2:魔術戦闘訓練
第2話ですよ!
まさか連続更新すると自分でも思ってなかった。
――GA暦53年、1月
年末年始は、寮にほとんど人がいない。
静かな環境で好きなだけ学べる時間。
あたしは談話室の暖炉の前を陣取り、図書館から借りてきた魔術書や、メモ帳、羊皮紙などを広げて一日中思索する。
去年も一昨年もこうしていた幸せな時間。
だが、今年はその幸せな時間の中に不安がよぎる。
「……魔術戦闘訓練かぁ」
後期から実技が始まる授業である。
決闘形式の授業で、使い魔と共に決闘に臨むものだ。
あたしはべたりと机の上に突っ伏すと、召喚した蜘蛛を眺める。体長1,2cm程の小さな蜘蛛。
これと共に決闘?
エリオットと、彼の連れた炎の精霊が浮かぶ。脳内であたしと蜘蛛が一瞬で消し炭にされた。
いや、エリオットは極端にしてもね。それでも狼やらゴブリンやら連れた同級生の姿が浮かび……溜息がでる。
あたしは蜘蛛に指を伸ばし、蜘蛛をつつきながら呟く。
「あなたに文句があるわけじゃないけどさ。あたしは強い使い魔が欲しかったのよ。
決闘で有利になるような、ね」
蜘蛛はあたしの指の上へと飛び移る。
「〈虫召喚〉」
それは指先から召喚された羽虫を素早く捉え、口にした。
暫くして虫を飲み込んでしまうと、前脚を上げた。
「言ってもしょうがないか」
エリオットに貰った羽根ペンで羊皮紙に円を描き、そこにルーンと記号を書き連ねる。
静かな寮に、羽根ペンが羊皮紙を引っ掻く音が、そして時折、暖炉の薪の爆ぜる音のみが木霊する。
良いペンね。適度に先端が硬く、そして柔らかく。紙に引っかかるような抵抗がなく、思い通りに近い線が引ける。
「……できた」
今回描いたのは〈念動〉の巻物。この上に置いた物体を浮かせる程度のもの。これを描いた意味は……特にない。
強いて言えば、貰った羽根ペンが付与魔術の使用に適するかどうかという程度のお試しに、安全な魔術を付与しただけ。
いや、良いペンよね、これ。
あたしの弱い魔力も、ちゃんと紙へと伝達してくれている。
「……んっ……」
あたしは凝り固まった身体を解すべく、伸びをする。急に動いて驚いたか、蜘蛛が机の上へと飛び移った。
「ごめんごめん、ちょっと退いててね」
蜘蛛は巻物の上を横切ると、机の端に陣取った。暖炉側の一番暖かそうなところだ。
あたしはマグカップに残って冷めた紅茶を飲み干すと、巻物の中央に置き、魔力を身体の底からかき集めて、魔法円に流す。
「起動」
マグカップは取っ手側を下に斜めに浮かび上がる。
うん、成功だ。
…………?
「ぷっ、あはははは」
蜘蛛が浮かび上がっていた。
巻物の上に糸を引いていたのだろう、巻物から目に見えないほどの糸が斜め上へと伸び、その先端で蜘蛛が凧揚げでもされているかのように浮き上がっているのだ。
宙に浮いて戸惑っているのか、蜘蛛が何も無いところで脚をわさわさと動かしている。
「ははは、可笑しい……。ん……?」
待って、そんな筈はないわ。
この巻物の効果は魔法円に載せたものを浮かせるのよ?
魔法円の上に載っていたのは糸であって、糸が浮かび上がるならともかく、なんでその上にいなかった蜘蛛が浮かび上がるの……?
……簡単なことよね。この糸の魔力伝導率が異常に良いからに決まってるわ。〈念動〉の効果が糸を伝わって蜘蛛に達したって事よ。
ただの蜘蛛糸にそんな効果はない、つまりこの蜘蛛はただの蜘蛛ではなく魔物で……この大きさでは直接的に戦闘の役には立たないけど何か使い道が……。
色々なイメージが浮かんでは消える。
それから、新学期が始まるまで。あたしはこの蜘蛛を使っての戦い方を考察し続けた。
その傍ら、あたしの僅かな魔力を蜘蛛へと与え、寝る間も蜘蛛と糸で身体を結び魔力を交換。魂絆を強化する。
可能性があるなら……足搔かないとね。
そして新学期。最初のガイダンスや座学の初回じゃ大したことは話されない。軽く聞き流す。
生徒達も新年早々突っかかっては来ない。
エリオットが軽くこちらに手を上げて、あたしは軽く頭を下げた。数名の女子の眉がきりりと動く。……面倒臭い。
昼休みは誰かに声をかけられる前に急いで寮へと戻り、さっさと食事を取って校庭へ。
午後は早速魔術戦闘訓練の実技初回だからね。
校庭の隅に待機する。目立たない位置、木陰で木の幹にもたれ掛かって魔力を練り、蜘蛛には糸を出しておいて貰う。
せっせと準備していると、急に明るく、暖かくなった。
「メリー、何してるの?」
エリオットだ。
彼は見たこと無い、黒い軍服のような衣装に身を包んでいた。きっとこれが彼の魔術礼装なのだろう。
そしてその右肩は燃えているように、紅の焔を噴き出している。焔は大きく揺らめいたかと思うと、シルエットのみの女性の上半身のような姿をとった。その手がエリオットの首に回されているのを見て、なぜかあたしの心はちくりと痛んだ。
「何も」
あたしはぱっと蜘蛛を後ろ手に隠して答えた。
これじゃ何かしてたって言ってるようなものじゃない……。
「そう?ああ、紹介するね。僕の使い魔。炎の精霊で、スカーレットと名付けたんだ。
メリーの使い魔は?」
あたしは後ろ手に隠してた蜘蛛を見せる。
「蜘蛛よ」
蜘蛛はあたしの手の上で、エリオットに向けて前脚を掲げて見せた。
「賢いね!……名前は?」
「名前?」
「名前。つけてないの?」
……あ。
エリオットの口角が上がっていく。
「つ、つけてるわよ……!
え、えーと、ラーニョよ!あなたの名前はラーニョ!」
「ぷっ……。そう、ラーニョ、ステキな名前がついて良かったね」
エリオットが蜘蛛に話しかける。蜘蛛は再び前脚を上げた。
「何よ!何の用なの?」
エリオットはあたしがもたれている木の幹に手をつくと、あたしの瞳を覗き込んだ。その瞳には僅かばかりの哀しさを滲ませて。
「用が無かったら話してはいけない?」
…………っ!
「そ、んなことは……ないけど。あたしなんかと話してるのが見つかるとさ。
ほら、あたし落ちこぼれだし」
「落ちこぼれなんかじゃない」
あたしの弱気な言葉に、エリオットは断言する。
「いや、……そりゃ座学は強いけど。
魔術使えない魔術師なんて何の役にも立たないじゃない?」
エリオットの顔が近づけられる。榛色の瞳に、あたしの顔が映り込んでいる。
「メリリース・スペンサー。君は落ちこぼれなんかじゃない。
確かに魔力は少ない。でも君にはそれを補う知識と知恵がある。例えばまだ単位1つも落としてはいないだろう?」
「そ、そうだけど。でも、この魔術戦闘訓練は落とすかも……」
あたしの身体に震えが走る。
仮に全敗したからといって必ずしも単位を落とすわけではないわ。でもあまりにも戦闘能力が低いとなれば、それは単位を落とすことに繋がる。そしてこの授業は必修科目だ。
1つ落としてすぐに卒業が出来なくなるわけではないけど、ライブラの魔術塔への進路が……。
エリオットが震えるあたしの手を握る。蜘蛛……ラーニョはあたしの制服の胸元へと跳んだ。
「メリー、まず言っておくよ。僕の父は君がライブラへ進学出来なくなったからと言って援助を止めるつもりはない。
それにね……」
エリオットはあたしに優しく微笑んだ。
「君は絶対に勝つ方法を考えているはず。それが実るのは今日かも知れないし一月後かも知れない。
でも絶対に勝ちにくるタイプだ」
震えが止まった。エリオットはゆっくりと手を離し、あたしの肩を軽く叩いてから立ち去ろうとする。
「何で!…………なんでそんなこと言えるのよ!」
あたしの言葉に、エリオットは奇妙な言葉を聞いたとでも言うように首を傾げ、こう告げた。
「君が負けっぱなしで終わらないのは、10年前に駆けっこしたときから知っているよ」
「……何よそれ」
あたしは呟いた。
そしていよいよ決闘が始まる。先生の呼んだ2名が順にステージの上で戦うという方式だ。
あたしの初戦の相手はアンナ。寮は違うけど同級生の女の子。使い魔は大鴉ね。
アンナは皆にはやし立てられている。
やったじゃん!一勝おめでとう!アンナが何分で勝つか賭けようぜ!
騒いでいた奴らは先生に睨まれたけど、アンナは余裕の表情でステージに上がってくる。
ステージの上、わざわざ近付いて、先生から聞こえない位の声で話しかけにきた。……ばっかじゃないの。
「メリー、わたし、あんたのこと気にくわなくてさ」
「知ってるわ」
「そういうスカした態度も、エリオット様に気に入られてることもね」
「ついでに座学でまるで敵わないこともでしょう?」
あたしが軽く煽ると、割と整っている顔を歪めて赤くさせ、イライラした様子で口にする。
「あんた、いたぶってやるわ。降参しても許さないんだから」
……舐めてかかってくれるのは有り難いわね。
あたしのまわりでラーニョが飛び跳ねている。ラーニョはあたしの左手の甲に止まった。
あたしは会釈すると右手で初心者の杖を抜いて構える。
アンナも同じように杖を構えた。
「我が名はアンナ・ハボック、使い魔レーヴェンを従え決闘に臨む」
「我が名はメリリース・スペンサー、使い魔ラーニョを従え決闘に臨む」
沈黙の中、生徒達の嘲うような視線、エリオットの真剣な視線、先生の視線を感じる。先生の視線を、呼吸を感じろ。
そう…………今っ!
「始め!」
先生の声と同時にアンナが崩れ落ち、倒れた。
レーヴェンが驚いたように飛び立ち、倒れたアンナの顔の横に着地する。
唖然とした空気、口元に笑みを浮かべるエリオット、先生の眼差し、そして宣言。
「勝者、メリリース・スペンサー!」
次は連休明けくらいかなーと思いますのー。