ニノ七
放課後、ユキ、シオン、双花の三人は普段から使っているカフェへと来ていた。
三人なので通されたのは店の端にある席だった。
コの字型にソファーが置かれており、一辺に一人ずつ座る席だ。
「さてと、まずは自己紹介でもしとくか」
ユキが自身の斜め左右に座る二人にそう提案してみるものの、二人は互いをジーっと見詰めるだけで一向に口を開こうとはしなかった。
「……はぁー。んじゃ俺が紹介するな。まずこっちは双花。賢一さんの娘で佐倉院との関係はジトメと同じ感じ」
ユキが代わりに紹介をすると、口を開く事はないがぺこりとお辞儀だけする双花。
「んでこっちはシオン。ここに来るまでの一年間はこいつと色々と旅してたんだ」
先ほど双花がやったように、ぺこりと頭を下げるシオン。
「……シオンさんはその……佐倉院と何か関係が有るんですか?」
「あるよー。私も佐倉院に居たんだもん。……当時の事は全然おぼえてないけど……」
どんどん声が小さくなっていくシオン。彼女にしては随分と珍しい。
「……シオンさんはゆかり様の事をご存知ですか?」
「え? えーと、うん。ユキから聞いたよ。佐倉院のリーダーだよね。私は何も覚えてないけど、佐倉院の皆はゆかりに救われたんだよって、ユキが言ってた」
「ユキ?」
さっきからシオンの口から出るユキという名前に首を傾げる双花。そんな彼女の疑問にユキは思わず口を開いた。
「双花。俺は今ユキって名乗ってるんだよ」
「ユキ……ですか?」
何やらズキンと頭が痛む双花。
一瞬痛みに表情を歪めるものの、すぐに真剣な顔へと戻り、更なる疑問を口にしていた。
「……どうして名を変えたのですか?」
「え? どういう事?」
双花の言葉に目を丸くしてユキに視線を向けるシオン。
彼はその事に動揺する事なく、ため息を一つこぼした後に口を開いた。
「シオンには言ってなかったけど、俺がゆかりに刻んでもらった本来の名前はユキト。希望を結ぶ兎と書いて結希兎なんだ」
「……ゆかりに刻んでもらった?」
元々の名前が違うという事にも驚いたが、それ以上に気になる文面にシオンは思わず繰り返していた。
「俺は名前がない状態で佐倉院に保護されたんだ。だから名前は佐倉院で与えてもらったんだよ。それが結希兎」
「……どうして今はユキって名乗ってるの?」
「もう兎じゃいられないからって思ったからだよ」
「兎?」
微妙な表情を浮かべるユキに向けて、疑問の顔を向けるシオン。その中双花は寂しそうな表情を向けると同時に、シオンに向けて鋭い視線を送った。
「兎は寂しいと死んじゃうって言うだろ? 実際はどうだからわからないけど、俺の名前はそのイメージから付けられてるんだ」
「寂しがりやって事?」
「そっ。ゆかりが俺は寂しがりやだって言ってて、それでそれが名前に反映されたんだ。結希兎の兎は寂しがりやの象徴になる。復讐を誓った時に孤独になる覚悟をしてたからな、だから兎の文字を取って、ユキって名乗ってたんだよ」
「……そっか。そうだったんだ。……私、何も知らないんだね」
声を小さくしていき、そのまま俯いてしまったシオンを見て、ユキは心が痛むのを感じていた。
「そりゃシオンは何も知らないよ。そういう話はしないって、俺とジトメが勝手に決めてたからな」
「……うん。その理由はわかるよ。ユキたちは私をここに置いていなくなるつもりだったんだもんね」
「……ごめん」
それは既に終わった話。ユキたちはここに残る事にしている。
しかし、過去の事とはいえそのつもりだったという現実は、シオンにとって辛いものだろう。
「この一ヶ月ほどで何があったのかはジトメ様から聞きました。お義兄様、気を変えてくださってありがとうございます」
「なんで双花が頭を下げるんだよ」
「……だって、もしもお義兄様が予定通りに事を進めていれば、私は……私はきっとお義兄様と戦わなくてはならない事になってしまいますから」
「そっか……今は[討伐者]だもんな」
「……はい」
現在の双花の立場である[討伐者]は言ってしまえば何でも屋だ。街の住民たちからの依頼をこなす何でも屋。
しかし、もう一つの役割がある。それはこの世界における警察のような立場だ。
もしもユキたちが計画を実行していた場合、その場では窮地を救った英雄とされるかもしれないが、悪巧みはいつかバレるものだ。
そうなればユキたちは罪人となり[討伐者]にとっては捕らえるべき相手になってしまう。
今こうして二人が話していられるのは、ユキが気を変えたおかげと言えるのだ。
「……ねえ双花。一つ聞いても良い?」
今にも泣き出しそうになっていた双花が落ち着くのを待ってから、シオンは真剣な顔で聞いた。
「……はい。どうぞ」
シオンの真剣な表情を見て、双花は一瞬目を細めると、一度目を瞑ってからゆっくりと開いた。
「どうして私の事をゆかり様って呼んだの?」
「それは……」
シオンの問い掛けに双花は目に見えて動揺を露わにすると、躊躇うようにユキへと視線を向けていた。
「……ねえユキ。私って似てるの? ……ゆかりに」
不安そうに瞳を揺らしながらユキへと問い掛けるシオン。
そんな彼女にユキは拳を強く握り締めると、フッと力を抜いた。
「ああ……そうだよ。シオンはゆかりとよく似てる、だから双花は驚いただろうな」
「……はい。とても驚きました。髪の色を除けばシオンさんはゆかり様と瓜二つでしたので」
「やっぱそうだよな。驚くよな」
「……そっか。そうなんだ」
固い笑みを浮かべるユキと、未だに動揺が消えていない双花。そんな二人の反応に、シオンは小さく呟いた。
「この際だから話すとするか」
「話す? 何を?」
「本当の事だよ」
「……やはり、何かあるんですか?」
双花の問いにユキは無言で頷いた。
「シオンにとっては衝撃的な事だと思うから、覚悟してくれ。待つからさ」
「……私は大丈夫だよ。教えて」
「わかった。それじゃあまず一つ、根本的な事な」
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