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プロローグ後編


「なんつうか、お前らしいな」

「俺らしいってお前……」


 昼休みにユキは恭介と二人で食堂に来ていた。

 元々は彼の存在を利用してシオンが生十会と深く関わり、生十会を自身の代わりとして、否、新たな居場所としてくれる事を願っての行動だったのだが、恭介にとっては裏切りと同じだろう。

 それを今回話したわけなのだが、恭介は笑うだけだった。


「やっぱりシスコンだなーと」

「……その言い方はもうやめろ」

「お? 急にどうした?」


 今までは本人公認でシスコンとされていたユキが、突然それを否定した事によって面白そうに笑みを浮かべる恭介。


「心境の変化ってやつだ」

「……へぇー。心境の変化……ねえ」

「……なんだよ」

「いや? なんでも?」


 口ではそう言いながらもニヤニヤとした笑みを浮かべている恭介に、ユキは不快そうに鼻を鳴らしていた。


「……怒らないのか?」

「怒るわけねーだろ。人と人の関わりなんて時間で変わるもんだ。最初はそういう裏があったとしても、今は普通に友達だろ?」

「さらっと友達とか単語よく使えるな……」

「お? なんだなんだ。ユキは友達とか言えないタイプの奴なのか?」

「普通そうだろ」


 本人に向かって堂々と俺たちは友達だ、だなんて台詞、並みの神経じゃまず言えないと思うのは自身だけなのだろうか。


「にしても、お前も結局生十会に入るし俺の周りは完全に生十会色だな」


 ため息交じりそう言う恭介だが、ふと考えるとその通りだ。恭介の主な友人は幼馴染らしい桜や、琴音、シオン、ユキだ。

 見事なまでに生十会色の交友関係だ。


「いっそ恭介も生十会入ったらどうだ? 生徒部枠がまだあるぞ?」

「そいつは勘弁。つうか俺の実力じゃ無理だって」

「風紀部は実務メインだから制圧能力が必須だけど、生徒部の方はデスクワークが基本だから問題ないぞ?」

「……あー、悪り。俺の言い方が悪かったな」


 恭介は気まずそうに頭を掻いた後、ため息交じりに口を開こうとした。


「男の癖に生十会に入るだなんてありえないのぉー」

「は?」


 突然後ろから聞こえた声に思わず素の声を出してしまうユキ。

 そんな彼の正面に立っており、ユキの背後に現れた人物の顔が見えている恭介は、隠す事なく嫌そうな表情を浮かべていた。


「誰だお前」


 振り返ったユキの目に映ったのは二人の女子生徒だった。

 少し前に立ち、おそらく今の声の発信源であろう少女は黒髪をボブカットにしており、頭の上に大きなリボンを着けているフリルたっぷり改造制服を着ていた。

 そして一番視線が向かうのは彼女が両手で大切そうに抱えている物。

 茶色のデフォルメされた熊の人形を持っていた。


「そこはあなた様は誰ですか? なのぉー。男の癖に生意気なのぉー」


 はっきり言って二つの意味で癪に障るに少女だった。

 台詞の中身については勿論の事、その話し方。

 あまりにもわざとらしいぶりっ子少女がそこにいた。

 はっきり言ってその少女はぶりっ子キャラが似合うほどに可愛い顔をしているとは思う。

 身長も低く顔は童顔で、まさしくぶりっ子ロリだ。

 しかし、癪に障るものは癪に障るのだ。


「……もう一度聞くぞ。誰はお前は?」


 あえて挑発するように同じ台詞を吐くユキに、ロリッ娘はくりっとした目を細めると、抱えている人形の後頭部に自身の顔を近付けていた。


「……停止、要求」


 まるでロボットのようだと思った。

 一切の感情を込める事なく口にされた二つの単語。

 その発信源はロリッ娘の後ろでずっと佇んでいたもう一人の少女。

 ロリッ娘と同じ黒髪だが、彼女の場合それは長く左耳の方で一つにまとめられていた。所謂ロングサイドテールという髪型だ。

 首に巻かれた長いマフラー。怪我でもしているのか半袖から見える両腕には包帯が巻かれていた。


「みゅぅー。どうして止めるのぉー?」


 人形から顔を離し、不機嫌そうな眼差しをもう一人の少女へと向けるロリっ娘。


「……それ、佐倉」

「佐倉ぁー? あっ……ふぅーん、そうなのぉー」


 興味深そうな眼差しをユキへと向け、頭から明日までジロリと見るロリッ娘。


「あなたが佐倉ユキなのぉー?」

「……ああ、そうだが」

「ふぅーん」

「……お前は話が通じなさそうだな。て事でそっちのマフラー。二人分名乗ってくれないか?」

「……我、くノ一(くのいち)。それ、ロリィ」


 ロリッ娘に聞いても話が展開する気がしなかったため、こちらも答えてはくれそうにないが、一応マフラー少女に問い掛けると、彼女は意外にも素直に答えていた。


「……くノ一にロリィか……」


 二人の名前を、否、呼ばれ方を聞いて目を細めるユキ。

 先ほどからどうも視線を集めている理由がわかり、心の中でひっそりとため息を吐くユキ。


「……で? 俺たちに何か用か?」

「お前、さっきから失礼なのぉー。男の癖に偉そうな態度。風紀が乱れるのぉ」


 再び目を細め、人形の後頭部に顔を近付けるロリィ。


「……停止、要求」

「命令するななのぉー」


 さっきとは違い今度は止まる事のないロリィ。彼女は人形の後頭部に鼻の先端を当てると、同時に小さく囁いた。


「目の前の罪人を潰して、ロリィの可愛い【人形熊兵ドールベア】っ!」


 最後の術名を大声で叫ぶのと同時に、抱えている熊の人形から手を放すロリィ。

 重力に従って落ちていくそれは、床に着地(・・)していた。


(操作系の固有術かっ!)


 陣や式などを一切出現させる事なく発動された操術。

 通常の術ではありえない効果すらも発揮する事が出来る力、それこそが固有術。正確な呼び方は[固有術(アイデンティティ)]。

 華麗に着地した熊人形はまるでチラリとユキの事を見ると、次の瞬間床を蹴って大きく跳んだ。

 そして空中でクルクルと何度も縦回転をし、そしてユキの頭に向かって踵落としを放っていた。


「——ねえ。ユキに何してるの?」


 そんな熊人形の攻撃を真正面から受け止め、ロリィに向かって鋭い眼差しを向けるのは、ユキにとって大切な人であり、同じ生十会風紀会の仲間。


「シオンっ!」


 佐倉シオンだった。


   ☆ ★


 恭介は、否、それを見ていたはずの生徒たち全員が彼女の登場に目を見開いていた。


(シオンの奴、いつからそこにいたんだ?)


 恭介の問いに答えるならばそれは今からだ。

 ユキが動揺しているのを感じた。だから走った、そして攻撃されているユキを守った。ただそれだけの事。


「ねえ、無視しないでくれる? ユキに何してるの?」


 シオンが冷たい声をロリィに向けて放つのと同時に熊人形は動いた。

 防いだシオンの腕を足場にして上に飛び、そして天井に足を付けて真上からの奇襲を繰り出そうとする熊人形。


「可愛いけど邪魔」


 そんな熊人形を一睨みするのと同時に身体から操力を発するシオン。

 そのあまりの量と純度に彼女が何をするつもりなのかと、ロリィの表情が一瞬厳しくなるが、シオンは動く事なくそれをやめた。


「——っ動かない!?」


 ロリィが驚愕の表情を浮かべながら自身の熊人形(武器)へと視線を向けると、そこには氷によって天井に固定されている光景が見えた。


「……陣無し。[固有術]」

「ふぅーん。強力な氷属性の[固有術]なのぉー。つまりあなたが佐倉シオンなのぉー」

「そうだよ。それが何?」

「にゅーん。気に入らないのぉー」


 熊人形を手放した事によって自由になっている腕を上げ、シオンへと向けようとしているロリィ。


「また邪魔するのぉー?」


 そんな彼女の腕に自身の手を添えて上げられないようにしているくノ一に向けて、ロリィは冷たい視線を送っていた。


「……シオン、姫、お気に入り、否」

「にゅーん。確かにそうなのぉー。でもあの男許せないのぉー」

「……男、所詮、ゴミ。思考、無意味」

「にゅーん。くノ一は甘々なのぉー。ゴミならちゃんとゴミ箱に入れないとだめなのぉー」


 二人のやり取りを黙って聞いているユキたちだったが、男をまとめてゴミと呼ぶ二人に表情を歪めていた。


 さっきから対話する事なんて不可能に近い。最初から男をゴミと見下し、普通にしているだけでも罪とされ粛清される。

 シオンが防いでくれたから怪我はなかった。

 しかし、ガード時に聞こえた音。シオンは硬く小さな氷を鱗のように纏う事によって絶対的な防御力を得ているが、ぬいぐるみであり柔らかいはずの人形との接触で響いた音は低く重かった。

 それはつまり、あの人形もまた硬くなっており、先の一撃には相当の威力があったという事だ。

 それを迷う事なく脳天に落とそうとしていた。ロリィの心に慈悲はかけらもないのだろう。


(これは流石に言った方が良いな……いや、その必要はなかったか)


 彼女たちの主人(・・)に言おうと思ったユキだったが、彼はすぐにため息と共にその思考を捨てた。


「そこまでじゃ。くノ一、ロリィ」


 ジトメ(主人)が向こうから来たのだから。


「にゅーんっ姫!」


 振り返り、ジトメの姿を確認するのと同時に満面の笑みを浮かべて彼女の元に駆け寄るロリィ。

 ふと気が付けばくノ一は既にジトメのすぐ隣にいた。


「お久しぶりなのぉー。お元気でしたかぁー」

「ワシならば問題ない。それよりもじゃ、帰ってきて早々何をしておるのじゃ」

「……確認」

「ほう、一体何の確認をしておったのじゃ、くノ一」


 目を細めて問うジトメにくノ一は迷う素振りなど皆無に口を開く。


「……ゴミのレベル」

「……はぁー。やれやれ、少しは変わると思ったが何も変わってないようじゃの」


 まっすぐ自分の瞳を見つめながら言って来たくノ一の発言にジトメはため息をこぼすと、ユキたちへと視線を向けた。


「まああれじゃ。お主ならばもうわかっているだろうが、こやつらが街に行かせていたワシの眷属じゃ」

「ああ、そうだろうな——っ」


 ジトメに返事をした途端ユキの頭の中に警報がなった。

 彼の能力である[情報整理(ナビィシステム)]によって視覚化される情報によって出現した線、攻撃予測線。

 その線に触れていると攻撃を受けてしまうという事だ。さっきまでとは違い警戒していたユキがそれから身体を外した瞬間、線の通りに何かが通った。


(あれってロリィの人形!?)


 ドリフトしているかのように床に着地している熊人形を見てユキは咄嗟に天井を見た。


(シオンの氷から抜けたのか!?)


 一度凍らせればシオンが解除しない限り絶対に溶ける事はない氷。それは溶かすなんて事は勿論、破壊する事も不可能な最強の盾だ。

 そんな氷によって封じられていたはずなのに事実こうして攻撃してきた熊人形。

 熊人形の攻撃力はシオンの防御力を超えているという事なのだろうか。


「やめんかロリィ!」

「にゅーん。でもあいつ姫に失礼な態度なのぉー。男は女にひれ伏すものなのぉー」

「どんな考えを持つもお主らの自由じゃ。しかし、ワシの命令は絶対じゃ、逆らうと言うのかの?」

「……にゅーん。御意なのぉ。戻ってぇー【人形熊兵(ドールベア)】」


 落ち込むようにロリィが命令をすると、熊人形は姿勢を正しピシッと敬礼をした後に彼女の腕の中にダイブした。


「くノ一。ロリィは行動力が強過ぎる。それを冷静なお主ならば止められると思って組ませておるのじゃ」

「……不可能」

「……はぁー」


 呼び名の通りの目をしつつも疲れたようにため息を吐くジトメ。

 その姿は普段からは考えられないほどにギャップがあり、会長は密かに楽しんでいた。


「ユキ、シオン。ワシの部下がすまんかったの」

「別に迷惑かけられたのは初めてじゃないしな。今更だ」


 皆で平穏に過ごしていた頃に、突然やってきてはゆかりに喧嘩を売る戦闘狂紛いの行動をしていたジトメ。

 当時の事を考えればこれくらい何でもない事だ。

 比喩ではなく、迷惑の規模が違う。


「もうユキー。そんな言い方するとまた怒られるよ?」


 そう言ってチラリと視線を眷属たちへと向けるシオン。

 彼女が心配する通り、くノ一は無反応だがロリィの方は鋭い眼差しを向けてきていた。


(あれは完全にジトメがいなかったら襲ってきてるな。完全に捕食者の目だ)


 どうやらロリィは可愛らしい外見とは裏腹に、どうも凶暴で危険な少女らしい。


「ジトメにはお世話になってるもん。少しくらい大丈夫だよー」


 満面の笑みを浮かべながらそう言った直後、シオンは目からのみ笑みを消すと眷属たちに視線を向けた。


「——でも次は覚悟してね?」


 シオンの言葉にそれを聞いていた全員が背中に何かが伝うのを感じていた。

 恐怖? 絶望? 否。なんと呼べば良いのかわからないが、しかし確実に負の方向にある感情に包まれていた。


「シオン」

「えへへー。ついついー」


 ユキに名前を呼ばれるのと同時に無邪気な笑みを浮かべて彼に抱き着くシオン。

 そんな無防備な行動を取るシオンに苦笑しつつも、ユキはそんな彼女の頭を優しく撫でていた。


「……ロリィ、くノ一。帰って来て早々に悪いが、お主らには頼みたい仕事があるのじゃ」

「了解なのぉー」

「……御意」

「来るのじゃ」


 少しの間ユキとシオンの事を見詰めていたジトメは己の眷属たちにそう声を掛けると、三人揃って食堂を後にした。


(あれが残りの委員部役員か……やれやれだな)


 これから面倒な事が起こるであろうと確信に近い何かを感じ、ユキは心の中だ深いため息をついた。


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