ニノ十五
お昼に起こったアレは張本人たちだけでなく、一般生徒たちも見ていてため、そこから会長の耳へと届いたのだろう。
普通奇襲を仕掛けて来るならば、見つからないように他の人がいない所でやるのが普通だと思うけど、彼らにそんな思考はなかったみたいだ。
「まあ冗談はこれくらいにしましょうか。ユキはきっとお昼の件について聞かれてると思っているんでしょうけど、今日の議題はそれとは別よ」
ジトメとその眷属たちは来ていない生十会室で、彼らは普段通り放課後の生十会会議を行っていた。
「別? 他に心当たりがないんだけど」
「まあ、あんたからすればそうでしょうね」
疑問符を浮かべるユキを見て、会長は一枚の用紙を取り出すとそれを目を落としながら口を開いた。
「生十会役員風紀部所属、副委員長・通称くノ一から同じく風紀部所属、佐倉ユキに対して模擬戦の申し込みがあったわ」
そう言ってユキに持っていた用紙を見せる会長。
そこには今まさに会長が口にした内容に関する事が書かれていた。
「付け加えると勝負の結果、通称くノ一さんが勝利した場合には、佐倉ユキさんには生十会を辞めて貰うという約束の上での模擬戦の申し込みですね」
つまりは自分と勝負して負けたら生十会から消えろという事だ。
「断る……ってのはダメなのか?」
「通常なら問題ないわ。でも今回は状況が悪かったわね」
「と言うと?」
「元々戦闘能力を必要とされている風紀部は所属役員同士の模擬戦ルールがあるわ。その中に委員長、あるいは副委員長から模擬戦を申し込まれた風紀部役員はそれを断る事が出来ないってのがあるのよ」
「……なんだその理不尽なルール」
あまりにも理不尽なルールに思わず苛立ちを見せるユキ。
「副委員長はある意味風紀部役員の教育係のような立ち位置なんです。つまり強制的に稽古してやるから来い、という事ですね」
「負けたら生十会辞めろとか言われてるんだけど?」
「……」
「いや、そこで黙るな。目を逸らすな!」
そっと口を閉じた六花に思わずツッコミを入れるユキ。
「えーと、その会長——」
「桜、それ以上言うのはやめて、本当にやめて」
何やら怯えた様子で弱々しく手を上げながら発言する桜に、会長は若干キャラを崩しつつ被せ気味に言った。
そんな事を言われてしまったため桜は会長から視線を移すと、隣で自身と同じく震えている琴音と視線を交えた。
そして同時に問題の人物へと目を向けた。
「ねえ会長? 私、怒っても良い?」
「「ヒィーッ!」」
背筋まで凍らせて来るような声に、桜と琴音は互いの指を絡めるように手を繋ぎつつ、頬をピタリとくっつけながら悲鳴をあげた。
「ひ、ひとまず落ち着きなさいシオン」
「私は落ち着いてるよ? クールに燃えてるだけだよー」
ニコニコとした笑みを浮かべながらも矛盾した事を言うシオン。冷静に怒っていると言いたいのだろうか。
「やめとけシオン」
そんな彼女の頭に軽くチョップを下ろすユキ。
「あうっ。痛いよユキィー」
両手で頭を抑えつつ、両目をくの字にさせるシオンを見てユキは疲れたようにため息をついた。
「まあ模擬戦については仕方ない。前にも仕方なく模擬戦を引き受けた事もあるしな」
ニヤリとした笑みを浮かべて視線を向けて来るユキに、会長とギクリと身体を震わせていた。
「だけどさそれ、俺が負けた時には条件があるのにくノ一が負けた時には何もないんだろ? そこらへんはどうにかならないのか?」
「それについては問題ありません。ルールで断る事が出来ないのは模擬戦をするかしないかであって、条件などに強制力はありません」
「ほー。ならさ、こっちからも条件出して、それでも良いならそっちの提案を受け入れて模擬戦するってしたら、それは有効になるのか?」
「両者の合意があれば問題ありません」
メガネをクイッと指で持ち上げながら説明する六花は、完全に解説役におさまっているみたいだ。
元々会長よりも会長らしい知的な副会長なのだ。解説役が似合うのは必然だ。
「へぇー。どんな状況叩き付けてやろうかな」
「わーぉ。ユキってば絶対悪い事考えてるー」
「人聞きが悪い事言うな」
「あんた……」
何やらゴミを見るような視線を向けて来る会長。確実に何か勘違いされているみたいだ。
「会長、怒らないから今何を考えてるのか言ってくれるか?」
「その前にあたしから一つ言っても良いかしら」
「ああ、なんだ?」
「そういう条件提示はあたしが拒否するからそのつもりで」
「そういう条件ってなんだよ……」
もはや睨まれている気がするユキ。仇を見るような眼差しは本当にやめて欲しい。
「ところで会長。もう一つ言うことがあるんじゃないですか?」
「え? あ、そうだったわね」
六花に言われて普段通りに戻った会長は、何やらもう一枚同じような用紙を取り出していた。
(……まさか)
用紙に目を落とし一度ため息を吐く会長。そして呆れたような眼差しをユキに向けつつ、口を開いた。
「さっきとほぼ同じ申し込みよ。相手はロリィからユキへって形でね」
『うわー』
生十会室全体から同情の眼差しが突き刺さるユキ。
まさかの眷属二人から同条件での模擬戦申し込みだ。ユキをここから排除したいという想いが強く感じられる。
「あ、でもロリィは副委員長じゃないから断る事出来るんだろ?」
「ルール上はそうね。でもあたし個人的にそれは勧めないわ」
「と、言いますと?」
「はっきり言って、あの二人はあんたの事を邪魔な存在だと思ってるわ」
カケラも濁す事のない直球の物言いに、思わず苦笑するユキ。
「まあそれはな。あの二人男が大っ嫌いみたいだからな」
「……ええ、そうよ」
何やら力無く言う会長。
ここの生十会は男女間にある壁を壊そうと日夜努力しているらしいからな。だというのにそんな生十会に所属している二人の役員が絶賛男嫌い。生十会の半分をまとめる会長としては、やっぱり思う事があるのだろう。
「だから今回の事を断っても、何かしらの方法であんたを排除に来ると思うのよ」
「行動力はありそうだし、やりそうだな」
となると今回の模擬戦を受け入れて、どうにかこうにか自身を認めさせないといけないという事になる。
「ん? ならそれを条件にすれば良いか。俺が勝った場合には、今後一切俺に絡んでこない事、みたいな」
「そうですね。それを条件として提示すれば今後の問題は解決出来ますね」
「でも副会長ー。条件って互いにオッケーしないとダメなんでしょ? くノ一たちからすればチャンスを自ら減らすなんて事しないと思うよ?」
ユキの提案に賛同する六花に向けて、そんな疑問を抱く桜。
そんな彼女に向かって、六花は首を横に振った。
「それは大丈夫だと思いますよ。彼女たちが男性を嫌う理由はシンプルに幻操師としての適正が低いと思っているからです。事実平均値で見ればその通りですからね」
「まあ、それはそうだけど。でもここのマスターは男性なのに、そういう意識って消えないものなのかな?」
「マスタークラスは例外の代表のような存在ですからね。それをただの[幻種]に当てはめないのは普通の事だと思いますよ」
「そっか。それならユキにマスタークラスに近い実力があるって証明出来れば、二人も納得するんじゃないかな?」
桜の疑問に一つ一つ答える六花。結論として出たのはやはり模擬戦でユキの実力を示すという道だった。
「ユキさんの事を下だと思っているのですから、自身が負ける時の事なんて考えていないはずです。おそらくはユキさんがどんな条件を提示したとしても、向こうは笑みを浮かべながら了承すると思いますよ」
「へえー。そんなものか?」
自身が勝つ事しか考えてないのならば、相手がどんな条件を出そうがそれを受けれても問題はない。
どうせ勝つのはこちらなのだが、相手が条件を出せばむしろこちらの条件を呑むしかないという事になる。確かに笑みを浮かべるだろう。
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