ニノ二十三
「というか、桜は五式で戦わないんだな」
女性は五式を高めて強さを得るケースが多い。六花なんかがその典型だ。
会長や双花は幻貴族の生まれのため、家ごとの伝統を引き継いだ戦い方をしている筈だが、桜はそうじゃないはずだ。
「まーそうなるよね。はっきり言ってあたしって五式での戦い方が嫌いなんだよね」
「へぇ。その心は?」
桜の言葉に疑問を抱いているのはユキとシオンだけらしく、その答えを知っているらしく恭介は苦笑をしていた。
「だって五式ってゴリ押しがほとんどなんだもん」
「……確かに」
五式の戦い方は[射撃]や[刀剣]で攻撃し[防壁]と[護盾]で身を守り、万が一受けても[装甲]で耐えるというものだ。
「五式での戦い方だとさ、攻撃力高めて、防御力高めて、体力増やした人が強いって感じなんだもん」
「……確かに」
思わず全く同じセリフを言ってしまう自身に軽く落ち込みながら、ユキは桜の言葉に強く同意した。
「それが嫌だからあたしは[千針桜花]を使うようになったんだ。五式のレベルだけに頼らないあたし自身の戦い方をするために」
五式での戦い方が広く使われているのは、それが便利だからというだけでなく、何よりも安全だからだ。
近距離戦闘と比べ遠距離から相手の様子を伺いつつ戦えるというのは、精神的にも安定しやすい。
心の安定がそのまま実力に直結する事が多いため、それは幻操師にとって重要な事だ。
もっとも安全に、楽に、効果的に強くなる戦術。それが五式での戦闘だ。
あれだけのレベルの五式を使えるというのに、それを捨てて自らの幻操師としての限界を超えようとするその心に、ユキは強く感情を刺激されていた。
「だから天使様の事も尊敬してる。あの人たちは五式じゃない強さを持ってたから。個人個人の個性を発揮してた。だから憧れてるんだ」
「……そっか」
天使たちは五式を使わない。自身の心から生まれる力と、皆で共有する力を使うからだ。
実力の中心にあるのは個人の個性。ただ彼女たちが強くて美しいから来る憧れではない。ちゃんとした理由があったんだ。
「桜ならきっとなれると思うよ。天使たちみたいな[幻光花]にさ」
「ユキリン……ありがと」
ただアイドルに憧れて闇雲にアイドルを目指すんじゃない。アイドルの中の特定した人物の在り方そのものに憧れ、そこを目指す。
目標がしっかりしている人は進むのが早い。ユキは本気でそう思ってるいるからこそ、桜ならば……そう思った。
☆ ★ ☆ ★
二対二の模擬戦を行うのは、一ヶ月と少し前にユキと六花が戦った事もある、中央時計塔の中にある訓練室ではなく、夏の恒例行事や実技テストの際などに使用される、コロシアムのようなバトルフィールドだった。
そんな空間の中央、高くなっている場所にはユキ、シオン、くノ一、ロリィ、会長の計五人の男女が集まっており、ジトメ、桜、琴音、恭介の四人はバトルフィールドを見下ろす形で壁際にある観戦席にいた。
「改めてルールを確認するわ。相手を即座に死に至らせるような殺傷能力が高過ぎる技、術の使用禁止。相手が降参と言った後の攻撃、降参した選手の攻撃よ。擬似操具を破壊された者や気絶した者は失格とし、参加は一切認めないわ。どういう形であれ、失格者を使う事の禁止よ。途中でこれ以上無理とあたしが判断した場合には、その場で強制終了させてもらうわ。両チームそれで良いわね?」
会長の言葉に各々同意の返事をする四人。
それらを確認し、会長が試合の開始を宣言しようと、手を振り上げた瞬間、彼女の視界の端、コロシアムの入り口に人影が見えた。
「あら? 彼女は確か……」
「神崎美希様、お久しぶりでございます」
そう言って丁寧に頭を下げる一人の少女。
会長の様子から何かがあったのだと察し、彼女の視線を追うユキ。その先にいたのは双花だった。
(そういえば一週間くらいはいるって言ってたな。だったら心配させた分、驚いてもらわないとな。……まあ、あいつなら泣く気もするけど、まあ良しだな)
今回の模擬戦は特に告知などはしていないものの一般公開している。
生十会の実力を見せて悪さをしないようにと釘を指す意味合いもあるが、見る事で学べる事は多い。だから勤勉な生徒はどこからか噂を聞き付け、数十人観覧席に来ているみたいだ。
双花の登場と何やら賑わっているけど、これは一種のお祭りみたいなものなのだ。盛大に楽しんで貰おうとしよう。
そして、どうにか二人の心を正すとしよう。
本当に出来るか否かは問題じゃない。必要なのはそうしようとする想い。そう思うから。
「心が導くままの物語よ。ここに在れ」
それが誰の言葉だったかは覚えていない。それでもきっと、それは大切な言葉だと思った。
「それでは、生十会役員チーム戦……開始!」
天高く振り上げられた会長の腕が振り下ろされ、戦いが始まった。
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