お金を借りよう!
メリーを背中にくっつけながら、街の裏通りを歩く。
とりあえず突然の貴族様の件は一通り終えた。次は僕の事情を解決しよう。
すなわち、冒険者の資格剥奪の件だ。
善良という概念が服を着て歩いていると自称する僕には素行不良なんて縁のない話だけど、同じく善良なレベッカさんの忠告であれば動かないわけにはいかない。
僕にできる範囲で、できるだけ痛くも怖くもないやり方で対策を取らなくては。
「はじめまして。お金貸してください。とりあえず、タイレル4世金貨3000枚くらい」
そういうわけで。
──僕はこの都市で一番有名な金貸しこと、クロイシャ・ヴェネスさんに頭を下げた。
年齢不詳。腰まで届く長い黒髪と、鮮やかな赤い瞳。フォーマルな男装をしている。それでいて、服の上からでもわかる女性的な体型の持ち主。
彼女は僕たち冒険者を相手に商売をしている金貸しだが、そうと感じさせない涼しげな顔立ちをしている。
「冷やかしなら帰ってくれないか」
薄暗い部屋の中、クロイシャさんはまるで厄介者がやってきたかのような目で僕を見る。
まるで心外だった。僕は客なんですけど?
「古い知人が来ていてね。商売の話というから一旦席を外してもらったんだけど」
「カネさえ貸せれば後は取り立てるだけだぜゲヒヒヒヒみたいなのじゃないんですか金貸しなんて」
「卑業賎業という誹りを受けたことは幾度となくあるけれど。これから金銭を借りようとする相手に受けたのは初めてだよ」
「え。でも金貸しって、余裕のある自分の財布使って困っている相手につけ込む商売ですよね?」
「因縁をつけに来たのかな?」
クロイシャさんは表情を変えず、ただ小さくため息をついた。
「キフィナス君、だったね。キミの噂は聞いている。そこの……今まさにキミの腰骨を折らんとしている《カルマイーター》を飼い慣らしているとね」
「おお」
流石は金貸しだ。僕が置かれている状況を正確に把握している。ちょっと感動した。
でも『飼い慣らしている』っていうのは正確な表現じゃないですね。メリーにはメリーの自由意志がある。そして僕はだいたい痛い思いをするんだ。
それにしてもメリーってば称号多いなあ。
「確かに、ボクの《貧者の灯火》は冒険者に向けた融資を行っている。ただ、その目的は利鞘で稼ぐことではなく、あくまで支援にあるんだ。薬草しか取ってこない相手に期待できることはないし、そもそもキミに返済プランはないだろう?」
「メリーに稼いでもらいますけど」
「冷やかしなら帰ってくれないか」
冷やかしではないです。
どうしてお金を貸してくれないんですか?
「理由は三つある。まず、カルマイーターを従えてる相手に、取り立てなど成立しないこと。ボクを含むこの街の人間全員が総出でかかっても、そいつは片手で皆殺しにできるだろう。恐らく、これはこの国の貸金屋なら誰でも同じ判断をする。キミの腰骨を掴んでそのまま離さないでいてほしいと切に思っているよ」
「メリーはそんなことしませんよ」
「きふぃが、ゆなら。しない」
「キフィナス君の命令なら従うと暗に言ってるじゃないか」
「しませんって。ね、メリー」
「しない」
メリーは僕の背骨に頭をぐりぐりしている。
地味にすごく痛い。骨に響く。
「……続いて、金貨3000枚など今この場に置いていないこと。金融は血液のように循環している。ボクの支援する相手は基本的に大金を必要としていないし、貸し与えても返済ができないだろう」
「あ、そうなんですか?」
「もちろん、債権をかき集めればこの場に用意することはできなくはないけれど。突然訪問してきたキミのために用意できるものではないよ」
「なるほど。じゃあ銅貨2枚とかでもいいですよ」
「……そうだね。それが最後の理由だ。キミが資金を必要とする理由が見えない。以上の理由から、キミに金は貸せないよ」
なるほど?
ではその理由を解決していけば取引の余地があるということですね。
「余地、はね。だけどボクはそれなりに忙しい身で──」
「僕は多重債務者になりたいんです」
「……なんだって? すまない、聞き違いかな」
「──僕は。多重債務者に、なりたいんです」
クロイシャさんは僕を、珍獣を見るような目で眺めている。
厄介者から珍獣に昇格したぞ。降格かな?まあどっちでもいいか。
「……思考を開陳してくれるだろうか。どうしてキミは、その、そんな風になってしまったんだ? まだ若いだろう。いったい何がキミをそうさせる? ボクはキミより年長者で、いくばくか長い時を過ごしている。ひとつ、話してみてはくれないか」
「話せばお金貸してくれますか?」
「内容次第かな。情報としてはある程度知っているけど、キミの口から、キミ自身の人となりを語ってくれないか。幼少期からの、キミのこれまでを」
「はあ……」
「これはボクの持論なんだけど。個人が自分の人生を語るとき、そこにこそ、認知や価値観が色濃く出ると思っている。キミの人生の中で、どこを多く語るのか、どこを短くまとめるのか。それだけでも、パーソナリティを分析する材料になる。
僅かばかりのやりとりで相手の人格を判断するのは困難だけど、金貸しは信頼できる相手を選ばないと損をしてしまうからね。だから、ボクはお金を貸す前に、必ず人に、自分の物語を語ってもらっているんだ。それが趣味を兼ねていないとは言わないけどね」
過去の話、かぁ……。
正直めんどくさいなという気持ちはある。初対面の人にする話でもないだろうとも思う。
でもまあ、減るものでもないし。お金貸してくれるって言うならいっか。
僕の過去の話とか切り売れるだけ切り売っていこう。
「あー、じゃあ、今から話しますので、飲み物の用意とかおねがいできます? 僕お茶とか好きですよ。催促するわけじゃないですけど」
「カモミールでいいかな」
「茶葉の種類はよく知らないですが、美味しく飲めるなら何でも。あ、催促するわけじゃないですし、これが金銭授受の判断にはまったく関係しないことは事前に了解しておいてくださいね」
「ユニークな子だね。キミの過去語りが楽しみだよ」
《貨幣について》
この世界では、地域によって通貨の種類が大きく異なる。
ダンジョンから発掘される通貨を利用・模倣する地域や、古くから冶金技術が発達しており独自の加工技術のある地域など、通貨の起源が地域それぞれで異なるためである。
銅貨・銀貨・金貨・アルミ貨・ミスリル貨・ヒヒイロ貨・魔布貨など、使われる金属もさまざまだ。
そのため、利用する地方において、どれだけ貴重な金属であるかがその通貨の価値に繋がる。
タイレル王国では、その産出量から金>銀>銅>その他の貨幣となる。ミスリルやヒヒイロカネなどの特殊金属は貨幣として用いられることは少ない。
中でも、名君と称えられるタイレル4世が発行した《タイレル4世金貨》は金の純度が高く、非常に価値が高いものとなる。
3000枚ともなると、王国の国家予算に匹敵する額となる。キフィナスはそれを出会い頭にぶしつけに要求した。
ヒモ野郎の金銭感覚は狂っている。




