ニノ二十七
そう言ってユキは再び光の中から大鎌を取り出し、それをくノ一に見せるように掲げた。
「俺自身の能力は[接続技能・自分人形]。その効力は自身の身体を思念で操作するってもんだ。その結果一度イメージするだけで後は思い出すだけで身体が正確に動くから初動が早くて正確、んで凡ミスもなくなる。ある意味身体の動かし方をあらかじめ記憶しておいて、必要な時にそれを自在に再生するって感じだな」
普通は何度も何度も繰り返す事によって身体に覚えさせるという工程が必要になるけれど、これならばそれは必要ない。
一度頭の中で正確にイメージする事が出来れば、能力が自動で身体を操ってくれる。
(人間味を感じさせない正確無比な動きの連続。それが理由)
それなら彼の動きから感じていた違和感について説明が付く。おそらく嘘は言っていないと判断して良いだろう。
仮に嘘だったとしても、そこに戦略性は含まれない。何故ならわざわざそんな事しなくても倒せるはずだから。
「その延長で回避や防御に関しては、それをどうにかする術がある場合自動でそれを選び、危険を対処する事が出来る」
それこそが[情報整理]の真骨頂だ。
ただまとめて視覚かするだけでなく、すぐに何かをしないといけない場合、すぐに適切な動きを強いてくれる。
回避や防御に関してはほぼ完璧と言っても良い。
「だけどな」
しかし世の中に完璧はない。そこには致命的な穴があった。
「それはあくまで対処するための術があるならなんだ。それがない状況じゃどうしようもない。だから仲間たちが残してくれた力を手に取って戦う。それが今の俺、佐倉ユキだ」
仲間たちが残してくれた宝具たちがあるからこそユキに無数の術が生まれる。
それがあるからこそユキは強くいられる。
今回はあくまでユキとしての力を見せるために、観戦席で驚いてる生十会の皆が知ってるのとは違うスタイルだけど、こっちが元々のスタイルだ。
ー人で最強になろうと驕ってた頃の佐倉ユキト。だけどそんなユキトは敗北し、自身の間違いを悟って生十会のみんなが知る今のスタイルを身に付けた。
個じゃ強さに限界があった。だから彼ははみんなを失った。
……という細かい事情を説明する必要はないだろう。
長々と話してもアレだしな。
「俺が今お前に勝てたのはこの力と、そしてこいつがあったからだ」
大鎌の攻撃力がくノ一の防御力を超えた。もしも大鎌がなければ勝つのは難しかっただろう。
ユキ自身の攻撃力は一般人レベルだ。攻撃力はほぼ武器依存になる。
「この大鎌は今はもういない大切な人が俺のために作ってくれた物だ。あいつの……ゆかりの[固有術]によって作られた大鎌なんだ」
「——っ他人の[固有術]で作られた大鎌?」
過去に武器を求めたユキトにゆかりが与えた武器。それがこの大鎌だ。
「俺自身の強さなんて本来大した事ない。普通に五式で戦ったら俺のレベルはこのガーデンじゃ最下級だろうな」
幻貴族である賢一がマスターをしているガーデンだ。入学希望者は多い。
その結果ここはエリートガーデンと呼んでも良いレベルになっている。
そんな中で普通に実力を競えば、勝てる気なんてほぼしない。
「前いた所はここより凄くてな。俺以外はみんな才能溢れた天才たちばっかり。そんな中で強さを得ようとした結果考えたんだ。相手がどれだけ高い攻撃力を持っていようと当たらなければ問題ない。防御力が高くても攻撃し続ければその内勝てるだろうって。だけどただ速力を得ただけじゃ使いこなせる気がしなかったからな」
そもそも五式の中に普通ならばありそうな高速移動術がない理由は、ユキが抱いた不安そのものからくるのだ。
高速移動は慣れれば強力な技術になるが、その速度は本来人間が生身で出せる速度ではない。
実戦レベルで使うためには多くの訓練が必要になる。マスターすれば自転車のように楽々と乗る事が出来るが、自転車とは違って補助輪なんてものはない。
他の人に支えて貰う事が出来る速度でもない。
一人で補助輪無し、他の人の補助無しで自転車をゼロから乗れるようにする。そう考えると中々に危険だ。
[装甲]があるため最悪のケースを迎える事はまずないが、速度が速度だ。失敗してしまった時の痛みは想像もしたくないレベルだろう。
そんな恐怖体験をするくらいならば、シンプルに五式を鍛えて安全に戦うんだ。
だけど賢一のような才能のある男ではない事を自覚しているユキでは五式で強者になる事は不可能だった。
だから考え方を変えたのだ。
「幻操術は元々魔法を生み出すための過程で生まれた技術だからな。イメージは魔法と一緒。だからどいつもこいつも派手な他幻法を使いたがるけど、俺は最大の基本である自幻法に注目してそれを発展させて今の力を作ったわけだ。内容についてはさっき言ったからもう一回言わなくてもいいよな」
大鎌には重さがないとは言え、ずっと前に突き出しているのはシンプルに腕が疲れるため、そっと肩に担ぐユキ。
「高速移動の世界に俺の意識が追い付く気もしない。だから俺の感覚を補助するための力を作って、回避も防御も攻撃も出来るように、手段を増やすためにこいつを作って貰ったってわけだ」
くノ一と戦っていた時のユキは強かった。
その強さの根本にあるのはユキの[接続技能・自分人形]とそこから発展した[接続技能・戦闘遊戯]だが、攻撃力、防御力、移動力を与えたのは大鎌だ。
感覚的にはありとあらゆる能力値が最低だけど、その代わり体術が凄まじく中々の強さを誇る奴が、最強の剣と盾、翼を得てしまった感じだ。
完全にチートキャラの完成である。
「根本は俺自身の努力だから俺の強さって所は譲らないけど、ここまでくノ一を圧倒出来たのはこいつがあったからだ。自分に足りない所を仲間に補って貰った。だから俺は個だけど個じゃないんだよ。くノ一だって自分に弱点だったり苦手な相手がいる事わかってるだろ? 別に無理して仲良くする必要はないけど、ちょっとは心を開いてさ、俺たちみたいに何かを教えて貰ったり、協力して貰ったり、補って貰ったり。ありふれた言葉だけど、人は一人じゃ生きられないってね」
そう言ってユキは大鎌を再び光の中に戻すと、くノ一に向かってゆっくりと歩き出した。
「俺は別に口が上手いわけじゃないからな。思った以上に長くなったし、伝えたい事伝えられてない気もするけど。とりあえず俺が言いたいのはさ。同じ生十会の仲間なんだ、せっかくだしみんなで仲良くしようぜ」
言いたい事は全部言った。くノ一の心に響くような洒落た言い回しは出来なかったけれど、彼女の壁を崩すための素材は用意された。
男という下だと思っていた相手に完敗する。
そしてそいつの強さの理由は仲間の存在があるという事。
それを教える事が出来た。だからすぐには無理かもしれないけれど、誰かの手を取ろうと考え直すかもしれない。
本当の意味で仲間になろうと考えてくれるかもしれない。
「さてとくノ一。眷属としてのお前じゃない。一人の女の子としての名前を教えてくれるか?」
ユキは既に戦闘態勢ではなくなっている彼女に向かって手を差し出した。
その手を○○○○はしばらくの間見詰めていた。
「……宝院、宝院陽菜。それが私」
その手を宝院陽菜はしばらくの間見詰めていた。
——そして、ゆっくりと自分の手を出した。
「そっか。んじゃ陽菜。改めて俺は佐倉ユキ。生十会の同僚としてこれからもよろしくな」
「……ん」
そして彼の手をしっかりと握り返していた。
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「あっれれー? なーんか変な事になってなーい?」
突然そんな声が空から降ってくるのだった。
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