第二話(2)
「まあつまりだ桜。はっきり言って俺たちはお前らと敵対するつもりなんてサラサラないからな」
「へえ?」
どこらへんがつまりなのかはわからないが、ともかく突然そんな事を言われ目を丸くする桜。そんな彼女に向かってユキは何事もないかのように、いつもの声色で言った。
「別に上司が仲悪いからと言って、俺たちまで仲悪くする必要ないだろ? とりあえず桜と琴音に対して俺たちは嫌悪感なんてないぞ。それともなんだ? お前らはそうじゃないのか?」
「そ、そんな事ないよ!」
「だったら別にいーじゃん。なんでそんな気にしてるんだか。お前はお前だろ?」
「う……うん。そうだよね!」
ギリギリまで迷っているみたいだったが、どうにか受け入れたらしい。
そんな彼女にユキはニヤリと笑いながら言う。
「まあ、今のはこの場凌ぎだけどな」
「えっ!?」
自分を説得してきた張本人にそんな事を言われ、目を丸くする桜にユキは続ける。
「本来なら上の関係に下は合わせるべきだぞ」
「えーと、やっぱりそう?」
「ああ。だからこそ俺たちは仲良くするべきだな」
「……ん? それ矛盾してない?」
確かにユキが言っている事は正反対、矛盾しているようにしか聞こえなかった。
「ああ、矛盾してるぞ」
「……えー、即答ー」
もはや意味がわからないと非難にも似た表情を向けてくる桜に、ユキは面白そうに言った。
「確かに長どもは仲悪そうだけどさ。あれって単純に性格の不一致だろ? 会長としては適当な性格のジトメが許せないってだけに見てるし、俺もジトメのそういう所は嫌いだからな」
「嫌いって……はっきり言うんだね……」
「まあ、俺は眷属じゃないからな」
「——えっ!? 違うの!?」
桜の反応を見てユキはため息をついた。
こんな反応になるほどに、ジトメは眷属以外と関わりを持ってないって事だ。
(昔から一匹狼みたいなもんだったけど、悪化してるな……いや、わざとか)
理由には検討が付く。
元々そうやつだったというのは当然あるだろうが、一年前の事件で悪化させたのだろう、とユキは目を細めた。
「はぁー。俺もシオンも眷属じゃない。ただの友人だ」
「友人……そんな……」
まったく隠し切れないほどに、驚愕の感情を振り撒く桜に苦笑するユキ。
「まっ。眷属じゃない俺たちが来たんだ。多少はマシな関係になると思うぞ」
今までいたらしい二人の眷属たちがどんな性格だったのかはわからないけど、眷属たちはどいつもこいつも性格に難があるものだ。
奴らはジトメとの契約によって仕方がなく従っているんじゃない。その多くが彼女の力に魅せられ、心から尊敬し服従している奴なんだ。
生十会で自分の部下として所属させているって事はおそらくそういう連中だ。そんな連中の前で会長がジトメに文句を言えば確実に敵対心満載で反抗するはずだ。
その結果、両者の間にある溝はどんどん深くなる。
ジトメの感じからして会長の事が嫌いって雰囲気じゃないからな。むしろあれは重ねているようにも見えた。
もはや再会する事は出来ない共通の友と。
(ジトメには恩があるしそれくらいの環境整備くらいしてやるか。まっ、小さな親切大きなお世話って言われる気しかしないけど、んなもん知るか)
絶対に本人には言わないであろう事を考えつつ、ユキたちは琴音と合流して先に行くらしい桜と一旦別れると、ゆっくりとした足取りで模擬戦の会場である生十会専用訓練室へと向かった。
☆ ★
生十会専用の訓練室。
つまり最高で十人しか入る事はないはずなのだが、その広場はフルコートでバスケが出来るほどの広さだった。
「一階丸々訓練室かよ」
生十会関係の施設なので場所は時計台内部だ。
しかし、地上ではなく地下に作られた空間だ。柱など一切ない広い空間。設計的に色々と大丈夫なのか心配になるが、そんな初歩的なミスは流石にないだろう。
「ここでなら本気でやっても問題ないわ」
既にジトメを含めて生十会役員は揃っていた。
端で横浜一列に並んでいるのだが、何故かジトメだけ、どこからか持って来たらしい椅子に優雅な感じで座っていた。
部屋のほぼ中心に立っているのは今回の対戦相手、六花。
シオンから「ユキィー、ファイオーッ!」と応援を貰った後、ジトメの隣にトテトテと走っていく彼女の背中を見送った。
「改めて自己紹介させてもらいますね。私は生十風紀会生徒部副会長、柊六花です。よろしくお願いします」
「無所属の佐倉ユキだ。お手柔らかにな」
前までやって来たユキに向かって、ぺこりと丁寧に頭を下げる六花に、彼は面倒そうにポリポリと頭を掻きながらも名乗った。
「開始の合図はやっていいわよね?」
「好きにするのじゃ」
「……そう。それなら——」
一方的な電撃を走らせつつ会長は一歩前に進むと、手刀のようにピンと伸ばした腕を大きく振り上げた。
「——開始っ!」
その手が振り下ろされるのと同時に模擬戦がここに開幕した。
☆ ★
開始するのと同時に左腕を前に突き出す六花。それとほぼ同時、伸ばした腕の手首にある腕輪から淡く光る紐状に連なった何か、幻操式が飛び出してすぐ先で陣を組み立てていた。
幻操陣が完成すると同時に、円周部分がぐるりとと一瞬で輝き出した。
(なんつう供給の速さだよっ!)
術を発動させるために必要なシークエンスはこうだ。
一つ、自身が身に付けている操具に幻魔力や幻力あるいは操力と呼ばれる魔力のような物を注いでアクセスする。
二つ、アクセスした操具の中から使用する術に必要な幻操式を選択し、外部に出力する。
三つ、操具外部に出力した幻操式を指定した場所で組み立て、魔方陣型の幻操陣とする。
四つ、幻操陣の円周部分に幻魔力を注ぎ、一周分を満たす。
五つ、幻操陣を解放して幻操術を発動する。
以上の五つ、アクセス、出力、構築、供給、発動、この過程を幻操者は術を行使する際に踏んでいるのだが、六花のそれはそのどれもがあまりにも早かった。
(間に合うかっ!?)
試合が開始すると同時にユキもまた行動を取っていた。
それは、両手を合わせるという行為。
彼が手を合わせてから刹那の内に、六花が描いた幻操陣中央から幻魔力を固めて弾丸とする術が放たれた。
「ふうー危なっ。いきなり速力重視の基本術。しかも狙いは顔面とか大人しそうな顔して過激だなー」
呆れた表情を浮かべているユキに怪我はなかった。
彼の言う通り速力重視に調整された術。そのため威力は下がっており、仮に顔面に当たったとしても致命傷にはならないだろう。ただここに来る前に会った桜のようになるだけだ。
「……銃ですか」
特に驚いた様子もなく、ただその目に映った事をそのまま口にする六花。
「それも二挺拳銃。それに、随分と変わった形状ですね」
正面に銃口を向けているその手の中だけでなく、自然体のまま下ろしている反対の手にも握られている拳銃。
たとえ銃に詳しくないとしても、彼のそれが独特な形状だという事はそれを見た全員が気が付いていた。
特に琴音は強い反応を示しており、その目を限界まで開いていた。
「まあレアウエポンってのは否定しない」
その武器は拳銃だ。オートマチックと呼ばれるタイプの物がベースになっているのだが、本来ならばそのまま真っ直ぐ伸びる銃口部分の先端にリボルバーの回転弾倉を思わせる何かが付いていた。
「模擬戦とは言え戦いの中でこいつの説明をするのは興醒めだろ? というわけで、次は俺から行くぞ?」
「ええ、二挺拳銃を使った高速連射でもなんでもどうぞ」
「なんでもだな? んじゃ、こんなのはどうだ」
ニヤリとした笑みを浮かべながら銃口を横に、つまり観客の方に向けるユキ。
そんな彼の行動に眉を顰める六花。