第一話(1)
委員長室が高い時計台の中にあったおかげで、初日から遅刻をしてしまうという最悪のケースは免れたのだが、そもそもとしてあんな場所にあったせいで遅刻の危機を迎えたと言っても過言ではないため、おかげというのは訂正するべきだなと自己完結するユキ。
今日は始業式。つまり新一年生の登校が開始となるのは明日からであり、今日は昨年度からの在校生で二年と三年だけの登校だ。
在校生しか登校していないという事はつまり、見覚えのない連中、つまり転校生である二人が目立つという事だ。
当初問題としていた遅刻問題は解決した。しかし、それは無事という言葉から随分と遠い場所にあるようだった。
ギリギリ窓から教室に入ったため着席と同時に始業式を行う講堂へと移動になっていた。
退屈な始業式の間に覚えておいた方が良いであろう教員たちの顔を確認していると、元々人の顔を覚えるのが得意ではないユキにとって時間の流れは早く。どうにか必要最低限の顔を覚えたころには始業式が終わっていた。
そしてもう一度教室に入り、一通り自己紹介をして本日は終わりだ。
「こんにちは!」
完全に顔見せ以外の何物でもない初日が終わり、帰宅しようとした時、シオンと共にやってきた1人の女子生徒が声を掛けてきた。
「こんにちは。んで、誰?」
この短時間で友人を作る。シオンならありえない事ではないし、紹介して貰おうと彼女の顔を見るが、首を傾けて返事をされた。
(シオン繋がりじゃないのか?)
明日ならまだしも今日からいきなり声を掛けてくるなんて中々のメンタルをしていると思うのだが、それは偏見なのだろうか。
ニコニコとシオンとはまた違う方向性で人懐っこい笑みを浮かべているその少女を見てそう思うユキ。
「あ、そうだよね。自己紹介は大切だよねー。あたしの名前は雨宮桜だよ。クラスメイトとして転校生たちにご挨拶ーって奴だね。あたしの事は気軽に桜って呼んでねー」
そう言って手を差し出す桜に、ユキは一度その手を見た後に握り返し、笑みを浮かべて自己紹介をする。
「了解。俺は佐倉ユキ。んでこいつはシオンだ」
「それは自己紹介聞いてたから知ってるよー」
「そっか。こっちは覚えてなくて悪かったな」
「そんな事で謝らないでよー。二人しか覚えなくて良いあたしと違って、二人は大勢いるわけなんだし」
「サンキュー、というか桜は全員の顔と名前を覚えてるのか?」
「うんっそりゃね」
当然のように肯定する桜に苦笑するユキ。
こんなにも早く自ら名前呼びを許可するあたり、コミュ二ケーション能力は相当に高いらしい。
少し赤みがかった明るい茶髪のミディアムショートで、人見知りなんてまったくしない活発な雰囲気の少女だった。
人の顔を覚えてるのが苦手な彼と違って、どうやら彼女は得意分野らしい。
「それにしても、珍しい転校生が孤立しないように早速声をかけるとか、まるで学級委員長みたいだな」
「あははっその呼び方はちょっと……」
そう言って困った表情を浮かべながら頬をポリポリと指先で掻く桜。
「ねえねえ、袖振り合うも多生の縁。せっかくだからこのままどっか寄らない?」
「袖振り合うも何も、声かけて来たよな?」
「まあまあ細かい事はいいじゃん! それにあたしみたいなかぶれじゃなくて、本当に学級委員長みたいな友達紹介するよー?」
そう言ってニヤリと笑う桜。楽しそうな表情を浮かべるシオンと顔を見合わせた後、ユキは首を縦に振った。
「いいぞ。こっちとしても早く友人作りたいしな」
転校生の立場はちょっと難しいからな。
将来的な事も考えてここのグループは結束が固い事が多い。割り振られたクラスに運が無ければ、どこのグループにも入る事なく一年間二人で過ごす事になる可能性だって十分にあったのだ。
初日からというのはあまりにも早い気がするが、一応はこの展開に安堵しつつも、一つの可能性に備え警戒だけは怠らないユキだった。
☆ ★
ユキとシオン、発案者である桜と彼女が声を掛けた二人の男女を合わせての合計五人は、ガーデン内にあるカフェを訪れていた。
「おーっ! 本当に全部揃ってるんだねー」
「マスターがマスターだからねー。規模も上位だもん」
既に五人は軽食と飲み物を頼み六名まで座れる席を使っている中、無邪気な笑みを見せるシオンに思わず笑みをこぼしながらそう言う桜。
このガーデンを仕切る存在、マスターはその名が世界に轟いている実力者の一人だ。
マスターはどこも強力な力を持っているものの、ここのマスター|夜月《やづき]賢一は珍しくも男性でありながらマスターであり、尚且つ幻貴族の一家でもあるため非常に有名だ。
「男なのにマスターやってるってのが凄えよな!」
五人の中で一番がっつりと食べている男子は、口の中のものを一気に飲み込んと興奮した様子で言った。
既に自己紹介は終わっており、彼の名前は山本恭介。男子としては小柄で女子平均よりも少し高いくらいしかないユキと違い、背の高い男子だ。
ゴリラのようとまではいかないものの、体格も良く冷房が効いている店内だというのに、暑がりなのか捲っている袖から見える筋肉もしっかりしていた。
「マスターが凄いのは教えて貰ったけど、どうして性別が関係してるの?」
「シオンさんは知らないですか?」
小さな口でチビチビとサンドイッチを食べていた少女、日向琴音は元々大きな目を更に大きくさせていた。
長い黒のロングヘアを二つの三つ編みにしていて、眼鏡を掛けているその姿はおそらく桜が紹介すると言っていた学級委員長的な少女なのだろう。その見た目から感じられる雰囲気はしっかりしている反面、桜とは違って人見知りをしそうなタイプに見えた。
とはいえ、重度ではないようだしユキたち新規二人の存在に対して嫌悪感を抱いている様子も全く無いため、問題はないだろう。
シオンの世間知らずな発言に驚きつつも、チラチラとユキの様子を見ている琴音。おそらくは教えても良いのか許可を欲しているのだろう。
「シオンは世間知らずでな。操術以外でも色々と勉強して貰うために途中入学したんだ。意図的に教えてないとかじゃないから大丈夫だぞ」
「そ、そうだったんですね。わざわざありがとうございますです!」
動揺した様子でそう言うと、ぺこりと頭を下げる琴音。なんとも小動物的な愛らしさを感じる少女だった。
「それはこっちのセリフだろ? 気を使ってくれてサンキュ」
「いっ、いえそんな事は!」
困った顔で両手と首を何度も振る琴音。そんな彼女の反応に「相変わらずだねぇー」と笑みをこぼしながらドリンクに口を付ける桜と、短く「だな」と苦笑しながら大口を開けて大きなハンバーガーに齧り付く恭介。
「えーと、それでですねシオンさん。私たち幻操術師の世界では男尊女卑の逆で、女尊男卑の傾向があるのですよ」
「どうしてー?」
「ここでは肉体的な強さよりも、幻操術の強さが重視されるからですね。皆そうとは言わないですけど、肉体的に優れた男性。精神的に優れた女性。幻操術は精神力から発生する力なので、女性の方が幻操術師としては優秀な事が多いんです」
琴音の説明に渋い顔をしつつも、どうにか理解したらしく「把握ー」と返事をするシオン。
「だから最初は驚いたぞ。男である俺に声を掛けてきたのもそうだし、恭介を連れて来た事もな」
「ガーデンってどこも男女仲悪いもんねー」
女尊男卑の思考が幻操術師の世界にあるため、幻操術師の男女は互いを嫌う傾向が強い。にも関わらず男子と同じグループを作っている桜はレアケースだ。
それを自覚しているらしく、ユキの言葉に苦笑いをしていた。
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