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ニノ五


「……やっぱりお前馬鹿だろ」

「いきなりの罵倒は酷いですお義兄様」


 プクーと頬を膨らませて怒りを表現する双花だが、そんな事をされても正直可愛いだけだ。


「この天然問題児め」

「私は天然などではありませんよ! 前にも言ったではないですか!」

「はいはい。天然はそういう事言うらしいぞ」


 天然を装っている偽物ならば反論なんてしないらしいが、双花は全力で反論をする。そして明らかに機嫌を損ねているのだ。

 無論それだけで言い切れるものではないが、彼女とそれなりの付き合いがあるユキに言わせれば、彼女は一○○パーセントの天然()だ。


「むぅー」

「そこまで言うならどうしてさっき教室が騒がしくなったか理由を答えてみろ」

「理由ですか? ……ふむ、突然知らない人が教室にいたからですか?」

「やっぱし天然じゃん」

「どうしてそういう事になるんですか!」


 手を胸の前でギュッと握り締めながら叫ぶ双花に、ユキは呆れを大いに含んだ息を漏らした。


「意味ないと思うけど一応教えてやる。ここのマスターは誰だ?」

「まさか記憶喪失ですかっ!?」

「そういうの良いから早く答えろ」

「ううー、今日のお義兄様は酷いです」


 驚愕の表情を浮かべている双花の頭に手刀を振り下ろすユキ。

 頭に物理的な刺激を与えると脳細胞がオワタになるとかで、馬鹿になると聞いた事があるのだが、双花の場合は一回転してまともになるかもしれない、と心の中で言い訳をしつつ打ち込んでみたユキ。


「早よ」

「うぅ、わかりました。夜月賢一様です」

「そうだ。んで賢一さんとお前の関係は?」

「親子ですよ? 本当にどうしたんですか?」

「マスターがシードたちにとってどんな存在かわかるよな?」

「えーと、そうですね……偉大な王ですか?」


 サラリと自身の心配をスルーされて拗ねるように口を尖らせていた双花は、ユキの問い掛けにピンと立てた指を口元に当てて考え込むと、不安そうに答えた。


「まあそんな感じだな。んで、お前はそんな王の娘だろ? 例えるならお姫様だ」

「お、お姫様だなんて……お義兄様ったら」

「そういう反応は求めてない」


 自身の頬を両手で覆い、クネクネと赤くなる双花に向けてジト目をぶつけるユキ。


「ここの生徒にとっちゃ、突然お姫様が教室に来たようなもんなんだ。騒がしくなって当然だろ」

「なるほど。確かにそう考えるとそうですね。以後気を付けます、ご教示ありがとうございました」


 そう言ってぺこりと礼儀正しく頭を下げる双花。


(本当に今後改善されれば良いだろうけどな)


 双花の事だ。どうせどこかで妙な納得の仕方をしているはずだ。

 その証拠と言うべきなのか、何やら企んでいる顔を見せる双花。


「で、本題だ。一体何しに来たんだ?」

「それならば教室で話したではありませんか」

「……話されたか?」

「お義兄様がここにいると知ったので会いに来たんです」

「あー」


 そういえば直接的にではないものの、そんな事を言っていたのを思い出すユキ。


「双花には悪い事したな。ごめん」


 ユキは双花に向かって頭を下げた。


「お義兄様っ!? 謝る必要なんてありません! 私では力になれなかった、ただそれだけの事なのですから!」


 慌てた様子でユキの頭を上げさせる双花。そんな彼女の瞳には涙が溜まっていた。


「それでもだよ。俺はお前に何も言う事なく姿を眩ませたんだ。もっと怒っても良いんだぞ?」

「そんな……それを言うなら私の方です。私は佐倉院でそんな悲劇が起こってしまった事をすぐに知る事が出来ませんでした。……本当ならばすぐにでも駆け付けて、助太刀するべきだったと言うのに……」

「お前が自分を責める必要なんてない。頼むからそんな顔をしないでくれよ」


 双花の立場はジトメと似ている。

 ユキが育った施設である佐倉院。双花は佐倉院に所属しているわけではないが、ジトメと同じように何度か遊びに来ている。

 そのため交流があるのはユキだけでなく、ゆかりや彼女の親衛隊である六花衆(りっかしゅう)とも仲が良かった。

 佐倉院がノースによって滅ぼされた知らせを彼女が受けた時には、既にユキは旅に出ていたのだ。


「あのお義兄様。ジトメ様もここにいると聞いたのですが……」

「ああ、ジトメもいるぞ。そもそも今ここに通ってるのはジトメ経由だしな」

「そう……ですか」

「……あ」


 悲しそうに目を伏せた双花を見て、ユキはしまったと顔を歪めた。

 ジトメと双花は佐倉院の皆にとって同じケースの相手だ。

 変な言い方になるが、ジトメと双花は佐倉院にとって対等の友達だ。

 だというのに双花には何も知らせず、ジトメとは連絡を取っていたという事になる。

 これは双花にとっては酷い話だろう。


「いや、違うんだぞ! その、何というか!」

「大丈夫ですお義兄様。身軽なジトメ様と違い、私には立場がありますから。そういう理由なのでしょう?」

「……天然の癖に察する能力は高いんだよな……」


 それはきっと父親似なのだろう。

 あの人もまた、ふざけた顔をして的確な事を言う人だったから。

 ユキが双花に協力を求めなかった理由は今彼女が言った通りだ。

 ガーデンマスターの娘。そんな立場にいる双花がユキたちの計画に参加していたとしたら、それはなんとも罪深い事だ。

 彼らの計画は復讐のためだとはいえ、悪だ。

 英雄の娘が悪事に加担する。そうなれば双花だけの問題ではなく父親である賢一、さらにいえばこのガーデンそのものの信用にも繋がる事になるだろう。

 そんな双花と違い、ジトメは一人だ。

 今は生十会という居場所を持っているものの、当時の彼女は一人で生きていたようなものだ。

 本来ならば彼女もまた佐倉院に所属するべき境遇だったのだ。しかし結果から言って所属しないでよかったのかもしれない。

 所属しなかったから彼女は生き延び、ユキを一人残すというルートは削除されたのだから。


「こうして再びお義兄様とお話し出来る幸運に心から感謝します」

「大袈裟だな」

「大袈裟だなんて事はありませんよ。何故なら……もうお姉様方とは会う事が出来ないのですから。お義兄様一人だけでも生き残ってくれてありがとうございます。本当に、本当に生きてくれていて良かった……」

「双花……」


 控えめにだけど、それでも確かに涙を流している双花に抱き着かれたユキは、優しく彼女の事を抱き締め返していた。


   ☆ ★


「……は? 今なんて言った?」

「はい、私ガーデンを辞めたんですよ」


 今の時間なら他のガーデンも授業中だろう。そんな時間なのにここにいて、彼女が所属しているガーデンはどうしたのだと聞いてみた所、返ってきた言葉がそれだった。


「辞めた? マジ?」

「はいっ」


 満面の笑みでそんな事を言う双花だが、彼女はその意味がわかっているのだろう。

 ……十中八九わかっていないのだろう。


「えーと、賢一さんはなんて?」

「お父様は私の好きにすれば良いと言って下さいました」

「あー、まあそうなるか。……ちなみに母親は?」

「……」


 無言でそっと視線を逸らした双花。……なんともわかりやすい反応だ。


「……まあ、厳しい人だしな」


 賢一さんはどちらかというと放任主義の親だ。

 しかし賢一さんの奥さん、つまり双花の母親は真逆の人だ。

 明るく緩い性格をしている賢一さんとは真反対で、冷静で冷たい印象まである女性。その性格は他人に厳しく自身はより厳しくという、双花を産む前の現役時には、剣一本で魔物の群れを一掃するような強者だったとの噂だ。


「い、いえお義兄様が考えてる事はおそらく違うと思います」

「ん? そうなのか?」

「は、はい……」


 双花にしては珍しく、疲れたようにため息を吐いていた。


「その……私は今ギルドに所属していまして……」

「あ、察し……」

「ご理解頂けて嬉しいです」


 ガーデンとはまた別に存在している対魔物特化の組織。それがギルドだ。

 ガーデンを大学や大学院まで行き、じっくりと知識と技術を身に付けてから社会に出る場所だとすると、ギルドは高校卒業後すぐに社会に出るような場所だ。

 ガーデンは学校という形を取っているため生徒数に上限があるものの、卒業生は皆戦力になりうる力を持って出て来る。

 それに対してギルドは現場で覚えろがモットーだ。

 所属している人の数はガーデンよりも遥かに多いが、その質はガーデンと比べれば低い。無論[幻光花(ブルーム)]よりも実力がある者だっているが、母数を考えればその割合は非常に少ない。

 才能あるものは上に行くが、無いものはすぐに死んでしまう世界。ある意味夢のある環境と言っても良いかもしれない。要は実力さえあれば上に行ける場所なのだ。


一花(いちか)さんは元々ギルド所属の[討伐者(ハンター)]だもんな」

「……はい」


 元気が完全に抜けてしまっている双花。これはまた随分と苦労しているみたいだな。


「なあ双花。聞いても良いか?」

「……はい? どうぞ?」

「どうしてガーデンを辞めたんだ」

「それは……情報が欲しかったからです」


 迷ったような表情を浮かべた後、双花はユキから視線を逸らしつつ言った。


「……そっか」


 双花の言う欲しい情報。それはきっと……ノースの事だ。

 つまり……ユキのため。


「ありがとな」

「いえ、私も許せませんので」


 謝罪するよりはお礼を言うべきだ。

 それに彼女が言っている通り、それは双花自身の望みでもあるのだろう。ならば謝罪なんてしてはいけない。

 ユキは一人で頑張ろうとしてくれていた少女の頭に自身の手を置くと、優しく撫でた。


「ふふっ。ナデナデしてもらうのは久し振りですね」

「喜んでもらえて光栄だ。せっかくだ、満足するまで撫でてやるぞ」

「本当ですか! ならば是非お願いします!」


 満面の笑みを浮かべる双花にユキは優しく微笑むと、「了解っ」と彼女の頭を撫で続けた。


「……ユキ、何してるの?」


 背後から冷たい声が飛んできた。

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