1:使い魔召喚
全3話位の短編ですのー。➡5話で。
1週間以内に書き上げたい(希望的観測)。
――GA暦52年、12月
「……我が傍らにあらんとするもの。我が声、我が魔力に従い、遍く地平の彼方から疾く来たれ!」
渾身の魔力集積を行っての〈使い魔召喚〉の詠唱。その最後の一小節を終え、あたしは杖を掲げて眼を見開く。あたしの魔力が校庭に描かれた魔法円へと浸透していき……そしてなにも起こらなかった。
魔法円を囲む同級生たちからくすくすと嘲笑の笑いがおき、あたしは俯く。
今日はサウスフォード全寮制魔術学校4年生、つまり高等学部1年生の前期期末試験最終日。最後の科目である召喚術の実技試験の最中。
あたしの名前はメリー、メリリース・スペンサー。
このサウスフォード4年生きっての落ちこぼれだ。
言っておくが、座学では誰にも負けない。
ついでに言えば魔術制御もダントツの1位だ。だが、それはあたしの魔力が碌にないから制御が平易であるせいに過ぎない。
この魔術学校で最も魔力が低く、ついでに言えば身体を動かすのも得意じゃない、ただのガリ勉女、それがあたし。
初等学校で一応魔術学校入学基準を満たす最低限の魔力があって、勉強は得意だった。だが、それから3年間、魔力総量が伸びないとはあたしも周囲も思ってなかった。
碌に魔術の使えない魔術師見習い、しかも座学の成績に関して言えば上位を独占しているなんて、普通に魔術が使える子たちにとっては目障りな存在でしかない。
「……はぁ」
ため息しか出ない。
この召喚術の試験の直前にクソマズい一時的な魔力増幅薬をわざわざ作って口にしていてもこれだなんてね。
あ、いけない。魔力枯渇が……。
膝から崩れ落ち、地面に手をつく。あたしの目の前、魔法円の中心で何かが動いた気がした。
…………?
そこに動いていたのは小さな蜘蛛だった。灰色と茶色、校庭の土の色に紛れて見えなくなってしまうような色、大きさは身体の部分が1cmくらいで、脚の幅が2cm程度。
それは音もなく10cmほど跳躍すると、こちらに近づいてきた。
「はは」
乾いた笑いと涙が出る。
こんなものがあたしの使い魔か……。
「はは、蜘蛛さん、あなたはあたしと〈契約〉を望むの?このクソみたいな魔術師未満と」
蜘蛛はまた音もなく10cmくらい跳んでこちらに近づき、前脚をひょいと上げて見せた。
……どうせ再試したところで、いい使い魔が来る未来が見えないしね。
「我、メリリース・スペンサーは、我が召喚の呼び声に応じ、彼方より馳せ参じたる彼のものを、我が使い魔として使役することを欲す」
あたしの指先から放たれた弱々しい光が、あたしの胸と、蜘蛛の身体へと吸い込まれ……使い魔の契約が成立した。
あたしは蜘蛛をそっと掬って掌に乗せると、教師のもとへと向かった。
「メリリース、使い魔の召喚と契約、滞りなく終了いたしました」
先生が頷き、同級生の奴らが爆笑する。
まあ、……あたしを馬鹿にするような内容のモノばかりだ。
それから授業の進行を見ながらも、くすくすとこちらを見ては嘲笑うやつらを無視している。まあ、確かにあたしの使い魔はゴミみたいなものかもしれないわよ。でも、そもそも召喚の呪文をとちって召喚に失敗しているやつにまで馬鹿にされる謂れはないっての。
……口には出さないけどね。
授業の最後、同級生のエリオットが心配そうな顔でこちらをちらりと見て、魔法円の中へと向かう。
彼は魔術の才に恵まれ、魔力も多く……誰が見てもうちの代のトップだろう。座学があたしを抜けないから、本心ではイラっとしてるのかもしれないけどね。
彼が炎に覆われた女性型の高位精霊を召喚し、授業は終わった。歓声が上がり、生徒たちの祝福の声に囲まれている。
おかげであたしのことなどは忘れられたかな。
「ありがとう……おめでとう、エリオット」
あたしはそう呟いて、ひっそりと校庭を後にした。
あたしにとって幸いなことは、今期の授業はこれで終わりであり、この使い魔を同級生達に馬鹿にされる日はしばらく来ないってこと。
まぁ、寮の子達には馬鹿にされるだろうけど、ディーン寮はそこまで責めてくる子はいないから……、まぁそんなに苦ではないわ。
みんなが冬至祭の準備に浮かれる最中、あたしはひたすら魔道書を読み漁る。
その間、蜘蛛はあたしの肩の上でじっとしている。
あたしが手を差し伸べると、その上にもぞもぞと歩いてきた。
「蜘蛛か……寿命が1年のが多いと思ったけど、長く生きるのもいるのよね。冬に生きてるって事は、お前は長生きするのかしら?」
休眠状態にならないのは部屋が暖かいからかな?
新たに覚えた魔術を使う。
「〈虫召喚〉」
指先に光る、ごく小さな魔法円から5mm程度の羽虫が出現した。羽虫が飛んでいこうとしたその瞬間に手の上の蜘蛛が飛び掛かり、一瞬で虫を口に咥えて地面に落ちていく。
だが、蜘蛛は地面まで落ちることなく空中で身体を静止させる。あたしには見えず、感じられないが、あたしの服の袖に糸をくっつけてそこからぶら下がっているのだ。
蜘蛛は糸を手繰り寄せて袖口へと戻り、あたしの手の上へと歩いてくると、食事を始める。そして羽虫を飲んでしまうと前脚をあたしに掲げてみせた。
「……お粗末さまでした」
――コココン。
扉がノックされる音が聞こえる。
「メリー先輩!早く料理作れって!伝えましたよ!」
後輩の……誰だったかが声をかけて去っていく。冬至祭の調理担当があたしだけで、あとは1年の下働きだけなのは嫌がらせなのか、あたしの協調性の無さに配慮しているのか。
まあ、寮の子達、料理上手いのいないからね。あんなの薬草学や錬金術に比べれば全然簡単なのに。
あたしは蜘蛛を肩に乗せて調理場へと向かった。
……パーティー?
ああ、隅で料理の出来だけ確認して、自分の分のケーキかっぱらって途中で抜けたわよ。
――コツン。
部屋に戻ると、窓に何かが当たる音がし、あたしはそちらへと向かう。
窓の外には、宙に浮かぶエリオットの姿があった。
あたしは慌てて左右を見渡し、窓を開ける。
冷たい風が部屋へと流れ込んできた。
「こんなとこで何やってるの!」
声を潜めながら問い詰めるような声を出す。
エリオットは気にした様子もなく、窓の桟に腰掛けると、微笑みかけてきた。闇の中、甘い顔が浮かび上がり、榛色の瞳がランプの灯りに照らされて輝いて見える。
「もちろん、冬至祭おめでとうと言いに来たんだよ。おめでとうメリー。
パーティー先に抜けたの?早かったね」
暢気な彼の言葉に肩が落ちる。彼の視線があたしの机の上、ケーキに向いてるのを見て、溜息をついた。
ケーキを差し出す。いいの?と視線で問いかけてくるので、あたしは頷いた。
「いただきます……うまっ!」
むしゃむしゃと手掴みで美味しそうにケーキを頬張るエリオット。あなた貴族なんだからもっと美味しいお菓子なんて沢山食べてるでしょうに。
あたしのそんな考えなど気にならないかのように、幸せそうな表情でエリオットはケーキを食べ終えると、自分の手に〈浄化〉をかけて、懐から小箱を取り出した。
「ご馳走様。これメリーが作ったんでしょ?美味しかった。
はい、これプレゼント」
開けるように視線で促してくるので、箱を開けてみると、それは羽根ペンとインクのセットであった。
「ほら、メリーいつも勉強してるしさ。やっぱりよく使うのが良いかなって。どう?」
あたしは頷いた。
エリオットが笑う。
「僕のは?」
見透かされてる気がして、何も言わずに引き出しから袋を取り出すと、彼の胸元に押し付けた。
彼は満面の笑みを浮かべると、袋を開けて中からタータンチェックの毛糸のマフラーを引っぱり出す。
それを首に巻くと、端っこを確認して言った。
「へへ、ありがと。
ちゃんと、E.R.ってイニシャル入れてくれてるじゃん」
顔が赤くなるのを感じる。
あたしは彼を突き落とそうと手を出すが、やんわりと受け止められた。
「エリオット、領民のあたしに気を使ってくれるのは嬉しいけど……」
あたしはエリオットの父が治める領地の孤児院の出身で……、あたしの学費は領主様が肩代わりしてくれているのだ。
「それだけだと思う?」
彼の瞳があたしを覗き込み、あたしは何も言えなくなる。
「じゃあね、メリー。また来年。良いお年を」
「……良いお年を」
エリオットは飛び去っていった。闇の中に彼の姿が紛れていくのを見送って、あたしは窓を閉めた。