞いて、クロイシャはくふ、と小さく笑った。


「……ひょっとして、灰髪の間ではそんな冗句が流行っているのかい? いや、今のは少し面白かった。前にもそんなコトを言う訪問者がいたけれど──おや? キミは、どうも本気のようだね」


 クロイシャは、訪問者の灰の瞳を見る。

 相手は、目を逸らさない。そこには真剣さと、いくばくの狂気をクロイシャに感じさせる。

 ──万雷の喝采か、さもなければ惨めな死か。その目は、クロイシャにそう訴えかける。

 将来の成功者か、破綻者か、あるいは両方か。そういった手合いが、クロイシャは嫌いではなかった。


「なかなか、いい目をしているね。だが、金銭を貸し与えるには、担保が必要だ。これでボクも、慈善事業をしているというわけではないからね」


「要求は、なんですか~?」



「──キミの、人生の物語だ」



 クロイシャは、誰を相手にしても、同じ担保を要求する。

 それは、貧者でも富者でも、重みが変わらないためだ。

 人間は生まれながらにして不平等であり、富は富豪(トゥー・ヒム・)を好む(ザット・ハス)。この残酷な根本原理は、世界が巡ってなおも変わらない。

 クロイシャは、それを知っている。

 彼女にとって必要なのは、これまでの人生経験の豊かさではない。これまで生きてきた自分の人生を、どのように語るか──ひいては、どのように生きるかなのだ。


「キミは何を想い、何を憎み、何を愛するのか。どの色が好きで、どんな信念を持っているのか。このボクに、キミのすべてを見せてくれ」


「ぼくは口べただって、よく言われるんですよね~」


「構わないよ。口の上手さは求めていないんだ。それなら、資本を投下して世界中の吟遊詩人を集めている。ボクがそれをしないのは、虚飾のない物語を欲しているからなんだ。人生の物語に、娯楽性は必要じゃない。

 そして。多くの人生の物語を聞いてきたボクから言わせれば、世の中には二通りの人間しかいないよ。『自分はコミュニケーションが下手だ』と思いこんでいる者と、『自分はコミュニケーションが上手だ』と錯覚できる者とだ。

 後者の方が、幾ばくか世を渡るのには便利だが──ボクにとっては、どちらでも同じなんだ。キミの胸に、世界すらをも焦がそうという熱量があるのなら。ボクはタイレル4世金貨3000枚──国家予算と並ぶ額だろうと、支援することを躊躇わないよ。それでキミは。いったい、何を成そうというのかな」



「世界の救済のため。世界を創りし聖女キキと、その裏切り者ブーバによる、ひずんだ世界を正すために、ぼくはいます」



「……へえ。それは──」


「──いま、キキの名を挙げたか! 人間ッ!!」


 その時。

 隣の部屋から大きな物音と、それをかき消すほどに大きな声がした。

 クロイシャは、大きなため息を吐く。


「彼はボクの客であって、キミの出る幕はもうどこにもないんだけれど……。──ああ、すまない。少し席を外していいかな。身寄りがないから置いてやっている厄介な知人が、ボクの商売中に口を挟んでくるとは思わなかった」


 クロイシャはそう言って、暗闇に溶けるように姿を消した。

 隣の部屋から、言い争う声。





「……待たせたね。それじゃあ、キミの物語を聞こうか。紅茶にミルクは要るかな?」


「いえ~。おかまいなく~」


「そうか。──では、始めてくれたまえ」


「はい~。それでは~。ぼくはですね~。王都グラン・タイレルで生まれ──」



 橙色の明かりに照らされた男の声を表情を語り口を、クロイシャは静かに観察する。

 その紅き両の瞳は、煌々と好奇に輝いていた。









「……しかし、世界を救うため、か。ずっと昔、どこかの男に融資をした時を思い出すね。あれは結局、貸し倒れになって大赤字だったかな。

 ああ……、今でも思い出せる。あの四本足の、銀に輝く錬金城。あれは、答えにたどり着けたのだろうか。《キキの魔法》の綻びを正す術を、ボクにも検討がつかない命題の解を、見つけ出すことができたのだろうか。それとも、数百年をただ無為に費やしたのだろうか。

 ……いや。いずれにせよ、彼らがまとめて壊してしまったか。ああ──なんとも無情だね、この世界は」






薄氷の上で踊るように、世界は営みを続ける。

来たる決定的な破局に抗おうと、もつれ、絡まり、蠢くは善意。


地獄への道とは、善意で舗装されているものなのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ