第二話(1)
早朝から始まった生十会会議が終わった事で、本日の行事である入学式が始まった。
シオンは本日から生十会メンバーになる事が決定しているものの、今回の役割は一切聞かされていないため、一般生徒と同じ扱いらしい。
それは当然生十会入りしていないユキも同じであり、二人は入学式に参加していた。
「なあ、なんか桜の様子がおかしいんだけど、なんか知ってるか?」
入場待ち中、そんな事をユキに言って来たのは昨日カフェで知り合った男子生徒、恭介だった。
「まあ、生十会でちょっとあってな」
「生十会かーマジかー。それじゃあ力になってやれねえなー……って、なんでそんな事知ってんだ?」
「私が今日から生十会の一員になったからだよーっ」
目を丸くしている恭介に追い打ちを掛けるシオン。その結果、目がポロリしてしまうのではないかと思ってしまうほどに、見開いている恭介。
「マジかよ……っハ! まさか昨日の氷橋事件って……」
「そだよー。私ー」
即答するシオンに「マジかよ……」と項垂れる恭介。
「どうも恭介は生十会に縁があるみたいだな」
「えっ……まさかユキもなのか!?」
「いや。俺は断った」
「そうかそうか……ふぅー。なんだよ驚かせるなよ断ったのかよーっ断った!?」
「恭介シーッだよ! めっ!」
驚愕の連続で声のボリュームが上がっていく恭介に向けて可愛らしい怒り顔を披露するシオン。
「……かわ——」
「死ぬか?」
「っ!? な、なんも言ってねえぞ!」
突然心臓を鷲掴みされたかのような悪寒が走り、咄嗟に謝る恭介に向けてユキは堪えられないと風に笑みをこぼしていた。
「ははっ。素直だな、恭介」
「お前……マジやめろよ、心臓止まるかと思ったじゃねえか」
「これくらいで止まりそうになるなよ。柔い心臓だな」
本気で焦っていた様子で息を整えている恭介を見て、呆れたように息を吐くユキ。
「あっ、進むみたいだよー」
「みたいだな。んじゃ、雑談終わりっと」
列の誘導をしていた教務課の先生の号令によってユキたちは入学式会場である、講堂へと入って行った。
入学式は特別な事をやるわけじゃない。ただしプロの幻操術師である[ブルーム]の候補生であり、その身に常家のそれを大きく超える量の幻魔力を内包している[シード]たちが一堂に会する結果、奴らが出現し易くなっているのだ。それ故に生十会は全力で防衛をしているわけなのだが、大概は杞憂で終わるのが普通だ。
とはいえ、過去に他のガーデンでその本来杞憂になるべきである事態に陥ってしまい、その結果崩壊したガーデンすらあるのだ。
一般生徒たちは皆一階にいるのだが、グルリと繋がっている二階とも呼べる浮遊通路では生十会メンバーが目を光らせて警戒に当たっていた。
(ジトメの奴はやっぱりいないか……まあ、あいつが真面目に仕事するとは思えないからな)
ジトメはいつも不真面目な態度の不良生徒だが、それでも責任感に近い感情は持っている。
ただサボっているわけじゃなくて、おそらくは眷属たちの視界を共有して各ポイントをモニターしているんだろうな。
入学式はつつがなく進んで行った。一人の男性が壇上に上がった瞬間、講堂全体に緊張が走っていた。
(ガーデンマスター・夜月賢一。……相変わらず凄い貫禄だな)
外見としては細身の優しげな表情を浮かべる穏やかな男性だ。
見た目からはあまり強いと感じる事はないのだが、それはあくまで普通の目線においてのみだ。
その身に纏っている膨大な量の幻魔力に気が付けば弱そうなイメージなんて一瞬で消える。
五年ほど前から力を増し、幻貴族の一つに数えられるほどにまで成長した一族、それが賢一が当主をしている夜月家だ。
幻操術師の世界には貴族たちがいる。
他の者たちとは完全に別次元の力を持ち、一族のみで一国と対等に戦えるほどの戦闘能力を持っている三つの家。
それは神崎家・神夜家・神月家の三家。今の幻操術師の世界を作ったともされていて、三家とも神の字がある事から、これらは纏めて三大貴族・始神家と呼ばれる恐れられると共に、尊敬され崇められている。
その下にいるのが夜月家を含めた幻貴族と呼ばれる一族たちだ。
始神家は裏で敵対しており、それぞれ幻貴族たちを傘下のような形で従えているらしい。今は三つ巴の状態なので問題はないが、もしもこの均衡が崩れれば内戦が始まってしまうかもしれない。
そんな世界の終わりにも思える神々の戦いはまだ起きていないが、だからといって安心して何もしないというのは悪手だろう。
夜月家に力を与えているのは一体どこなのだろうか。ユキは密かに不信感を育てていた。
☆ ★
入学式は無事完了し、一同は一旦各々の教室へと入っていった。
各クラスの担当教員から今後の日程について説明されている中、クラスメイトで唯一の友……知り合いである桜がやって来た。
「生十会業務で遅れました!」
生十会が忙しい事は当然教務課も知っているのだろう。謝罪する桜を叱る事なく、優しい声で席に座るように促していた。
「…………」
席に向かう途中、一度自分の方に視線が来た事にユキは気が付いていた。
日程の説明が終わった事で今日の学校は終わりだ。本来ならば後は帰るだけなのだが、いかんせん、ユキたちには用事があるのだ。
(……はぁー。面倒だなー)
ユキは流石にそれを口にはしないものの、心の中で盛大に文句をこぼしていた。
ため息を吐いているユキの背後から近過く二つの足音。
「えーと、元気?」
一人はシオンだと確信していたのだが、もう一つはやはり桜のものだった。
迷った表情を浮かべながらそう声を掛ける桜に、ユキはとある表情を浮かべると振り返った。
「憂鬱だ」
「ゾンビみたいになってる!?」
「……中々に失礼な奴だな、桜」
ただ疲れている表情を作ったつもりだったのだが、どうもやり過ぎてゾンビ化現象が発生してしまったらしい。
「えーと、ごめん」
「そのごめんはどれについてだ?」
「その……色々と?」
「そうか。それならこう返すとしよう」
怖がっているような、だけどどこか期待しているような、全く異なる方向性の感情が複雑に入り混じったような顔をしている桜に、ユキは淡々とした声で続けた。
「許さない」
「——っ! そう……だよね。委員部からしたら、そうだよね」
「シオン」
ユキが短く相方の名前を呟いた瞬間、呼ばれた彼女は頷くと「ていっ!」と掛け声と共に桜の脳天に強烈なチョップを叩き込んでいた。
「痛ったああああああああああっ!」
「あっ……加減間違えちゃった、てへっ」
頭を抑えてその場でゴロゴロと転がりながらもがき苦しんでいる桜を見て、可愛らしく舌を出すシオン。
「……まあ。天罰って事で良しと」
「良しじゃないよ!? それに強いとかそういうのじゃなかったよ!? チョップとは思えない硬さだったよ!?」
頭を抑えながら復活した桜がユキにそう詰め寄るものの、ユキは動揺を見せる事なくシオンを見た。
「シオン、硬化した?」
「あっ……ついしちゃった、てへっ」
「てへっじゃないよー!!」
自分の頭をコツンと叩きながら再び舌を出すシオンに、桜の叫びが鳴り響いた。
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