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エピローグ(1)

 エピローグも長いので分割投稿です。


「ああ、もうっ! こんなの終わるわけないじゃない!」


 無数の書類が重なった二つのタワーを見上げ、もう我慢できないといった具合にテーブルへと額を押し付ける金髪の少女がいた。


「会長ー、そんなこと言う余裕があるなら一枚でも処理してよー」


 そんな彼女を見る事もなく、手を止める事もなくそんな事をいう明るい茶髪の少女。


「そうですよ会長。これでも半分以上は委員長が引き受けたくれたんですからね?」

「委員長さんの書類処理速度って凄いですよねー」

「うるさいわね! 私は元々実戦向きなのよ! ああもうっ会長と委員長の立場反対にするべきじゃないかしら!」


 委員長は基本引きこもりだが書類処理の速度は只者ではない。それに比べて会長は身体を動かす実戦の方が得意でありこういう作業は苦手だ。

 効率を考えればその方が断然に良いはずなのだが、皆は一旦手を止めて会長にジト目を送っていた。


「な、何よ! みんなで委員長みたいな目を向けないでよ!」


 彼女たち、生十会生徒部の面々は現在心喰者の攻撃によって破壊されたガーデンの後始末に大忙しだった。

 致命的とまでは言える破壊はないものの、それでも崩れた壁や壊された柱などはいくつかあった。

 それらに関する書類処理が未だに終わらないのだ。


「でもやっばり辛いよねー。普通に授業はあるのに放課後は永遠と書類との戦い。今日でもう三日目だよ? 甘いもの食べたいー」

「桜ちゃん……でも私もその気持ちはわかるですー。あまーいケーキが食べたいですねー」

「良いねケーキ! ねえ会長! 全部終わったらご褒美にケーキを要求します!」

「するです!」


 桜と琴音の二人は目をキラキラとさせながら元気よく手を挙げていた。そんな二人に向かって冷めた視線を向けた後、呆れるようにため息をつく会長。


「何馬鹿な事言ってるのよ」

「女の子にとって甘い物は必須物だよ!」

「会長さんだって女の子のはずなのです! 甘い物好きですよね!」

「……いえ、あんまり甘い物食べないのよね。糖質は取りすぎると無駄に脂肪が付くから」

「で、でも甘い物を一切取らないのも太る原因になるよ!」

「それなら大丈夫よ。糖質ならちゃんとお米で取ってるもの。事実見てみなさい、この無駄の脂肪が一切ない完璧な腕を」


 そう言って裾をめくり白肌を見せる会長。確かに彼女の二の腕はハリがあり、無駄な脂肪は一切見えなかった。


「確かに会長は脂肪がないですよね」

「……六花? あんたどこを見て言っているのかしら?」

「はて? 何の事だが」


 不自然な笑みを浮かべながら拳をプルプルさせている会長の言葉に、六花はそっと視線を彼女の胸から退けた。


「なんじゃ。四人もいてまだその程度の量も終わっておらんのか」


 入り口から聞こえた独特な喋り方に皆が目を向けると、そこにいるのは銀髪のロリッ娘、通称ジトメだ。


「あら委員長。もしかして手伝いに来てくれたのかしら?」

「ふんっ。ワシがそんな事をすると思っておるのか?」

「さあ? あたしたちは本当のあんたをほとんど知らないもの」


 面白いものを見るような目を向けてくる会長に、ジトメは鼻を鳴らすと部屋の中へと入っていった。


「委員長ってばもう終わらせちゃったの?」

「当然じゃ。ワシを誰じゃと思っておる。最強にて特上の万能美少女じゃぞ?」


 通称通りのジト目になりながらも、ニヤリとした笑みを浮かべて桜に返すと、未だに机の上で塔になっている書類の束を半分ほど手に取ると、地面に落とす。

 彼女のそんな行動に関して驚く者はおらず、落ちた書類たちも床に散らばる事なく、そこにあったジトメの影の中に消えて行った。


「お主らの分も終わらなければワシも休めんからの。遅い罰じゃ、半分はやるのじゃぞ」

「委員長!」


 そう言って退室しようとするジトメに会長は立ち上がると声を掛けた。


「……なんじゃ?」


 足を止め、上体だけを捻って振り返るジトメに、会長は迷うような表情を浮かべた後、決意したかのように問う。


「ユキは起きた?」


 会長の問い掛けにジトメは何も返す事なく前を向くと、無言のまま進み、消えた。


   ☆ ★


 たったの二人しかいない白い部屋。唯一あるベッドの上で静かに眠っているのは、先の大襲撃において力を酷使し、反動として意識を失っている少年、ユキ。

 [再花]が解けてしまい、一切身動きが取れなくなってしまったユキ。そんな彼の事を想い、覚悟を決めて己の力を攻撃の手段として解放したシオン。

 シオンの覚悟によって魔物たちは全滅した。その結果あの場所は今も一面雪景色になっているらしい。

 助かったと思ったのに、守れたと思ったのに、ユキはすぐに意識を失ってしまった。

 人を守る事や、補助する事は元々得意だ。だからシオンは冷たくない氷で作ったベッドの上に彼を乗せ、ガーデンまで運んだ。

 宙を浮き、自在に動かす事が出来るそれによって二人はすぐにガーデンへと戻った。

 気絶しているユキを見て一同が驚愕し心配する中、ジトメの提案によって彼はここで寝かされているのだ。


「……ユキ」


 彼が眠るベッドの隣に座り、ずっと側にいるシオン。

 眠る事も食事をする事も無く、彼女はずっと彼の側に居た。


「ユキ……戻って来てよ」


 ずっと動かない。その寝顔はまるで……そう思わせてしまうほどにユキは動かない。

 両手で覆うように、大切に握っている彼の手からはちゃんとぬくもりを感じる。だから彼はちゃんとここにいる。生きている。だからこうして待っていれば、信じて、祈っていれば、またあなたの声が聞こえるはずだよね。


「……もう、三日だよ……ユキ……ユキ…………ユキ……」


 ユキは目覚めない。


   ☆ ★ ☆ ★


 決して許されない禁忌を犯した。

 命という神域を汚してしまう行為だ。

 個人の勝手な理由でそこに触れてはいけない。それは知っていたし、わかっていた。

 だけど、さようならだなんて、これでおしまいだなんて嫌だった。

 少しでも可能性があるならば、もう一度君の声を聞く事が出来るのならば、どんな罪を背負える。そう、思っていた。

 だけど、それでも許せない奴がいる。どこかで貴様が笑っている。あの時見た仮面の下でニヤニヤとした笑みを今もどこかで浮かべているのだろうと思うと、心が黒くなる。真っ黒に一筋の光すらもない純粋な黒に。

 だから、そのためにならば……そう、思っていたのに。


(どうして迷うんだろうな)


 きっとそれは仕方がない事だ。あの時の想いが、覚悟が偽物だっただなんて言うつもりはない。

 だけど、当時はまだ子供だったから。今も子供だけど、今以上にどうしようもないくらいに子供だったから。

 妥協する事が出来ない。諦める事が出来ない。見ないふりする事が出来ない。そんな子供だったから。

 決意はある。覚悟もある。本当に命をかけても良いと思っていた。

 それでもきっと、人は迷うんだ。


(最善の道がわかっていても迷う事はありますよ。迷うからこそ人間なんです。神などにはならない不完全な存在。人間は不完全です。だからこそ迷い、そして成長する。迷いは成長の種です。迷いを忘れればそこにあるのは平行線。消して変わる事のない、上がる事を知らない平行線。だから私は常に迷う事にしています。この迷いがきっと力になると信じていますから……だっけか)


 懐かしい声が聞こえた気がした。

 だからアノ子に昔言われた事を思い出した。あの時はよくわからなかったけれど、今なら……全部とは言わないけど、なんとなくわかる気がした。

 この迷いを打ち明けても良いのかな?

 君を……君として見ても良いのかな?

 それは、君にとって裏切りになりませんか?

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