ニノ十九
「クフフッ、まさかそうなるとはの」
昼休みにユキは恭介との昼飯を断り、一人で委員長室へと来ていた。
来客用のソファーに座る彼の正面には、いつもの席から移動したジトメが何かを企んでいそうな顔をして座っていた。
「ああ。で、交渉は上手く行ったのか?」
「無論じゃ。今朝に話は済ませておる」
「へぇー。随分と早いんだな」
シオンと共に風紀部の二人と戦う事にしたのは昨日決まった事だ。
会議の後に会長がジトメの所に向かったのは知っているから、その時の会えたという事なのだろう。
「当然じゃ。あやつらの暴走はワシにも責任の一端があるからの」
「二人はお前の眷属なんだろ? どうにか出来るんじゃないのか?」
「それは悪手じゃとお主自身がわかっておるじゃろ?」
「……まあな」
あの二人はジトメに対して好意から来る忠誠心がある。
ジトメからやめるようにと言っても、おそらくは嫉妬心なども混ざって悪化する未来が見えた。
「お主らの実力ならば認めさせる事はそう難しい事ではないじゃろう。模擬戦自体はワシも観に行く、楽しみにしておるぞ」
「楽しんでいやがるな?」
ニヤリとした笑みを浮かべるジトメに、ジト目を向けるユキだった。
「当然じゃ。それと準備期間として試合は一週間後という事になった。詳しい話は放課後に会長から話があるじゃろう」
「やっぱりそういう事になったのか」
「うむ。一週間もあればお主らの事じゃ、十分過ぎる時間じゃろう?」
「俺らと言うよりもシオンだな。あいつに力の使い方教えないと」
「クフフッ昔とは立場が逆じゃの」
「ジトメ」
笑みをこぼしながらそんな事を言うジトメに向けて、鋭い視線を向けるユキ。
批難の心が滲み出る声に、ジトメは笑みを消した。
「すまぬ」
「シオンの前では絶対にやめろよ?」
「……お主は本当にそれで良いと思っておるのか?」
「良いに決まってるだろ。シオンはシオンだ。ゆかりじゃない」
「……そう、じゃな」
ユキの言葉に複雑な表情を浮かべるジトメ。彼女が何を考えているのか、ユキには手に取るようにわかっていた。
それはきっと、自身と同じ事だから。
「まっ、一週間後には面白い物が見れると思うぞ」
「ほう。それは楽しみじゃな」
小さく笑みを浮かべながらそう言うユキに、ジトメもまた笑みを取り戻していた。
「んじゃ、俺は飯食べに行くけど、ジトメはどうしてるんだ?」
「ワシは人の食事は口にせんのじゃよ。なんせワシは吸血鬼じゃからな」
「はいはい言ってろ。じゃあな」
「じゃあの」
委員長室を出てエレベーターに向かうユキ。ボタンを押して到着を待っていると、少しして扉が開いた。
そこには二人の人物が立っていた。
「あなたは……」
ロリィとくノ一。一週間後に戦う事が決まった二人がそこにいた。
「一週間後はよろしくな」
わざわざ長話をするつもりはない。それだけ言って二人とすれ違いエレベーターに乗るユキ。
互いに振り返ると、ロリィはいつも抱き締めている熊人形を抱く力を増しながら目を細めた。
「せいぜい首を洗って待ってろなの」
「……同意」
「へいへい。まっ、男ってだけで舐められるもの多少ムカつくし、そっちこそ覚悟しとけよ?」
ユキの言葉を最後にエレベーターはその扉を閉ざした。
☆ ★ ☆ ★
「大変な事になったみてえだな」
昨日はジトメに用件があったため、恭介と昼を共にしなかったユキだったが、今日はその埋め合わせも含めて彼に昼食を奢っていた。
「そうだな。どっかの誰かが遠慮せずに食うせいで俺の財布が悲鳴をあげてるな」
ジト目を向けるユキの視界に映るのはテーブルに並んだ無数の定食たち。
複数人に奢ってるわけじゃない。これらすべて恭介が頼んだものだ。
「遠慮すんなっつったのはお前だろ? 自分の言葉には責任を持たねえとな」
そう言ってニカッとした笑みを浮かべる恭介に、ユキはため息を一つこぼしていた。
「まあいいけどな。昨日の埋め合わせってだけじゃなくて、頼みがあるからその前報酬も兼ねてるしな」
「おん? 頼みってなんだ?」
「それは食べ終えてからでいいぞ」
「おっそうか。なら」
普通に一人分だけを……目の前の光景に一人分すらも食べる事が出来なかったユキは、恭介が食べるのを待っている間、自身の意識を内部へと潜らせていた。
一種の精神統一に近い行いだ。幻操師の力の源は心から湧き上がる力。それ故に自身の心を見つめ、意識する事でその力は増す、と考えられている。
特に今のユキにとっては一瞬でもしておきたい事だった。
「ふうー、ごちそうさんっと。……おいユキ。食べ終わったぞ」
「……ん? あ、そっか。んじゃ話は食後のコーヒーでも飲みながらな」
このままここで話を受けると思っていた恭介は、そう言って食器を片付け始めたユキに軽く驚いていた。
「あー、て事は結構長い話か?」
「うんにゃ。別に長いわけじゃないぞ。俺がコーヒー飲みたいだけ」
「んだよそれ……」
ユキの言葉に深読みをしていた恭介は、疲れたように息を吐いた。
☆ ★
食堂は食事をする場所であって、ゆっくりと話すような場所じゃない。
ガーデンに通う者の中にはチームを組んで実際の依頼を受けて仕事をする者もいる。
比較的難易度が低いものをガーデンから提供されて受ける事が出来、それはクリアする事によって成績にも影響する。
お金と単位がもらえるちょっぴり危険なアルバイトと言えば良いのだろうか。
そんなチームたちのために存在するミーティング棟。一棟丸々大小様々なミーティング用の部屋が入っている専用の部屋だ。
一階の受付で申請すれば誰でも使う事が出来るため、なにかの相談事をする時などには良く利用されている。
「……わざわざここまで来るって事は、あんまし人に聞かれたくない話か?」
「まあそうかもな。俺としてはちょい恥ずかしいかも」
「恥ずかしい?」
これからされるであろう話の内容を予測しようとする恭介だったが、恥ずかしいというヒントによって完全にちんぷんかんぷんになっていた。
「んじゃ、コーヒーでも飲みながらゆっくりと聞いてくれる」
「おうっ」
ミーティングルームに設置されているコーヒーメーカーを使って用意した二つのコップをテーブルに置くと、ユキは座って話を始めた。
「まず頼みってのは、シオンに普通式を実際に実戦で使うのを見せてやって欲しいんだよ」
「シオンに普通式? どういう事だ?」
「いや、シオンって普通式が使えないんだけど、あいつなら見る事でマスター出来るからな。俺が使えれば良いんだけど、前にも話した通り普通式は苦手でな。ぶっちゃけ俺のを見せてもシオンには得るものがないってレベルだ」
「なるほどな。けどなんでわざわざ普通式? 模擬戦やるのは聞いたけど、シオンの氷って凄いんだろ? あれで戦えば良いじゃねえかよ」
「理由はシンプル。ありゃ凄過ぎる」
「……あー、把握した」
思わず苦笑いを浮かべる恭介に、ユキは微妙な顔をしてコーヒーに口をつけた。
「でさ、恭介と桜って幼馴染なんだろ? だったら今まで模擬戦とかやった事あるんじゃないかなって」
「ああ、あるぞ。つうかそういう事か。お前色々気い使い過ぎだろ」
「何のことだ?」
呆れたようにそんな事を言う恭介に、ユキは素直に首を傾けた。
「だってそれ、桜に聞くのが一番早いだろ?」
ユキと桜は同じクラスだ。それだけじゃない、同じ生十会役員、話す機会は恭介よりも多いはずだ。
だというのにわざわざ恭介を呼び出している事で、彼は気が付いたのだ。
「俺と桜が模擬戦する所をシオンに見せてやりたいって事だろ? 先に俺の了解を機会来る所とか、完全に気い使ってるだろ?」
「……そりゃ、多少わな」
桜から了解の確認した場合、桜がそれをオーケーしてしまえば、恭介が断った時にそれが桜に伝わってしまう。
恭介から聞いて断られた場合にはそもそも桜に話を通す必要ないって事だ。
今回ユキがお願いしているのは基本式、つまり五式での模擬戦だ。
基本の五式は平均的に男性よりも女性の方が適正が上だ。
それ故にその舞台で女性と戦いたいと思う男性は少ない。
その舞台では戦術よりも適正から来る力の方が強いからだ。大抵勝ち目はない。
「俺は別に良いぜ。プライドがないってわけじゃねえけど、五式で桜にゃ勝てねえってのは、とっくの昔にわかってる事だしな」
「……ありがとな」
「男の礼なんていらねえっての。親友のために一肌脱ぐのは当然の事だろ?」
「なんだそれ。いつから俺たちは親友になったんだ?」
「おまっ、そりゃねえぜ!」
思わず笑い合うユキと恭介。同性とこうして笑い合うのは、ユキにとっては懐かしいとすら思えない、新しい事だった。
「なあユキ。ちょっと聞いても良いか?」
「ん? なんだ?」
恭介から了解を得て、もう話は終わったのだが、せっかく淹れたコーヒーも時間もまだ残っているため、このままゆっくりしようと思っていると、ふと恭介がそんな事を言っていた。
「お前って精霊召喚師だろ?」
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