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第1話*何てことの無い、普通の日常(1)

  「ねえみんな! リンの本どこに行った!? 探しても探しても1冊だけ見当たらなああぁい!」


 2つに分かれた尻尾を揺らしながら、部屋中に響き渡る声で叫び散らすのは猫又のリンノ。

 獣でありながらヒトの姿をとる彼女は、誰の趣味なのか、黄色い刺繍が施された巫女服を身に纏っている。


 「ああ、その本なら今俺が読んでるぞ」


 そんなリンノを横目に、冷静にそう返すのはナユリス。視線は読書中の本に向けられている。

 自分を“俺”と呼び、ブルーグレーの髪を後ろでひとつに纏めたその姿が、絶妙に彼女の雰囲気を中性的に見せていた。


 「ナーユーリースー! また勝手に持ち出しただろ! せめてひと声かけろ!」

 「一応言ったぞ? 耳が遠くて聞こえなかっただけなんじゃないのか? お?」

 「ムキー!!」


 リンノが本を奪い返そうとするが届かない。この2人はいつも似たような喧嘩を繰り広げている。リンノが突っかかり、ナユリスが煽る。そして周りはリンノを宥める。


 「あー、リンノ? 少しは落ち着き?」


 そんな2人の間に入るのは、リンノの幼なじみであるカエノの役割だ。

 彼女はリンノと同じく獣の一種で、色違いの青い刺繍の巫女服を着ている。なお、彼女はツッコミ気質である。


 「落ち着いていられるか! アイツ1回ぶちのめす!! カエノ行くよ!」

 「いや待ちぃ、ワイを巻き込むな!」

 「うーん!? リン達は2人でセットだよっ!!」

 「……もうイヤやこいつ、助けてサナ」


 サナと呼ばれた少女は、直前まで楽しんでいた紅茶のカップをコトリと置き、ゆっくりと瞼を開ける。

 サナは、異界有数の魔法使いの一族で、寿命がとても長い。そのため、1つひとつの所作が洗練されていて品がある。

 ちなみにリンノとカエノに巫女服を着せているのは彼女だ。


 「分かったの。“氷の花クリスタル・ブロッサム”」


 ピッキーン!


 リンノが音を立てて凍る。しかし誰も驚かない。なぜならこの様子は日常茶飯事だからだ。

 ここに住む人達は、魔法使いであるサナを除いて全員が『能力者』と呼ばれるものである。

  能力の種類は能力者によって千差万別。代表的なものは風、水、火、地などの自然系や光、闇などだ。

 他には妖怪や獣のように、能力とは違う本来の姿の力を使う者もいるがそれは極少数だ。そのため、そのような者達は稀有けうな存在として扱われる。

 世界は人間の住む世界、そして能力者の住む世界に分かれている。特に後者は、神話時代に後天的に作られたものなので、人間界では『異界』と呼ばれている。

 ただ、神話時代ではひとつの世界だったので、その影響で人間界でも稀に能力者が生まれることがある。

 普通の人間は入ることができないが、能力者なら誰でも入ることができる異界。そこには人間界からの能力者が迷い込むことがあるのだ。


 「とりあえずリンノは無視だ。カエノ、フウナはどこに行ったんだ?」

 「え? ……あー、たしか今日は《《アッチ》》の世界に遊びに行く言うてたな」


 フウナとは、同じくこの洞窟の住人だ。現実世界出身で、そちらに遊びに行くことが多い。

 黙っていれば美少女な彼女だが、何かと残念な不憫系女子である。


 「──あっ」


 リンノに掛けられた魔法が溶け、彼女の意識が戻る。彼女は周りをキョロキョロ見回したかと思うと、ハッとして今度はサナに飛びかかる。


 「サ~ナ~~! 毎度毎度リンを氷漬けにしやがって!」


 リンノは厚さが10cmもある本をふところから取り出してサナに飛びかかる。そんなに小さな体のどこに隠し持っていたのだろうか。


 「ハードカバー攻撃!」


 バコッ! と大きな音が鳴る。どうやらハードカバー攻撃がサナに命中したようで、彼女は頭をさすっている。


 「……リンノ? 覚悟はいいのね?」


 サナが明らかに真っ黒い笑顔になり、周囲の温度が少し下がる。


 「“氷の花クリスタル・ブロッサム”!」


 リンノに向かって魔法を発動する。尚、2度目である。しかしピキーンという音はしなかった。


 「……あれ? おかしいの」


 「リンノどこ行った?」


 「──フンッ、ここだよ! このへっぽこ魔女!」


 カエノの足元から声がする。猫又《元の姿》の姿になって魔法を回避したのだ。


 「ちょっと、ズルいの! さらに猫になるのはルール違反なの!」


 「はぁ? 猫又なんだから当たり前でしょ! バカ魔女!」


 「あのー、リンノ? わいら一応サナの使い魔なんすけどー」


 「ならばこれでも食らうの、“紅の光(アンガー)”!」


 「まさかのスルー」


 サナ、本日3度目の魔法。

 太陽よりも眩しい閃光に、リンノは反射的に目を瞑る。


 「ほい、リンノ捕獲。さあいい加減おとなしくしろ」


 「ギャーー! 離せーー!」


 「リンノはさっきからうるさいの。マイリアが起きるの」


 じたばたと暴れるリンノをカエノとサナで抑える。ちなみに、ナユリスは我関せずと読書を再開していた。


 「ただいまー……って何この状況」


 「おうフウナ、いつものだから安心しろ。俺は傍観に徹することにした」


 「……うん、まあ、たしかにいつものことね。ちなみに原因はまたナユリ」


 「何か?」


 「ア、イエ、ナンデモナイデス。……そうだわ、あの2人は明日か明後日に帰って来るらしいわ」


 「そうか、分かった」


 そのタイミングで、1人の少女が眠りから目を覚ます。

 彼女は数回ほど目を瞬かせ、頭をブンと振って意識を覚醒させる。彼女の短い黒髪がさらりと揺れる。

 そんな様子にナユリスが気付き、彼女に声を掛ける。


 「お、マイリア起きたのか。おはよう」


 「──おはよう、みんな」


 彼女の名はマイリア。彼女は後に、伝説の能力者『召喚者(サモナー)』として、歴史に名を残すことになる。


 これは、長い長い前日譚。

 ある能力者達による、何てことのない、普通の日常だ。

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