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模擬戦(小説リハビリ用手習い)

作者: 久遠蒼季

「いよっと。それじゃ準備はおっけー?」

 閑静な住宅街から更に少し外れた郊外にある、木々に囲まれた石段の先にある大和荘。その裏にある広い空き地に三人の少年少女が集まっていた。服装は高校でも着用している学校指定のジャージである。

 黒髪長髪の少女、朝峰(あさみね)るみなは手にした身の丈ほどの長い棒をクルクルと回しながら対面の少年へと問いかける。

「うん、大丈夫だよ」

 黒髪の少年、御笠木(みかさぎ)龍斗(りゅうと)もその手に竹刀を携えながら、ストレッチをしつつ答える。特に足回りや右肩、手首辺りを念入りに動かしている。そんな二人の様子を、少し離れた丸太製のベンチに腰掛けながら眺めていた茶髪にショートカットでメガネの少女、大和田(やまとだ)かのんは軽く息を吐く。

「るみなちゃんはもうちょっと槍の点検した方がいいんじゃないですか? 前みたいに空中分解したら危ないですし」

 指摘されてるみなは慌てたように棒の先端を体の正面へと持ってくる。身の丈ほどの長さの棒に対して先端三〇㎝ほどの部分が竹刀のような作りになっている。硬さや組成を確かめるように手で弄っていく。

「た、たぶん問題なし、かな……?」

 疑問形に一抹の不安を覚えながらも、龍斗は相対するように距離を取る。

「それじゃ模擬戦のルール確認です。開始の合図は私。ルールは無制限で終了は私の合図まで。大丈夫ですか?」

 龍斗とるみなの間にある距離はおよそ二〇mほど。お互いに相手を見据え、得物を構える。

「僕は大丈夫」

「私もいつでも行けるよー!」

 もう一段階気合い引き締めるように腰を落とす。

「よーい、始め!」

 かのんの声と同時にるみなは跳躍し、一息で龍斗との距離を零にする。片手で槍を構え引き絞られた右腕は、何処を穿つか品定めするように龍斗に狙いを定める。

 刺突は点の攻撃であり、速度が乗ってしまえば狙いは読みづらくなる。龍斗は両手で構えていた竹刀を右手一本に持ち直し、突きが放たれるより先にるみなを迎え撃つ形で胴を狙う。このままお互いが攻撃を放てば、必然基点が近い龍斗の太刀が先に届く。るみなは体を捻り、竹刀の軌跡から外れるように突きを放つ。

 龍斗が待っていたのはその軌道。万全ではなく、姿勢を崩してからの刺突ならある程度軌道が絞れる。竹刀の狙いを胴から槍へと切り替え、踏み込んだ右脚を軸に竹刀を打ち付けるように槍を迎撃する。


 ガキン、とまるで金属同士がぶつかったような音が空き地に響く。

激突した竹刀と槍の間には、蒼と赤の光が舞い散る。


 人を襲うイレギュラーな存在、《妖邪(ようじゃ)》。それらを陰ながら討つ、対霊的生物戦闘集団《幻霊妖邪(げんれいようじゃ)討伐衆(とうばつしゅう)》である彼らは、実戦に備えこうした模擬戦を欠かさない。生命活動から生まれる非物理依存エネルギーである気を身に纏い、実戦で身体を強化し戦場を駆け、武器を強化し敵を討つ。その為の訓練である。

 刺突を内側から竹刀で払った龍斗は今、槍よりもるみなの正面の内側にいる。返す刀で打ち込める。

 だが、るみなの行動はそれよりも速い。

 龍斗が竹刀を動かすより先に、槍を竹刀の側面に押し当てたところから手首を返し渦を巻くように捻る。その挙動は剣道の巻き技に近いが、気を用いて強化した速度で行えば体勢は大きく崩される。回転に巻き込まれた竹刀はあらぬ方向へ、ともすれば龍斗の手から弾かれていきそうになる。

「っ……!」

 龍斗は回転に逆らわないように自ら左前方に飛び、得物の喪失という事態を避ける。しかし無理な挙動が祟ったか、着地姿勢が崩れる。

 その隙を見逃すほど、この朝峰るみなという少女は甘くない。

 半歩下がり、立ち上がろうとする龍斗に上から被せるように槍を上段から叩き込む。転がり込むように避けたその先へと槍を払う。その追撃を龍斗は竹刀に防性の気を纏わせた上で受け、防御の反動と同時に地面を蹴ることでなんとか立ち上がった。

 が、息をつく間もなく、次が来る。

 るみなは左手で槍の後端を持ち、左手で突きを放つ。紙一重のところで躱したと思ったら、その突きがそのまま袈裟に斬る軌道へと変化し、追撃が飛んでくる。

(なん、とか、距離を!)

 止まない連撃をかろうじて捌きながら、龍斗は思考する。

 現状、もっとも辛いのはこの間合いである。本格的な連撃に入る前にるみながとった後ろへの半歩。それはるみなの攻撃が届き、龍斗の攻撃が届かない絶妙の間合いであった。防御と同時に間合いを詰めようとしても、まるで磁石が反発するようにるみなは後ろへと距離を取り、一定の間隔を保っている。

 近づくのは厳しい。

となれば。

「御笠木流剣技――」

 龍斗は今まで攻撃を受けるのに使っていた竹刀の、刃に見立てた部分に攻性の気を籠める。

 そして、上段からの叩き付けを受けるのと同時に地面を蹴り、後方へと跳躍する。

斬空剣(ざんくうけん)!」

 後方へのバックステップに合わせ、竹刀を大きく横一文字に払う。その軌跡に合わせて気で構成された斬撃が中空を駆け、るみなへと迫る。迫る斬撃を槍で払い、遠ざかった龍斗に合わせるように、るみなはその場で構え直す。

(ここで仕切り直せたのは大きい)

 竹刀を右手で構えながら、龍斗は空いた手で額の汗を拭う。現状劣勢。ここから巻き返そうと思えば考えるしかない。

 相手の得物は槍。間合いは当然こちらより広い。さらにるみなの連撃は一度受けに回ってしまうとそこから返すのが厳しい。防御に専念するのではなく、こちらからも打ち込まないと勝機はない。

 龍斗は息を整えながら、るみなに対して右側面を見せるように半身に構え、竹刀を地面に水平に構える。そうして左手は竹刀の切っ先の方に添えるように添える。

 何かを感じ取ったのか、るみなも槍を握る手に力を込め直し、龍斗を見据える。ここまでは優勢。となれば何かしらの方法で打開を試みるだろう。流石に何を狙っているかは構えから読むことは出来ない。ならば取るべき方策は一つである。

 吶喊あるのみである。

 開戦時と同じようにるみなは最高速を以て龍斗へと刺突を放つ。狙うは胴体。半身に構えられて狙える部位が狭まった今、端的にもっとも広い所を狙うのが手軽である。

 その一撃を、龍斗は軽くバックステップ――、つまり横にスライドする形で避ける。攻撃が点であるために竹刀では受けづらいが、躱してしまえば話は別である。回避できる条件が揃っているのなら受けずに避けた方が格段にいい。

 そしてそれは、攻撃を放ったるみなも重々承知の上である。避けた龍斗へと追い縋るように、槍の切っ先が突きからそのまま横払いの軌跡を描いて胴を狙う。

「御笠木流剣技 斬滅剣(ざんめつけん)・――」

 龍斗は両端を掴んだ竹刀でその払いを受けるのではなく、前へと踏み込みながら上へとかち上げる。

「――(おぼろ)ッ!」

 そのままコンパクトに回転しるみなの背面へと回るように斬り付ける。槍での防御が間に合わず、あり合わせの気で簡易の障壁を展開するが受けきるには急拵え過ぎたのかわずかに蹈鞴を踏む。さらに龍斗の追撃は止まっていない。この体勢からでは槍を防御に回すことは出来ない。この土壇場で急展開した障壁では防ぎきれない。

防御の空いた背中に一撃を叩き込めば――

(とった!)

 かのんの声が掛かるまでが模擬戦のルール。迷わず龍斗は最後の一撃を放ち、

「せいっ!」

 あり得ない反撃を受けた。最短距離で放たれたのはるみなの拳。それも槍を手にしていたはずの右手であった。見ればどちらの手にも槍はない。不意を突かれた為に龍斗はとっさの判断で右の前腕で拳を受けたせいで、わずかに竹刀を握る手が緩む。

 右の打突からさらに、腕を畳み右の肘鉄、次いで迫るのは左の掌底、それを捌いたと思えばまた右の拳が放たれている。

 完全なゼロレンジであり、竹刀で捌ける間合いではない。

(距離を――!)

 大きめの障壁を展開しつつ、龍斗は大きく竹刀を振りかぶりながらバックステップで後ろに飛ぶ。大きく張った障壁は脆く、割られるまで想定済み。再び斬空剣で仕切り直しを、

「それ、さっき見たよ」

 言葉に息を呑んだ龍斗が目にしたのは、上空へと飛んで槍を大上段に構えたるみなであった。

 先の一撃で弾かれた際に、槍を天高く放り投げておいたのである。

 そしてこの距離は、るみなの間合いである。

鳳焔槍(ほうえんそう)ッ!」

 落下と共に繰り出される、焔を纏う薙ぎ払い。それは龍斗の障壁を簡単に砕き、龍斗を吹き飛ばした。幸い竹刀で防げたために直撃は避けられたが余波で体が地面を転がる。なんとか回転して受け身を取り、姿勢を整え起き上がる。

「勝負あり、だね」

 その首元にるみなの切っ先が突きつけられていた。

「そこまでです!」

 審判として座っていたかのんが、ぱんっと手を一つ打ち二人に宣言する。張り詰めていたものを吐き出すように龍斗は大きく息を吐いた。

「やっぱり敵わないかぁ」

「えー、そんなことないよ」

 突きつけていた槍を引き下げて、くるくると回してるみなは快活に笑う。

「そうかな?」

「まぁ確かに、仕切り直しに同じ行動二連続だったのはよくなかったかなl」

 痛いところを突かれ龍斗は苦笑いする。バックステップからの斬空剣。一回目に使ったときが有効であったとはいえ、土壇場で同じことをしてしまったのは安直だったと反省する。相手にも当然、こういった行動をするというイメージがまだ残っている段階である。

「そういえば、最後の一連って槍はどうなってたの?」

「あー、あれね」

 言われてぽーんと、るみなは回していた槍を宙へと放る。そして落ちてきたところを寸分違わずキャッチして再びくるくると回す。

「これ実は細い気の糸みたいなので繋げてるから、ある程度なら落ちてくる場所をコントロールできるの。もちろん、戦ってる最中にやろうと思ったらかなり練習しないとだけど」

 そう言いながら、るみなは何度か槍を投げてはキャッチを繰り返す。簡単にいっているが、とても真似できそうにはない。

「御笠木さんは手札が増やせると良さそうですね」

 二人にタオルを差し出しながら、ずっと審判として観戦していたかのんは提案する。

「なるほど……」

 龍斗はタオルを受け取り、汗を拭きながら考える。とはいえ、戦いに使える方策などそうそう簡単には浮かばない。新しい作戦や手札がぽこぽこ湧いてくるなら誰も苦労はしないのである。

「ということで、魔法とかどうです?」

「魔法?」

 存在は知っていても今まで触れてこなかったその言葉に、龍斗の胸が少し躍った。


というところでひとまずお話は終了です。


ここまでお付き合い、ありがとうございました。

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