ニノニ
「……はぁー」
「苦労してるみたいね委員長」
「まったくじゃ」
二人がいなくなった生十会会議室でジトメが深いため息を吐くと、それを見た会長が僅かに楽しそうに笑っていた。
「何か楽しんでおらんか?」
「いいえ、ただこうしてみると随分と印象が違うから面白いのよ」
「結局楽しんでおるのではありゃせんか。それでは否定の言葉から入った意味がわからんわ、この阿呆めが」
「ですか会長が言いたい事も少しわかる気がしますね」
「でしょ?」
通称通りの目付きを向けられている会長と同意の意見を口にする六花。
そんな彼女にも視線を向けた後、疲れたようなため息をもう一度吐くジトメ。
「ふふっ。やっぱり面白いわね」
「ついに会長がドSに目覚めましたか。第一話、覚醒の会長」
「一話から覚醒するとかどんな物語よ」
「主人公鬼畜系の最強バトル物では?」
「あー、なんか言いたい事わかるわ」
「……一体何の話をしているのじゃお主らは」
「完全に雑談だねー」
「あはは……そうですねー」
会長、副会長、委員長と、役職的にはここにいるトップスリーたちが雑談を始めた事で、苦笑を浮かべる平役員たち。
「仕方がないじゃない。今回集めたのは委員部内の壁をぶち壊すためだったのよ。だというのに早々に退散させちゃうんだもん」
「あれは仕方がないじゃろう。あのままにしておったら確実にキレる奴がおるからの」
「ユキはそんなに短気じゃないでしょ?」
「あやつは結構短気じゃぞ? じゃが、危惧しておるのはそっちじゃありゃせん」
そう言って視線をとある人物に向けるジトメ。
そんな彼女の視線を置い、同じ人物に視線を向けた会長は納得した表情を浮かべていた。
「なにー?」
満面の笑みを浮かべながら首を傾けているシオンの姿がそこにあった。
「……確かにやばそうね」
「じゃろう?」
とても可愛らしい笑みを浮かべているはずなのに、どうしてなのか皆はその笑みに恐怖心が刺激される事に気が付いた。
「シオン。一応言っておくけど、あいつらはジトメの眷属。つまりアーチャーの仲間だからな? 加減はしろよ?」
「アーチャー?」
「……忘れたのか? 半年くらい前に会った細くて長身の女性だ」
「えーと……あっ! アーちゃんの事か!」
「あー、そういえばシオンはそう呼んでたな」
あの頃確かにシオンはアーチャーの事をアーちゃんと呼んでいた。ずっとそうだったためアーチャーという[刻み名]ではしっくり来なかったのだろう。
という事でアーちゃんこと、アーチャー。
ユキたちよりも二つ年上の女性でおり、ジトメが眷属にした娘の中では珍しい長身美女だ。
その性格は平和主義の優しい性格。敵であろうと慈悲を掛けるほどの優しさだ。
敵に慈悲を与えるなんて本来は愚行。やるかやられるかの相手に対してその行いは自殺希望者と呼ばれても仕方がだろう。
しかし、アーチャーにはそれを可能にするほどの実力があった。
優しさと強さ、そして何より人格的にも優れた眷属。それがアーチャーだ。
「そっかー。ジトメの眷属って事はアーちゃんの仲間って事だもんねー。それは毟っちゃだめだね!」
胸の前で小さなガッツポーズを決めつつ、笑顔と共にそんな事を言うシオン。
ガーデンに通う生徒は[幻種]、無事に卒業し一人前と認められたプロたちは[幻光花]と呼ばれているが、力が認められず[幻光花]になれなかった[幻種]は[幻雑草]と裏で呼ばれてしまっている。
他にもそこから転じて自身よりも実力が下の者に対して、この雑草が、などと罵倒として使われる事もある。
そしてシオンが使った毟ると言う表現。それはつまり草毟りの事。自身よりも弱い存在を破壊すると言う事だ。
つまり今のは、それなら殺しちゃだめだね、と言っているのと同じなのだ。
その意味を知っている生十会の皆は戦慄していた。
「ちょっとユキ。なんだか最近シオンが怖い気がするのたけど……」
「えー? そうかな会長ー」
ほとんど無意識のうちにユキに向かって、そんな疑問を投げ掛けた会長に向けて笑みを向けるシオン。
その目がニタァーっと三日月状に変わっていた。
「ひっ……」
「やめとけシオン。冗談にしても悪趣味だぞ」
「えー、そうかなー?」
会長が冗談抜きで言葉にならない悲鳴をあげたため、ユキがため息交じりに注意すると、シオンはすぐにいつもの無邪気な笑みに戻っていた。
「……ど、どうしてかしら。前と同じ笑顔のはずなのに、恐怖を感じるのだけど……」
「会長。それは恥じる必要はありません。正直私だって戦慄してます」
プルプルと揃って怖がっている生徒部のツートップに、桜と琴音は苦笑を浮かべていた。
「よくあんたたちは平気ね。いえ、勿論シオンが本当は良い子だって事はわかってるわよ? だけどやっぱり、怖いものは怖いわ……」
「んー、確かにシオリン怒ると怖いけど、基本的には考えてるのユキの事でしょ? だからユキの敵にならない限りは大丈夫かなーって、そんな予定ないしこれもこれで面白い関係だよねーって感じかな」
「そうですねー。お兄ちゃんが大好き過ぎる妹の暴走みたいで可愛いと思いますよー」
「……あんたたち凄いメンタルしてるわね」
会長と六花という二人の実力者が揃って気圧されているというのに、苦笑して流す事が出来ている二人に、会長たちは軽く引きつつも賞賛の感情を向けていた。
「まあ、生十会役員としてでしか絡んでない二人と比べたらそうなるよね」
「そういえばあんたたちは普段から絡んでいるらしいわね」
「そうですよー。生十会のお仕事ない時には放課後にカフェなどに行ってるんですよ」
「会長たちも一緒に行こうよーって言いたいところだけど、会長はいつも忙しいもんね」
会長はこれでも一応幻操師の未来を担う[始神家]の一つ神崎家の娘なのだ。
彼女にとっての娯楽ははっきり言って生十会会議における雑談くらいで、他はびっちり家での鍛錬や稽古だったりと忙しい毎日を過ごしている。
「確かにあたしは無理だけど、六花は一緒に行ってみたらどう? というか、六花が普段何してるか知らないのよね」
「何をしているかと言われても、特にこれといった事はしていないですよ? ごく普通の女子高生をやっていますよ」
「うわー。リアリティ皆無だな」
「黙ってくださいユキさん」
よくいる女子高生のような生活をしている六花を思わず想像してしまったユキは、そのあまりの不一致加減に思わず苦い表情を浮かべてしまっていた。
そんな彼に向かって六花の言葉と共に、小さな氷の破片が飛ばされていた。
「痛っ! 地味なことしてくんなよ!」
「私だって女の子なんですよ? 傷付く事くらいあります。故にこれは正当な嫌がらせです」
「嫌がらせって表現してる時点でアウトだろ!」
普通なら幻操陣を組んでる段階でバレるものだが、小さいものを上手く隠しながらだったため気がつく事に遅れ、見事額に喰らっていた。
「あんたたちって結構仲良いわよね」
「そんな事ねえ」「そんな事ありません」
見事に否定の言葉が重なり視線を交わすユキと六花。
息がぴったりな二人に会長は思わず笑みをこぼしていた。
「あらあら、嫉妬しちゃうわね。ふふっ」
「そういえば六花って雪って意味ですよね?」
「確かに! つまり二人は同じユキちゃんなんだね。そりゃ仲良いよねー」
「琴音が言ってるのはその通りだけど、俺の場合は希望を結ぶって書いて結希だからな?」
「そういえばそうだっけ? でも同じユキには変わらないわけだし、ね?」
「ね、じゃねえ」
確かに六花と同じように結希の名前もまた少し変える事によってユキになる。
「桜、世の中には同族嫌悪という言葉があってな?」
「ねえねえー。ユキは六花の事嫌いなのー?」
「いや、別にそういうわけじゃねえけど」
「それじゃあどうしてー? 仲良しは良い事だよー?」
大襲撃からユキを救ってからというもの、性格の一部が確実に変化しているシオンだが、本質は変わっていないらしい。
純粋な顔をして首を傾げる彼女に、ユキは言葉を詰まらせていた。
そんな彼を見て何を思ったのか、シオンは「あっ」と手を叩いた。
「なるほど! これがツンデレって奴なんだね!」
「違う!」
「でもユキは六花の事嫌いじゃないんでしょー?」
「だからといって好きと言った覚えもないぞ!」
「まあまあー。細かい事は気にしたらだめだよワトソン君。これは名探偵シオン・ホームズの推理なんだよ?」
「名探偵って言うより迷探偵って感じね」
呆れた顔をしつつ呟かれた会長の言葉に、シオンを除く皆は思わず笑ってしまっていた。
「うぅー、会長がいじめるよー」
「よーしよし。あの合法ロリには俺が後で天誅を下しておくからなー」
今にも泣き出しそうな顔をして隣に座るユキの胸に顔を埋めるシオン。
そんな彼女の頭を呆れ顔で撫でつつ彼は犯人へと視線を向けた。
「……合法ロリめ」
「二度も言ったわね!」
「大切なので二回言いましたという奴ですね。わかります」
「六花!? そもそもあたしは合法ロリなんかじゃないわよ!」
「あ、確かにそうだな」
「でしょ? ふふんっ」
ユキの言葉に笑みを浮かべる会長だが、彼女以外の全員はシオンを含めて苦笑を浮かべていた。
「会長は根っからの子供。合法じゃないただのロリッ娘だったな」
「な、何よそれ!」
この展開を先に読んでいた生十会メンバーたちは、想像通りの展開に笑みをこぼしていた。
「ま、まあいいわ。ところで委員長。二人にどんな仕事を任せたのよ」
「あのままでは一悶着ありそうじゃったからの、二人には突如生まれた氷結空間の調査を任せたのじゃよ」
そんな言い回しをするジトメに向かって、会長は笑みを浮かべつつため息を一つ。
「ふふっ」
「……なんじゃ」
「いいえ、やっぱりあんたの本質は優しいのねって思っただけよ」
「藪から棒になんなのじゃ」
「突如生まれた……ねえ?」
ニヤリとした笑みを浮かべながら頬杖をつく会長に、ジトメはピクリと身体を震わせた。
「ジトメー。会長ならシオンがやったって知ってるぞ。その上で責めるつもりはないだとよ」
「ユキの言う通りよ。シオンは大好きなユキを助けるためにやった。それにここから離れてるし問題はないわ」
「会長? なんか今悪意を感じた気がしたんだが……」
「気のせいよ。シオンから愛されているユキ」
完全にからかう気が満々だということは理解したユキ。何かを言ったとしても、更なる追撃のチャンスを与えるだけだと判断し、口を閉じるユキ。
「あらあら、シオンはユキの事が大好きなのよね?」
「当たり前じゃん! ユキの事大好きだよーっ」
「ふふっ、あたしは本人も知っているその気持ちを口にしているだけなのに、口を固く結んじゃて拗ねちゃったみたいね」
質問に両手を上げて元気よく答えるシオンに、会長は笑みを深めつつ更なる追撃を繰り出した。
「だねー。ユキ照れてるのー?」
「……照れてない」
「やっぱり照れてるー。照れユキだね。レアだレアー」
「なんかそれ、照り焼きみたいに聞こえるんだけど」
「桜ちゃん……二文字しか合ってないですよ?」
「いや、でもなんか響き的に似てない?」
「桜さんはお腹が空いてるんですか?」
「あー、そうなのかも……」
そう言って自分のお腹に手を当てつつ、チラリとユキに視線を向ける桜。
(……あ、話を変えるためにわざとか、ありがと)
どうやら気を使ってくれたらしい桜に、ユキは心の中で感謝の言葉を口にしていた。
「それならせっかくだしこのままカフェにでも行くか? 予定より早く終わったわけだし、会長も時間作れないか?」
「……そうね。三十分くらいならどうにか出来ると思うわ」
「それならすぐに行動だね! 私会議が終わった事教務課に行ってくるね!」
ユキの提案に会長が頷いた途端、そう言いながら立ち上がると即座に部屋からいなくなるシオン。
彼女の圧倒的な行動力の高さに、みんなは少しの間沈黙した後、同時に吹き出していた。
「戻ったよ! それじゃあ行こっ!」
『早っ!?』
あまりにもすぐに戻って来たシオンに、そこにいる誰もが思わず声を出してしまっていた。
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