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「真夜暦」曰く、500日後に俺は死ぬ  作者: ぴいじい
第2部 フェッツェ記
42/56

頂前(382日前)

 とてつもなく大きな拍手と、やむことのないであろう歓声。俺はそんな感じたこともないプレッシャーから逃れたい気持ちを必死で抑えながら、ステージの上で呼吸を整える。


 さすがに地方予選などを経験していることもあってか、スタジオ予選ほどの緊張はなかった。しかし今回はステージの大きさや機材、さらに観衆の多さをとっても、これまでの経験とは桁外れだ。緊張というよりかは、何かとてつもなく重いものに押しつぶされそうな、そんな感覚が俺を襲う。こんなにも死にたいなんて思ったのは初めてだろうか。


 順番は最後から3番目。くじ引きで最初を引かなかったのは幸いだったが、最後あたりとなると苦しくもなる。「さっきのバンドよりもいい演奏をしなければ」という使命感に駆られ、おっかないミスを犯すことだってありうるのだ。


 真夜の占いも今回はない。むしろこれまでは真夜の占い結果に心が依存していたのかもしれない。大きな不安も込み上げてきそうな時だった。


「蓮田ーー!!」


 ざわざわしている観客席の方から、一際大きな声がステージにも届いた。ん? 俺?


 真っ暗な席の方をよく見ると、向こうの壁際に一本だけ腕が天井に向かって伸びている。ゆらゆらさせながら声援を送る声の主を見て、俺は驚かずにはいられなかった。


 皇太とのすけ。その隣には、若干嫌そうな顔をしながらもこっちを見つめる真夜と結華。


 ここまで、新幹線も乗り継いでしか来られない東京にまでわざわざ来てくれたのか? 学生にとっては結構な大金を注ぎ込んでまで、俺らの応援に来てくれるなんて……


 それを見た時、俺は確信した。大丈夫だ。


 心臓が破裂しそうなくらいの緊張も解け、死にたいという思考も消え去った。さっきまで俺を潰すはずだった巨岩が、ただの鳥の羽になったような感じ。急に体が軽くなって逆に少し怖い。


 俺は床に置かれているマルチエフェクターをじっと見つめる。入念にセットアップして、完璧なまでに音は追求した。アンプテストもバッチリだ。


 再び視線を上げると、さっきまで暗かったはずの観客席が、一気に明るくなったような気がした。ステージの上と観客席の両サイドにある多色スポットライトが、眩しく俺らに照りつける。よし、行こう。


 俺はギターの4弦に、左の人差し指を軽く繊細なタッチで置くと、ハーモニクス(フワッとしたような音だと思っていただければ)のフレーズを鳴らした。その間に実玲が、力強いハスキーボイスでバンド紹介を始める。


「どうもこんにちは mathilda です。米浦予選から敗者復活枠でここまで来ることができました。この決勝の舞台に立てたのは私たちだけのせいじゃない。お父さんお母さん友達親戚、先生やスタジオのスタッフさんたちの応援のおかげで、私たち mathilda は今ステージに立てています。


 …… そんな感謝を込めて1曲やらせてください。支えてくれた人たちみんなが聞いていないかもしれない、だけどそれでも感謝を伝えたい。そして感謝を伝えられた人々のためにも、私たちはこれからもバンドとしてやっていきたい、一生進化していたい。そんな願いを込めました、


 聞いてください、Nonsense Glitch」


 俺のハーモニクスのイントロもやめ、静けさが空間を支配した。そこから、どこからか聞こえてくるリズムの乱れたピアノの音。だんだんとピアノ音が大きくなり、俺はしかるべきタイミングで簡単なコードを鳴らす。最初は4分の1拍子。ドラムやベースも加わり、そこから2小節ごとに8分の1、そして16分の1とスピードをあげた。


 そして、32分の1に移行する直前のタイミングで、俺はコード弾きを止め、その代わりにベースの強烈なスラップ奏法の後から、実玲が歌い始めた。


 最初は実玲ならではの低音強めの歌い方で、聴くものを圧倒させる。次第にだんだん高音も混じっていき、普通なら難しい音の変化を忠実に辿っていく。それに伴ってベースの存在感も増していき、音域が高めのギターよりも目立った音が聞こえた。


 サビ前のBメロでは、さっきとは一転、一旦静かになった後、少しずつ盛り上がっていく。奈津のキーボードがここでバラードのようなメロディーを奏で、修也はサビが近づくにつれて、スネアドラムの叩きを強くしていった。


 一番盛り上がるサビ。実玲が前傾姿勢でマイクにキスをするように歌う。その後ろで、俺ら演奏隊は自分たちの世界にそれぞれが没頭していた。


 この後2番が始まり、2回目のサビを通過すればお待ちかねのギターソロ。ここで俺は右手に込める力を一層強くした。そしてマイクの前に立つ実玲よりも前に出る。


 それは見たこともないほどの多くの観衆が、ただ今は俺一人にだけ集中して熱狂している様子。見たことない人までもが、俺の弾くギターに視線を固定させつつも、アンプから鳴り響く音に耳をすませて大きな声をあげる。


 俺は左手をギターのボディの近いところまで移動させ、高音が出る弦を抑えて右手を弦にかすませる。夢だとしか思っていなかった熱狂の波が、まさに今俺の目の前で、しかも俺のギターソロで起こっている……!!


 これが…… 大勢の前で爆音でギターを鳴らす人間の見る光景なのか。


 ラストのサビでは一層手先にエネルギーがこもる。スポットライトまでが加勢し、真冬なのに汗をかきながら自分たちの世界に集中している俺らをカラフルに染め上げた。


 そして終わり。キレのいい終わり方を待つまでもなく、終わり間際にはすでに止みようのない拍手がホール内に轟いた。時間にしてわずか4分。一つの大きな試練を、俺らはここで終えた。


 ✴︎


 約30分後、俺ら mathilda を含めた全国決勝出場バンド全組が、ステージの上にすし詰め状態で立っていた。


「それでは、今年度のティーンズバンドウィンターパーティー、結果発表です!!」


 観客席からは楽しみにしているような雰囲気が伝わってくるが、こちらはというと、まともに拍手なんぞできない人たちばかりだった。みんな緊張で、今だけは顔がひどくこわばっている。


 それもそのはず、ここにいる人たちは過酷な試練を耐え抜いてきたバンドマン。中にはここで優勝して、過去事例のようにデビューして、音楽業界で活躍したいという野望を抱える人もすくなくないだろう。俺みたいにスタジオ1年間使い放題という副賞に目がくらんで参加した奴らとは違う、スーパーガチ勢しかいないのだ。


「それではまず順位から発表する前に、協賛会社さんたちのセレクションによる、協賛賞の発表です。」


 順位は聞いたところによると、技術の正確さや高さだけではなく、込められた意味や願い、独自の音楽性を持っているかなど、数えきれないほどの項目を総合的に判断して計算されるようだ。


 協賛賞はもらえただけでも大きな名誉らしい。この部門はバンド単位ではなく、楽器パート別に個人で表彰される。例えばギターを作っているメーカーの協賛賞に選ばれると、その会社で生産されているギターがもらえるし、さらにはお試し感覚で、新製品のレビュー用に試供品もしばらくの間もらえるようだ。


「それではまず、ボーカル部門からですね。マイクなどのPA機材を取り扱ってるVVH社からの協賛賞です。」


 ボーカル部門に選ばれたのは、結構最初の方で演奏を終わらせていたバンドのボーカリスト。プロのロック歌手とも引けを取らないほどの高音の高さが持ち味のハンサム男子。賞品として、マイクの贈呈に加えて1年間のボイストレーニングも特典として付くようだ。おお、これは大きい。


 実玲氏は選ばれなかったわけだが、別に悔しがる様子もなく、ただ向こうのほうでニコニコ笑っているイケメンに精一杯の拍手を送っていた。


 そしてギター。これも違う人が受賞した。俺よりも明らかにカッティングがうまかったこのギタリストには、その会社の最新ギターと、真新しいコンパクトエフェクターが送られた。うーん、なかなか嫉妬してしまう。


「ベース部門、ギター部門と同じ Rhetorica 社より選定された、最高のベーシストは……」


 会場が暗転し、ただ2つのスポットライトが受賞者をいち早く照らし出そうと、ステージ上をそわそわ駆け巡る。


「mathilda の Wakaba さんです!!」


 2つの眩しい光に照らし出された和歌葉は、名前を聞いた瞬間に口を手でおおい、信じられないかのように周囲を見渡している。気づけば自然と涙が目からどんどん溢れ出てくる。いつも先頭に立ってリーダーとしてやっていっている彼女から涙を見たことは、これまでに一度もなかった。


 和歌葉は並んだ出場者たちの前を腕で涙を拭いながら歩いていく。司会者の前にまでくると、ステージ袖からスーツをきた中年のおじさんがひょこっと姿を現した。


「えー、Rhetorica 社からは、最新5弦ベースの NJB 500X を贈呈します!」


 おじさんが抱えている大きな袋を、和歌葉は興奮を堪えつつも受け取った。この最新ベースって、先月発売のやつじゃなかったか? しかも1つ30万円ほどする代物のはずだ。


「それでは Wakaba さん、今のお気持ちはいかがでしょうか?」


 司会者の突然の質問に戸惑い、一瞬あたふたしてしまった和歌葉は、しばらくして深呼吸して抱えていたベースをしっかりと握りしめた。


「今の気持ちを…… 忘れないようにしたいです……」


 そこまで言って和歌葉はステージ上で膝をつき、泣き始める。会場からの拍手喝采で、こっちまでもを涙目にしてしまいそうだった。


 その後ベストドラマー賞も発表されたが、修也の名前が呼ばれることはなかった。自信満々だった修也は一瞬落胆したが、それでも代わりに呼ばれた最高のドラマーに、できる限りの声援を送っていた。ちなみにキーボーディスト賞は、人数が少ないため用意されていないらしい。


「それではお待たせしました、いよいよ総合順位の発表です! まずは3位から発表します。」


 協賛賞の喜びはさておき、会場の誰もが固唾をのむ。3位というのもすごいものなのだが、上を血眼で目指している本気の出場者たちからすれば、これはなんとも中途半端な順位。名誉と呼ぶか不名誉と呼ぶかは人どれぞれだが、俺は呼ばれたくない気持ちでいっぱいだった。これだと普通に1年間スタジオ使い放題にはならない。


「3位は……」


 ドラムロールが響き渡り、スポットライトはさっきよりも忙しく走り回る。アドレナリンが出っ放しで死にそうだ。


「エントリー No. 432、ARIAKEガールズです!!」


 隣で待ち構えていた女子4人組が、急に叫んでお互い抱き合う。さすが、泣くのが早い。彼女たちはトロフィーや副賞などを大切に抱え込みながら、笑顔で元のポジションに戻ってきた。


「続いて、2位は……」


 長々としたドラムロール。期待と不安が入り混じり、吐き気がしそうだった。


「エントリー No. 6534、」


 後ろで修也が、ハッとしたような息をあげる。


「mathilda です!!」


 一番最初に絶叫し始めたのは和歌葉だった。さっきまでの喜びに加えて、この準優勝として選ばれた名誉はきっととんでもないものなのかもしれない。和歌葉は一番最初に目があった奈津に強烈に抱きつき、泣き喚いた。


 奈津も含めて、修也も実玲も、収拾がつかず、あたふたしながら大声をあげた。その波に、俺だけポツンと取り残されているわけではなかった。


 思っていたような特典は付いてこないものの、全国で、この8000組み以上の日本のティーンズバンドの中で2位という快挙。よく考えてみれば、これは不名誉でも惜しいものでもなかったことに気付かされた。こうなってくるともう理性なんて糞食らえ、こみ上げてくる思いを止められなくなる。


「おっっっっしゃーーーーーーーー!!!!」


 もう人生において、こんな気持ちを味わえることなんて二度とないだろう。

今回もお読みいただきありがとうございます!いかがでしたか?

ここで mathilda の大きな挑戦は終わりを迎えます。拙い表現力でのバンドシーンでしたが、楽しんでいただけていたら嬉しいです。

そして次回がついに第2章の終わりです!お楽しみに!


面白いと思っていただければ、感想や評価、ブクマやレビューなどをよろしくお願いします!

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