ニノ十一
「はあああああっ!」
フェイントを交えた全力のバックステップによって生まれた両者の距離。それはつまりシオンにとって回避でも防御でもない唯一の時間だ。
その時間を使い、シオンは己の力を解き放つ。
「【雪月花・花】っ!」
「——っ!?」
シオンの声によってそれが彼女の[固有術]だとわかるのと同時に、ユキは石突きを地面に叩き付けつつ[六月法・衝月]を使う事によって遥か後方へと対比していた。
(今度は[月]じゃなくて[花]か……さて、どんな力だ?)
何が起こってもすぐに探知し、対処出来るように心の準備をするユキト。
しかし、そんな彼の予想とは違いシオンの身体から放出された力は、彼女の手元で具現化していた。
「[月]は一瞬で相手を球体状に凍結する技。そして[花]はね。氷によってありとあらゆるものを創造する力だよ」
そんな彼女の手元で咲いた氷の形に、ユキトは目を丸くしていた。
持ち手と垂直に伸びた長さの違う棒。長さのバランスは違うものの、見た目としてはTの字状の武器。
「……旋棍」
シオンが生み出した武器。それは一般的な呼び方をすればトンファーだ。
「うん。これなら行けるっ」
シオンは自身の氷で生み出した旋棍に視線を送った後、満足そうに頷いた。
そんな彼女が構えを取った事で、半ば呆然としていたユキトは意識を定め直し構える。
「【花】」
再び同じ術を発動させるシオン。しかしそれは先の武器創造とは違う効力となって発現していた。
「やあ!」
足元から斜めに伸びた氷柱を使い、自身の身体を撃ち放つシオン。
地面から伸びた氷柱はその一本だけではなく、無数の氷柱が伸びていた。
重力の概念なんて自身には関係ないとばかりに、当然のように柱の側面を走るシオン。
ただ走るだけでなく、要所要所で氷柱から小さな氷柱を伸ばす事によって高速移動を行っていた。
(シオンなら敵の場所を常に感知できるからな。死角を増やした上の高速立体移動。今思い付いたって言うなら、本当嫌になるな。天才共の対応力にはよ!)
シオンの高速移動方法にはほぼほぼ音がない。だけど、僅かに弾くような音が響くため、ユキトにとってはそれで十分だ。
僅かな音さえあれば、それらの情報は自動で整理されその目に映すから。
「わーぉ。まさか防御されるとは思わなかったよー」
「俺の[情報整理]対策だろうけど、それくらいの音があれはうちの子たちは教えてくれるぞ」
旋棍による一撃を大鎌で受け止めつつそんな話をする二人。
ユキトの言葉によってシオンは頬を大きく膨らませると、不満気に口を開いた。
「むぅー。ユキのそれはズルいと思いますー」
「仕方ないだろ。お前らみたいに自分の感覚だけでどうにか出来るような頭してないんでねっ」
「ちょっ!」
いつの間にか大鎌から片手を離し、指を鳴らすユキト。
その行動に呼応し、シオンの真上で主人の合図を待っていた光の粒は真下に向かって鋭い光を伸ばしていた。
「油断大敵ってね。相手がペラペラ話してたらその隙を突くか、自分が話しながら次の用意をする戦略も必要ってね」
光の針によって地面に押し付けられているシオンに向かって、ユキは悪戯っ子な笑みを浮かべながら言った。
「それってヒーローの変身中に攻撃する敵役みたいな行いだよ! 敵役以上に言語道断の行いじゃないの!?」
「そういうのは非リアルでやっとけ。リアルは常に無情ってね」
シオンと話しながら気付かれないようにユキトが放っていた[六月法・針月]は貫通力に優れた術なのだが、ただ貫通力があるだけでは彼女の鎧を突破する事は出来ないみたいだ。
元々そうだろうなという予測の上に使っているユキト。これの目的は攻撃ではなく、拘束だ。
「むぅーっ動けないーっ!」
最初に光の粒子を放ち、そこから光の針を伸ばすのが[針月]だが、これは貫通力だけでなく光の針を伸ばすという力そのものが強かったりする。
貫通出来ない相手に使えば、その伸ばす力によって対象を地面に押し付け続ける事が出来るのだ。
背中のほぼ中心に突き刺さる光の針によって、立ち上がる事が出来ないでいるシオン。
倒れると同時にせっかく生み出した武器まで落としてしまい、そして維持が出来ずに消してしまったシオンに向けて、彼女の防御を突破する事が出来る大鎌を振るえばこの戦いは終わりだ。
だけど、これは本気の殺し合いってわけじゃない。これで一度詰みという事になるが、模擬戦なんだ。少しくらい引き伸ばしても構わないだろう?
「よっと」
ある程度後ろに下がり、持ち手が地面と平行になるようにして大鎌を地面に突き刺すユキト。
そんな彼の行動に、シオンは自身の本能が危険信号を出している事に気が付いた。
「ゆゆゆ、ユキ? ななな、なーにをするつもりなのかな?」
「ん? ちょっと大技撃つからその準備だな」
「……えーと、今私動けない状態なんだけど?」
「まあそれはお互い様だろ? シオンだって初見殺しみたいな術使って来たじゃん?」
シオンが放った[雪月花・月]は範囲も速度も威力も高いという初見殺しの技だ。
ゲームの分類が頻繁に死ぬのが普通みたいな死にゲーでない限り、クソゲー扱いされるようなチート技だ。
はっきり言って模擬戦レベルで使っていい術じゃない。
「あー……えーと、その」
ユキトがどれの事を言っているのか思い当たりがあるシオンは、その白い肌を真っ青に染めていた。
「ほ、ほらそこはユキの事信頼してたからでというか……」
「大丈夫大丈夫。俺もシオンの事信頼してるから。だから、な?」
満面の笑みを浮かべて全身から力を放出するユキトを見て、唇をアワアワと震わせるシオン。
「待って待って! それは流石にやばそうだよ!」
「まあ氷の鎧じゃ防げないだろうなー」
「だろうなーじゃないよ! 中止! 中止を要求するよ!」
「んー、残念。もう俺、この気持ちを抑えられないんだ」
「抑えてー! 全力で抑えてーっ!」
両目をくの字にして叫ぶシオンだったが、ユキトが構える大鎌の先端で無情にも描かれる魔方陣のような円盤。
「んじゃっ、シオンに栄光あれ!」
「なんか滅び行く国みたいになってるよ!?」
「えいっ」
ユキトの軽い掛け声と共に解放される円盤。
「【六月法・光月】」
光を解き放った円盤からシオンに向かって巨大な光線が撃ち放たれていた。
自身に向かって突き進む破壊の光にシオンは顔を青くしながらも叫んだ。
「つ、【月】っ!」
自身とユキトの間に巨大な氷結球体を生みだし、盾の代わりにしようとしているシオン。
「よしっ止まった! かーらーのー【花】っ!」
破壊の光がゴリゴリと氷結球体を砕いているのがわかるものの、とりあえずこれで時間を稼ぐ事は出来た。
その時間を使って自在に氷を咲かせる[花]を併用するシオン。
自身の周囲から伸びた氷柱により、自身を地面に押し付け続けている光の針を破壊すると、ジャンプするように立ち上がるシオン。
体勢を完全に直し全身から力を迸らせると、両手を重ねて前に突き出していた。
「さあっ! どっちが勝つか勝負だよユキっ!」
シオンがユキに戦線布告をするのと同時に、ユキの攻撃を受け止めていた氷結球体に風穴が開き、未だに力が衰えていない破壊の光が彼女へと迫っていた。
「行くよ! 【雪月花・雪】!」
伸ばされ重なった彼女の手の平から放たれるのは、小さな氷の結晶が多く含まれた吹雪だった。
巻き込んだものに氷結と無数の斬撃を与えるシオンの[雪]と、巻き込んだものを浄化し消し去るユキトの[光月]。
二つの圧倒的な力は正面からぶつかり合うと、周囲にその力の余波を与え続けていた。
「はあああああああっ!」
「たあああああああっ!」
巨大な力がぶつかり合った事によって弾かれる力の一部は、それだけで二人を覆う氷の箱に亀裂を走らせつつあった。
鉄よりも遥かに硬いシオンの氷ですらそうなっているのだ。地面にもまた無数の地割れが起こり、悲しくも氷箱の中に存在してしまっていた木々たちは薙ぎ倒され、ただの余波によって切り裂かれていた。
絶大な力のぶつかり合い。それを制した者の名は。
「そこまでじゃ!」
突如地面から生えるように現れたのは、このガーデンにおいては二人の上司にあたる少女、通称ジトメだった。
「「ちょっ!?」」
二人の間に両腕を交差した状態で現れたジトメ。
彼女が出現したそこは今まさに二人が絶大な威力を誇る攻撃を打ち合っている中間点。その間だ。
こんな所に友人が突然現れたのだ。慌てて力の供給を止める二人。
そうする事によって漸くジトメが受け止め続けていた二人の攻撃は消滅していた。
「……ふぅー。やれやれじゃな」
「やれやれじゃないだろ!」
「そうだよ! 危ないよ!」
「そんな事をさせたのはお主らであろう! この阿呆!」
ジトメの言う通りその危ない状況を作っていたのは二人だ。怒気がたっぷりと含まれた彼女の叫びに、武器を消した二人は何も言い返せなくなっていた。
「ま、間に合ったみたいですね」
そんな声と共に現れたのは、大きな本のようなものの上に乗って浮かんでいる双花だった。
「よっ……と」
空飛ぶ不思議な大きい本が消え、重力のままに地面へと落ちる彼女は、結構な高さだというのに何事もないかのように無事着地すると、ユキとシオン、二人の顔と身体を見て安堵の息を漏らしていた。
「よかったです。二人とも多少の怪我はしているみたいですが、取り返しの付かない事にはなっていなくて……本当に良かったです」
安堵の表情から少しずつ泣き出しそうな雰囲気を醸し出し始めた双花に、三人が慌て始める所で、彼女は首をブンブンと横に振り濡れている自身の目を指で拭っていた。
「な、泣いてないですよ。仮に泣いていたとしてもそれは嬉し涙ですからね」
彼女は一体誰に言い訳をしているのだろうか。
そう思いつつも誰もそれを口にする事はなかった。
「……まあ、あれだな。俺もシオンも盛り上がっちゃってやり過ぎた感はあるからな」
「やり過ぎた感ではありゃせんは阿呆めが。周りを見てみい」
ジトメに言われ恐る恐る視線を周囲に向けるユキとシオン。
「「うわー、地獄絵図だー」」
「やったのはお主らじゃからの!」
まるで他人事のような感想を口にする二人に、思わず怒筋を浮かべながら叫ぶジトメ。
そんな三人のやり取りを見て、双花はふと笑みをこぼしていた。
「ん? どうしたんだ双花」
「いいえ。懐かしいと思いまして」
「懐かしい?」
「……はい。そんなスッキリした顔をしたお義兄様を見るのは久し振りでしたので」
「あー、そっか。悪い」
そう言ってユキは微笑むと、双花の頭を撫でていた。
気持ち良さそう、そして何より嬉しそうに目を細めた双花を見て、シオンがプクーと頬を膨らませていた。
「なんじゃシオン。嫉妬かの?」
「むぅー。別にそんなんじゃないもん」
「クフフッ」
明らかに嫉妬心から来る反応だというのに、わかりやすい嘘を付くシオンに、ジトメは楽しそうに目を細めていた。
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