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冒険者ギルドの問題児


「ナメてますね?」


 ──冒険者ギルド受付のレベッカさんは、開口一番、僕に向けてひどいことを言った。


 もちろん僕にはまったく、少しも、これっぽっちも心当たりがない。

 どうして僕は朝一番から、ギルドの看板職員さんにいびられなければならないんだろう……?


「いや。キフィナスさんに心当たりがないわけないですよね。何でいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもッ!《薬草》しかしないんですか!?」


 彼女の言う《薬草》とは、いわゆる、駆け出しの冒険者がやるお使いクエスト、薬草取りのことだ。

 薬草なんていう身も蓋もない名前の草は、基本的にどこにでも生えている。都市の裏手にさえ生えていて、食べると何やら強制的に外部から活力を押しつけてくるような感覚が襲いかかってくる。

 いやー、あれ本当にきもちわるい。自慢じゃないけど僕あれ食べると三回に一度は吐くんだよね。


「本当に自慢じゃないな!?」


「体質ってあるじゃないですか。僕、《薬草》ホント駄目なんですよ。にがくて」


「駄目なのはキフィナスさんの方ですよ! ここに来てからずっとッ、毎日毎日っ! 薬草薬草雨薬草……! なんだそれ! 逆にびっくりするわ!! 薬草以外もやってくださいよ!」


「いやー。だって痛いのも怖いのも嫌ですし。あはは」


「ナメてますね!?」


 ナメてないですよ、本当に。

 ──痛いのも怖いのも嫌だ、というのは心の底からの言葉だ。

 まあ人生って色々ありますよね。思い返すだけで吐きそうなこともある。僕含め《辺境》出身者にはそういう経験をしてる人が多い。僕なんかもう、一生分の痛いこと怖いことを経験したと思ってる。一生分やったのでこれ以上いらない。

 ……いやあホント、痛いのも怖いのも嫌だ。やわらかな春の陽射しのような人生を過ごしたいんですよね。


「王国の在住権を目的に冒険者ギルドへ登録する方は、確かに、まあ、その、いらっしゃらないことは……なくはないです。大っぴらに認められることじゃないんですが──」


「ええ、僕それです」


「だから大っぴらには認めてないんですよ! つまりやるならもっと上手くやりやが──やりなさいってことで──!」


「はあ」


「こいっつ肝が太いなぁ……!」


 そう言われましても、そりゃそうでしょとしか言えない。

 だって、街の中ではそうそう命の危険はないし。何やら怒ってるレベッカさんだって、今この場で僕をぶっ殺そうと飛びかかったりはしてこないだろう。

 そりゃあ、肝だって太くもなる。


「もう! この男に何とか言ってやってくださいよメリスさん!」


 ──何より今、僕に鯖折りをしかけているメリーの方がよっぽど僕に直接肉体的な危害を加えているんだからね。


 蜂蜜色の髪に、収穫期の小麦畑のような明るい金の目をした冒険者、メリス。僕と同い年。なのに身長はちっとも伸びてない。

 そして何より、綺麗な顔立ちに似つかわしくないくらい暴力性が高い。

 端から見るとメリーが僕に後ろから抱きついて甘えているように見えるだろうし、メリー自身もそういう認識をしてるんだろうけど、控えめに表現してこれは虐待や拷問と言うべきものだ。

 さっきから背骨が痛い。頭をすりすりされる度に背骨に激痛が走る。あばらを腰にゴリゴリと押し付けられて痛い。発育がアレだからあばらが僕の皮膚に刺さるんだって痛い痛い痛い痛い!


「メリスさーん。メリスさん? そんなダメ男の背中にかわいいお顔を埋めてないで、何とか言ってやってくださいよー」


「はははっ。無駄ですよ。今のメリーに声なんて届かない。でもレベッカさんからもこの暴挙を止めるように言ってやってください」


「めーーりーーすーーさーーーーん!」


「昨日は日帰りで5ダンジョン攻略ってすごくがんばりましたので。メリー休眠形態ですね。いやー付き合わされる僕の身も少しは考えてほしかった」


「うん。めり、がんばった」


「……ほらね? 僕の声しか届かないんです。ギルドの受付のひとの声なんて届きませんよ。僕の声だけです。僕だけ」


「ぐぬぬ……」


 僕はここぞとばかりにマウントを取った。


「いいですか? しかしそれも表面的なものにすぎない。一旦こうなるとね。僕の意志を無視して、背中に朝から夜までへばりついてくるんです。歩きづらいからどいてっていっても一向にどかないどころかギチギチと今も拘束を強めてくる」


「あるけるよ?」


「だから歩きづらいんだってメリーは人の話を聞かなぃいだだだだだだ。……ははっ。僕の言葉を聞かないのに、あなたの言葉を聞くと思いますか?」


「何でさっきから上から目線なんですかね……」


 上だからですね。

 ちょっとメリーに顔を覚えられたくらいで調子に乗らないでくださいって話ですよ。

 僕の方が何倍もメリーと仲良しだという事実を認識してほしい。


「なかよし」


 いえーい。

 僕はメリーと手を合わせようとしたが、メリーは僕を後ろから抱きしめたまま微動だにしなかったので、結果的に虚空に向けて腕を振るう形となった。


「できてない。できてないですよソレ」


「僕の中ではハイタッチしましたので。ね。メリー?」


「した」


「……メリスさんが言うなら、仕方ないですね。メリスさんが言うのなら」


 ……随分メリーに甘いなこの人。その甘さをこっちにも分けてくれればいいのに。


「ありえないです。キフィナスさんと違ってメリスさんは可愛くて、本当に優秀で、それでいて可愛いですからね! 王国に4人しかいないSランク冒険者! 前代未聞の《高ステータス》に、多量の《スキル》! 《七つの難題》である《禁忌の森》の攻略、《デーモンベイン》の称号取得……どの業績をとっても素晴らしい! この国の至宝ですよっ!」


「その至宝、かなり血にまみれてますね」


「悪党の返り血でしょうね! メリスさんが悪いことをするはずないですから!」


「はは、そうですよね。メリーは純粋な子ですもんね」


「そうです! もし仮に悪党でなくても当ギルドは全力でメリスさんを庇いますよ。ウチは領主様からの覚えもいいし、何より陛下に目をかけられてるんです。《王都中央》にだって負けません。そのためにゃ稼ぎ頭のメリスさんを手放したりゃしませんって話ですよ!」


 よっし言質取ったぞ。

 僕はこんなこともあろうかと用意していた懐の録音石で、受付嬢の迂闊な発言を永久保存した。


「そんなことより、今はキフィナスさんですよ!」


 僕は曖昧な笑みを浮かべた。


「いいですか? ヤドヴィガ陛下のお言葉です。『才ある者を余は尊ぶ。才なき者を余は慈しむ。しかし、何れも自身の天分を全うせねばならぬ』。キフィナスさんはDランク冒険者です。中級冒険者には中級冒険者としての振る舞い方があるということです」


「僕は僕に見合った仕事をしてると思ってますよ。薬草の供給ってすごく大事なことです。こういうところを支える人がいてもいい……いや、むしろいないと困る。そうでしょう?」


「それは誰でもできるだろ……できますよね? だいたいですね。あなた普段からメリスさんに同行してるじゃないですか。Dどころかもっと上の──」


 ──そんなの、知ったことじゃない。

 僕の能力は他の誰でもない僕自身が弁えている。僕の勝利条件はそんなところにはない。

 一番大事なのは顔も知らない偉いひとの言葉じゃなくて、僕自身の命だ。


「……はあ。何べん言ってもわかってもらえねーようですね。アタシらはアンタの除名まで考えてるって話なんですけど」


「えっ」


 流石にそれは初耳だ。除名? 除名ってなに?

 それ規約のどこに書いてます?


「書かれてるでしょ。懲戒について。素行不良の冒険者への対処として、こっちは対応取れるんですよ」


「えっ法令とかしっかり遵守してるんですけど。自分で言うのもなんですけど、僕はけっこういい人ですよ? 素行不良ってーと……ほら、あの辺の……あいつ。あいつです。ああいうのを指しません?」


 僕はその辺にいた朝っぱらから酔い潰れてる見るからにクズの冒険者を指さした。

 そいつは僕をぎらりと睨む。ひえー怖い怖い。

 そのままずんずんと僕らの方に向かってきて──僕の背中にくっついている外付け武装(メリー)に目をやると、腰を抜かして逃げ出していった。

 メリーから漏れ出た殺気が強すぎたのかもしれない。僕はけらけらと笑った。


「僕のどこが素行不良だって言うんですか」


「そういうところですよ! あと笑い方が悪党!」


「僕のどこが素行不良だって言うんですか」


「……ひょっとしてこのひと、それでゴリ押せるとか思ってんのか……? だから、そういうとこですっての!」


「はあ……。まあ、いいです」


「なんでコイツちょっと不満げなの!?」


「でも、ちょっと僕思うんですけど。そういう困った手合いへの対応って、除名処分だけじゃないと思うんです。訓戒とか、降格とか……それから降格とか。あと──降格って手もある」


「降格したいだけでしょアンタ。それが脅しになるならやりますけど、むしろ喜んで受け入れるでしょそれ。陛下のご意向に逆らうなってんですよ」


 ──王国をぐるりと囲う城壁は、雲よりも遙かに高い。その内側に入れるかどうかは、人間の尊厳が保障されるか否かに直結する。

 つまり、身分の怪しい、自称廃村の生き残りを都合よく受け入れてくれる場所というのはほとんどないということだ。


 冒険者としての資格を剥奪されると、王国の在住権もなくなることになる。

 そうなるとタイレル文化圏の外、すなわち不毛な辺境をまた旅しなければならなくなるわけで……。


「ハッキリ言って、今相当ピンチなんですからね? そこんトコわかってます?」


「はい。わかってるつもりですよ」


「本当ですか? 更生しますか?」


「外はいい天気ですよね。今日はいい一日になりそうだ」


「今の『はい』か『いいえ』で答える質問ですよ?」


「はい」


「コイツっ……! いっつもヘラヘラ笑いやがって……!! いやー落ち着け……すー、はー……。……こほん。では改めて。──本日は、どのようなクエストになさいますか?」


 レベッカさんは外でやったら10人中10人が振り向くであろう素敵な営業スマイルをしながら、僕にクエストを紹介してくれた。


 えー、ダンジョン採取にゴブリン討伐スライム討伐オーク討伐エトセトラエトセトラエトセトラ……。

 レベッカさんはいつも真摯に僕を諭してくれている。その熱意に応えるべきだろう。

 それが世の道理であり、僕の答えも既に決まっている。


「ええと──じゃあ、今日はこれで」


 もちろん僕は──薬草依頼を受けた。

 レベッカさんはキレた。




《冒険者》

迷宮に潜ることで生計を立てる肉体労働者を指す。

冒険者の斡旋やダンジョンを管理する《冒険者ギルド》にて、個人の力量に応じたSからFランクまでのランク分けがなされている。

Sランクともなれば冒険者以外からも尊敬の眼差しを受けるが、低いランクの冒険者の社会的地位はとても低い。『Fラン』が冒険者以外の分野でも蔑称に用いられる程度には低い。

主人公であるキフィナスはギルドに規定された昇格までに必要な依頼達成数を薬草採取のみで満たし、Dランクまで強引に引き上げられた。

これらのランク分けの理由は人材マッチングの効率化、報酬の分配トラブルの軽減などさまざまな説があるが、正確なところは定かでない。

少なくとも、500年以上前からこのシステムが採用されていることだけは確かだ。




《薬草》

新米冒険者御用達の草。治癒の効能があるが即効性には欠ける。味には独特のえぐみがある。

民間療法や薬膳料理など用途が多いため数が多くて困ることはない。ただ、薬草はダンジョンの外にも生えており、一般人でも収穫は容易である。

熟練冒険者はこの草よりもっといい草を食べたりもっといい草から精製されたポーションを使う。

《上薬草》《特上薬草》など、これらの草もまた身も蓋もない。




《辺境》

《タイレル王国》《ドノウバズ共和国》《ヘザーフロウ帝国》など、この世界の大国にはその周囲に魔法によって生み出された巨大な壁が築かれている。

空を飛ぶ大型魔獣などに対抗し、自国の資源を囲い込む必要があるからだ。

この地域には基本的に迷宮以外で魔獣が出現することはなく、魔獣の脅威は低いものと見なす人間も多い。


一方で、壁によって囲われていない地域はひとまとめに《辺境》と呼ばれている。

辺境に住まう人々は日々魔獣の襲撃に怯え、飢えに怯え、病に怯える。

壁に囲われて眠れることは、とても幸福なことだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] 初手からギルト嬢に脅される主人公。
[一言] おもしろかったです これからの主人公の快進撃に期待しています
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