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第1話*何てことの無い、普通の日常(2)

 ────同じ夢を、見ていた気がする。


 顔も知らない誰かが、私の名前を呼んでいる。ただそれだけの夢だ。そのはずなのに、あの夢から目覚めた後、胸の辺りがきゅっとなってしまうのは何故だろう。

 私は今、たったひとりの家族を探す旅に出ている。きっかけは《《アレ兄さん》》の手紙に添えられていた、1枚の黄ばんだ写真だった。

 幼い頃の自分であろう黒髪の女の子と、隣の少し年上の女の子。この子が今もどこかで生きている、私の家族だと書かれていたのだ。


 「きっと……見つかるよね」


 首にかかるペンダントをそっと握りしめる。祖母の遺物であるこの私の手に渡って以降は、お守りとして常に身に付けている。


 朝を告げる鐘の音が、滞在中の街の中央から鳴り響く。人々はその音を機に1日の活動を開始する。

 出店が多く活発な街。簡素だが暖かみのある街。海沿いの景色が綺麗な街。食べ物が美味しい街。

 絵を売りながら、今までたくさんの街を見てきたが、私の家族に関する情報はほぼ無かった。

 ホテルをチェックアウトし、街を歩きながら、今日は南の方へ行こうと計画を立てる。


 「──泥棒よ! 誰か捕まえて!」


 突如、女性の叫び声が道中に響き渡る。

 声の居場所は、前方5m辺りの店の入り口付近だった。この辺りは治安が悪いのだろうか。


 「うわっ……と」


 ドンっ、と肩に衝撃が走り、黒い帽子を深く被った男と目が合う。

 そのまま走り去ろうとした男の右肩に、女物のバッグが掛かっているのを確認した私は、すぐさま男の肩を掴む。そして関節技を仕掛け、バッグを手放させた。


 「んなっ!?」


 「先程の方、お受け取りください!」


 ボール投げの領域でバッグを女性に向けて投げる。無事にキャッチしたようで、女性は「ありがとうございます!」とヘコヘコ頭を下げた。私も軽く会釈をする。


 「……テンメェ、女のガキが調子コキやがって!」


 胸倉を掴まれた、と思った瞬間には、既に体は地面に叩き付けられていた。

 背中が痛い。視界がチカチカする。

 痛みに耐えられず、私は地面で意識を失いそうになった。


 「っつう……」


 「俺を怒らせるなよ? 燃やすぞ」


 きゃああっ、と周りから悲鳴が聞こえた。

 気力だけで目を開けて男をよく見ると、手の中で赤いモノが揺らいでいた。


 ……なに、これ。


 「この俺に手を出すとはイイ度胸してるなァ。テメェはこの俺の炎に焼かれて死ねるんだ。せいぜい感謝しろよ?」


 目の前が熱い。

 《《普通の人間なら》》絶対にあり得ない現象を、男は生み出している。

 この男は、本気で、私を殺そうとしている。


 「くたばりやがれ! “死を呼ぶ黒焔の(デット・フレア)──”」


 「────“首なし能力者(ディナイアル)”」


 一体、何が起こったのだろう。

 取り敢えず分かることは、私は助かったのだということ。そして私を助けてくれた人が、同年代の少女だということだ。

 彼女は「可愛い」と「美しい」が絶妙に混ざり合った容姿をしていた。

 ラベンダーのような薄紫の髪に、透明感のある白い肌。アメジストのような深紫の両目は、男を力強く睨んでいた。

 少女が男の炎を一瞬で打ち消すその様子は、まるで小説の中での出来事のようで。

 黒いマントを身にまとう姿は、いつしか読んだ絵本の中の魔女を彷彿させた。

 ちなみに男はというと、先程の威勢から打って変わって小刻みに震えていた。


 「なっ……『ロナード』!? こんな所にいるなんて聞いてねぇよ!?」


「──異界の管理神エルバードは、力無き愚か者(人間)の争いに憂い、罰を与えた。これは能力者でも同じことが言えるの」


 「な、何が言いたい!」


 「これ以上は口を慎むの。せめて、あなたが最善の選択をすることを願うだけなの」


 「……くっ、そぉ!」


 男が走り去っていく。ひとまずの危機は逃れたようで、野次馬の人達もそれぞれ散っていった。

 ──ロナード。異界。エルバード。そして能力者。

 聞き取れたのはその単語だけだ。しかしその単語の羅列は、男が起こした現象も相まって、ここが《《私の知る場所ではない》》ことを証明していた。

 ロナードと呼ばれた少女は、私の方へ顔を向ける。先程までの厳かな雰囲気が抜け、その視線は穏やかなものだった。


 「怪我は大丈夫なの?」


 「え、あ、はい。大丈夫です」


 嘘だ。さっきから意識が朦朧もうろうとしている。正直、目を開けているのがやっとだ。


 「助けていただいてありがとうございます。えっと……ロナードさん?」


 「サナ・ロナードなの。あなたの名前を伺っても?」


 マイリア、と答えると、サナは少し驚いたように目を見開く。しかしすぐ元の表情に戻り、私を真っ直ぐに見つめた。

 見れば見るほど不思議な少女だ。人間離れした容姿をしているのに、表情にどこか人間臭さを感じる。それに彼女を見ているとどうも眠く──。


 「実は、あなたに聞きたいことがあるのだけど……マイリア?」


 強烈な眠気が私を襲う。

 逆らう暇も無く、私はそのまま意識を手放した。

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