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マルシスな二人  作者:
6/6

嗜虐

ぼくは、とうに先生の視界から消えていたことを悟った。

けれども、ぼくにはそれで充分過ぎた。先生はぼくに与え過ぎた。

これ以上ぼくみたいなものに構っている先生を見たくなかった。そんな先生は殺すに値しない。

あと、ぼくがすることといえば、待つことだけだ。今考えれば、待つなんて図々しすぎるけれど。

それからのぼくは、ただひたすら、屋敷の至る所に、赤黒い血と髪の毛がへばりついた車いすの跡を愛しく眺めていた。

そして寝る前、先生がぼくの肉を貪る姿を、殊に右の太ももに噛み付く姿を想像しては、毎日のように泣き続けた。

その間の3年間、ぼくは、他の少年たちに、生への欲望を育てようと努めた。

先生に抗うことで、先生がぼくをより早く愛してくれるように。

その苦労は水泡と化し、やがて、この屋敷に居るものは、ぼくと、先生と、死体処理係であった少年の死体だけになった。


アア、長年の夢であった先生の車いすを押す喜び!!

ぼくは勝ったのだ!!!他の少年たちよりもぼくが愛されていたのだ!!!!


食堂に横たわっている死体を尻目に先生の車いすをゆっくりと押してみる。

血で錆び付いたために、車輪が回る度、ギー、ギーと音が響いた。

ギー、ギー、ギーと鳴る音に合わせて、ぼくは先生に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で「ア、イ、シ、テ、ル」と呟いてみた。

何がぼくをこんなに大胆にさせたのだろう。先生はなにも言わず、ただ涎を垂らしていた。

先生は、この3年間で、すっかり動物になってしまった。

ただ、欲を貪って、糞をするだけだった。

2つの塊は一日中、屋敷を歩き回った。

どこのドアを開けても噎せ返る様な血の匂いがした。その度に、先生が「あっ、あっ」と嬉しそうに舌を出した。

ぼくはただ微笑んだ。

ここで死んだやつの名前なんか言ってやるものか。

肉の奴隷になった先生。いいや、先生はずっと前からそうだった。

歳という軛がやっと外された今、ぼくの肉体を捧げるに値する。

しかし、人が死んだことのある部屋は駄目だ。

一部屋ずつ調べたが(いちいち覚えてないし、興味もなかった)どれも先生を喜ばせるばかりだった。

先生の肩を鉛筆で刺しながら(先生は大変喜んでいるようだ)、最初に死んだ少年の部屋に入った。

最初の少年以外は誰もこの部屋で死んでないため、腐乱臭があまりしなかった。

そして、いざ、儀式を始めようとすると、先生が失禁してしまった。

ぼくはベットに掛けてある、黄ばんで浅黒くなったシーツを投げつけ、自分で拭けと言った。

先生は、宙に浮いた目をして、「あっ、あっ」と言ったまま動かない。

ぼくは、先生の足下にあるシーツを拾い上げると、鞭のように丸めて、間髪を入れず先生に向けて振り下ろした。

先生の胸に当たった。皺だらけの身体では、肉が弾ける快活な音がしなかった。

もう2、3度同じことを繰り返したが、どれも、布団を殴るような感覚だった。

先生は、歳の割には豊かな髪を突き出すようにして、うなだれていた。

ぼくは、古歌を沈吟するような口ぶりで、先生に向かって「サア、終わりましょう、木見先生」と言って、先生の前にひざまづいた。




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