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ニノ十八


「さて、話を戻すとシオンに必要なのは五式の中でも[射撃]と[刀剣]だな」


 [刀剣]が出来れば[斬撃]は出来るのと同じ事だ。わざわざそれを口に出す必要はないだろう。


「ほれシオン。やってみろ」

「はーい」


 そう言って左裾を捲り、このガーデンに入学した際に与えられた汎用型操具に意識をアクセスするシオン。


「んー、これと……これ? ……むうー、ごちゃごちゃしてるー」

「どうせ今まで一度も使ってなかったんだろ? 良い機会だから整理しとけ」

「はーい」


 ユキとしても普段は汎用型操具を使わないため整理出来ているわけじゃないが、最低限の整理はしている。

 汎用型操具にはそれぞれのガーデンが所有している幻操式が全て入っている。

 ここは規模が大きいため生徒たちから希望される式も多い。そのため内包された式の数でいえば千を超えるレベルだ。

 そこから普段使う術に必要な式を選び、ショートカットスペースに移動しておく。

 感覚的にはパソコンで無数のデータを整理しているのに近いが、これを幻操師は自身の意識の一部を汎用型操具と同期させる事によって行っているのだ。


「えーと、必要なのはこれとこれ? こっちは……違うね」


 目を瞑って呻いているシオン。今頃彼女の視界には無数の式が表示されているのだろう。


「よしっ。とりあえず[射撃]と[刀剣]は登録したよ!」

「よし。んじゃ早速ドン」

「おけっ!」

「って待ちなさいよ!」


 左腕を突き出し、今まさに陣を構築しようとした所で、会長が待ったを掛けていた。


「どうしたの会長ー?」

「どうしたのじゃないわよ! 初めて使うのよね。だったら出力調整も出来てないだろうし、危ないでしょ!」

「あ、そっか。出力高過ぎて部屋そのものがドンになったら大変だもんねー」

「部屋どころか塔自体がドンしちゃう気がする」

「で、ですねー」


 頭を掻いて反省するシオンの言葉に、それ以上の未来を予測して苦笑する桜と琴音。

 事実その可能性の方が高いだろうなと、他の者たちも変に納得していた。


「だったらそうならないようにこの部屋を守れば良いよね!」

「え?」


 それは誰の声だったのかはわからない。きっとそれは個人の声でなく、皆の声だったからだろう。


「えいっ!」


 シオンが元気良くてを振り上げ、そして振り下ろすのと同時に吹き荒れる嵐……いや、吹雪。


「ちょっとシオン!」

「待ってください会長」


 溢れ出すシオンの力を抑え込もうと、慌てて剣を抜こうとする会長に待ったをかける六花。

 困惑の視線を向けてくる彼女に、六花は違和感を口にした。


「見た目は吹雪そのものですが、一切冷気を感じません」

「——っそういえば」


 それだけではない。凄まじい風が吹いているように見えるのに、そこにいる全員の髪は舞い上がる事無くごく普通に流れていた。


(あたしたちを避けて吹雪かせてるって事?)


 その事に会長が気が付くのとほぼ同時に、それは止んでいた。


「凄い……綺麗……」


 思わず周囲を見渡してしまう一同の目に移るのは、凍り付いた生十会室だった。


「……はっ! って綺麗とか言ってる場合じゃなくないこれ!?」

「そそ、そうですよ! カチコチじゃないですか!」


 氷の結晶に覆われた綺麗な室内に見惚れていた桜は、布団正気に戻ると全力で慌てていた。

 そんな彼女と共に慌てる琴音に向かって、既に能力を解除して武器も消しているユキは、小さく笑みをこぼしていた。


「二人とも大丈夫だぞ」

「大丈夫ってそんな事なくない!?」

「とりあえず落ち着けって。シオンが何も考えずにこんな事をする奴だと思ってるのか?」


 ユキの問い掛けを受け、二人目を合わせる桜と琴音。


「「思う」」

「わーぉ。私ダメな方向で信頼されてるー」


 喜ばしくない信頼のされかたに苦笑いを浮かべた後、がっくりと項垂れるシオン。


「というかシオン。どっちにせよそれじゃあ部屋は守れるけど人は守れないだろ」

「え? でもみんななら防げるでしょ?」

「……この場合はどっちなんだろうな。信頼されて嬉しいのか辛いのか」


 皆の実力を信じているから来る言葉なんだろうけど、皆からすればある意味プレッシャーだろう。


「とりあえずシオン。これ解除しなさい」

「ユキに言われたら仕方ないねー。りょうかーい」


 上体は項垂れたまま顔だけを上げているシオンはため息をこぼすと、その体制のまま指を鳴らした。

 生十会室を覆っていた氷の結晶たちは同時に細かく砕け散り、それは綺麗な輝きとなって降り注いでいた。


「わぁーとても綺麗ですっ」

「ほんと凄い綺麗……これってダイアモンドダストって言うんだっけ?」


 降り注ぐ氷の結晶を受け止めようと手を開く少女たち、触れるとそれは水滴を残す事なく光となって消えていた。


「凄いわね。書類だって凍ってたはずなのに、全く濡れてないわ」

「当たり前だよっ。そんな事したら怒られちゃうもんね」

「けどまあ心臓には悪い光景だよな。紙を凍結したら解凍時に濡れて台無しになるが普通だし」


 他にも冷気によって出てきてしまう空気中の水分など、色々と心配しただろう。


「今のって[月]だろ? なんか応用っぽかったけど」

「うんっそうだよ!」

「いつの間にこんな調整したんだ?」

「今だよー」

「……そっか」


 さも当然のようにそんな事を言うシオンに苦笑いを浮かべるユキ。

 他の者たちも彼と同じように呆れているみたいだ。


「なんかもう驚くのが馬鹿みたいだよね」

「そこまでは言わないですけど、似た心はありますね」

「ん? 何の事?」


 そんな言葉を交わしている桜と琴音に首を傾げるシオン。


「シオンさんはそのままで良いと思いますよ。それこそあなたの個性なのですから」

「んー、褒められてるのかな?」

「どちらかと言えば褒め言葉じゃないかしら、多分」

「えー、その微妙な感じちょっと嫌だよ?」

「私としては褒めてるつもりですよ。シオンさんはそのまま規格外道を進んで下さい。そしてその先にあるものを是非見せて欲しいですね」

「規格外道ってお前……」


 六花の物言いに思わず苦笑するユキ。

 皆が呆れている理由はつまりそういう事なのだ。

 普通は一つの応用技を覚えるだけでも特訓が必要になるものだ。それが常識だというのに、シオンはただ覚えるだけでなく、生み出してしまったのだ。それもたった今、思い付きによって。

 彼女が言う通りまさしく規格外道だ。


「話戻すけど、シオンなら数日あれば対人レベルで戦えるように調整出来そうだよな」


 基本的には大雑把な広範囲高威力操術しか使えないシオンだが、今の発言の通り結構器用だ。

 対人である以上、ぶっつけ本番は不安が残るものの数日あればそれくらいの加減は出来るようになるだろう。

 そもそもシオンは攻撃初心者だ。初心者なのだから手加減が出来なくても自然な事だ。

 彼女の成長速度ならばもしかすると一日でマスターしてしまうかもしれない。そう密かに思うユキだった。


「だから問題は向こうが二対二の戦いを受け入れるかって事なんだよな」

「おっ! て事はユキっ許してくれるの!」

「まあな。俺としても面倒毎はさっさと終わらせたいし、シオンと一緒に戦うのも経験してみたいからな」


 最初はシオンの参戦に反対していたユキからの許可を貰った事で、嬉しそうにはしゃいでいた。


(それに、ゆかりとはしたのにシオンとはしてないってのは、出来るだけ無くしたいからな。……って、この思考は良い事なのか? それとも悪い事なのか? 俺には……わからないな)


 そもそも答えがあるのかすらわからない。自分が何を考えているのかも、ユキ自身わかっていないのかもしれない。人はそんなに単純ではないのだから。


「それについてはあたしから交渉してあげるわよ。委員長も言えば協力してくれるでしょうし、ツートップから言われればそれくらいの条件呑んでくれると思うわ」

「先程は良くないと言いましたが、もしもこの条件が嫌ならばロリィさんの申し込みは断ると言えば考えてくれると思いますよ」

「六花……それって一般的には脅しって言うのよ?」

「そんな悪意ある表現はやめてください。これは立派な交渉術です」

「物は言いようね」


 二人の会話を聞いて友人の愛称にもなっている目付きを向けるユキ。


「そもそもツートップから模擬戦の申し込みそのものを却下して欲しいけどな」

「……まあ、あんたからすればそうかもしれないけど、今後の事を考えるとシコリは処理しておきたいでしょう?」

「それは……まあそうだけど」


 ここで二人が圧力を掛けて申し込みを却下したとしても、くノ一とロリィがユキの事を邪魔だと思っている事に変わりはない。

 二人に自身を認めさせるには模擬戦が一番良いのだ。

 彼もまたそれを理解しているからこそ、それ以上追撃する事はなかった。


「これにて今日の会議は終了とするわ」


 そう言ってすぐに立ち上がり、出口へと向かう会長。


「会長? どちらへ?」

「委員長の所よ。早い方が良いでしょ?」

「なるほど、流石は会長です。優しいですね」

「褒めても何も出ないわよ?」


 六花とそんな言葉を交わした会長は、皆に軽く手を振って生十会室を後にした。

 席から立ち上がり、お辞儀をして会長を見送った六花はユキへと視線を向けた。


「会長は会長としてはまだまだですが、ああ言った以上はちなんとやってくれる人です」


 真面目な顔をして中々に酷い事も言う六花に、思わず皆苦笑してしまっていた。


「ですのでユキさんとシオンさんは模擬戦の準備をしておいてください」

「了解。ちなみに六花、会長は何日間の猶予を勝ち取って来ると思う?」

「そうですね……一週間でしょうね」


 ユキの質問に指を顎に当てて目を閉じる六花。少しの間そうして思考の渦に飛び込むと、ゆっくりと目を開けて答えた。


「なるほどな。まあそれだけあれば俺たちも連携とかどうにかなるな。けど、そんなにくれるもんか?」

「高確率でそれくらいは貰えると思いますよ」

「その心は?」

「そう難しい事ではありません。あの二人は今まで連携なんてとった事がありませんからね。二人もまた準備期間が必要になるという事です」

「なーるほどね。となると俺とシオンも連携は初だし、差を付けるのは二人の仲の良さって事だな」

「連携には仲の良さが全てだとは思いませんが、ですがそうかもしれませんね」


 そう言って六花が微笑んだの最後に、本日の生十会会議は解散となった。


   ☆ ★ ☆ ★

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