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第四話(5)


「——」


 声が聞こえた気がしたんだ。誰かの、とても懐かしくて、大好きな声が。

 

「——っ!」


 空から何かが降ってくる。誰かが降ってくる?


「……シオン?」

「ユキっ!」


 背中から氷で出来て翼を生やし、まるで天使……いや、女神様のように降り立った少女に、ユキは目を見開いた。


「ユキ! だめだよ! どうしていつも一人で無理するの! どうして頼ってくれないの!」

「……シオン……どうして」

「どうしてじゃないよ馬鹿!」


 大粒の涙を目を下に浮かべ、夜空のような漆黒の髪を揺らしながらユキの身体をペタペタと触るシオン。

 痛みはもうない。今だって確かに触られているはずだ。だけど、もはや何も感じ取る事が出来ないでいた。


「私言ったよ! 私にはユキしかいないんだよ! ここに来て友達は増えたかもしれないけど、それでも私にはユキしかいないんだよ! それなのにどうしていつも無理するの! どうして一人で頑張るの!」


 全力で涙を流しながら叫ぶシオン。今までは我慢していた。自分のためだって事はわかっていたから、頑張って我慢した。

 だけど、こうなってしまったらもうそんな事出来ない。もっと、もっと話さないと。この気持ちを知ってもらわないと、他の人じゃだめなんだって事をわかってもらわないと。

 あなたはあなたしかいないって事をわかってもらわないと。

 もっとユキと話していたい。だけど刻々と魔物の群れは二人の元に近付いていた。

 もはや身体は動いてくれない。シオンに上体を支えてもらっているユキの視界には群れの動きが見えたいた。


「……シオン……逃げて……もう」

「うるさいよ! なんですぐそういう事言うのかな!」

「……でも、群れが」


 シオンに戦う力はない。

 きっと生十会の誰よりも持っている力は大きい。だけど、前線に出す事なく防御に回ってもらったのは、生徒たちの安全を第一に考えたからというわけではない。

 幻操師にとって力は心の在り方だ。

 その時の心によってその力は大きく変わる。シオンは守りの心のだと大きな力を発揮する事が出来るが、敵を倒す、攻撃する、そういう心では大きな力を発揮する事が出来なかった。

 シオンはあまりにも優し過ぎたのだ。他者を傷付ける事を躊躇っている。たとえそれが異形の化け物だとしてもだ。


「ねえユキ。私はね、ユキのためなら悪魔にだってなってみせるよ。その証拠、今から見せるね」


 自身の躊躇いについてシオンは知っていた。

 今まではそれでも問題なかった。攻撃は全部ユキが引き受けてくれたから。助けて貰ってたから。

 だけど、ユキが無理をしている事を知ってしまった。だったらもう、このままじゃいけない。

 ユキの事だけを考えてここまで飛んできた。その中で自分の中で何かが変わるのを感じた。

 シオンは指を鳴らして柔らかな氷の枕を作ると、そこに彼の頭を乗せた。


「……シオン?」


 困惑の表情を浮かべているユキに向かって、シオンは優しい笑みを浮かべながら、いつも自分がしてもらうように彼の頭を撫でた。

 撫でた指をそのままなぞって彼の頬を撫でた後、シオンは真面目な顔をして立ち上がった。


「ねえユキ。ユキは私のために命すら掛けてくれる。いっぱいいっぱい頑張ってくれる。それはきっと私がやめてって、もっと自分を優先してって言ってもダメなんだよね?」


 疑問形だけど質問じゃない。これはただの確認作業。そして意思の表明だ。


「だからこれからは私も頑張る。ユキのために命をかけて頑張るよ。だから私の安全を第一に考えるなら、これからは自分の事も守らないとダメだよ? じゃないと私、いっぱい無茶するから。危なくても、辛くても、いっぱい頑張るから、ね?」


 ずっと前を見て話し続けていたシオンは、最後にユキの顔を見ると無邪気に笑った。


「私の敵はユキの敵! ユキの敵は私の敵! だからもうっ迷わない! 躊躇わない! ユキのためになら私は誰とだって戦える!」


 大きく叫ぶ。世界に示すかのように彼女は叫ぶ。

 己の腕を天に突き出し、証明となる力を解き放つ。

 伸びた腕から天を覆うように膨大な量の幻力が迸る、それは天空で巨大な陣となった地上を見下ろした。


「見ててユキ。これが私の覚悟だよ! 【心操(しんそう)天上雪界(ヘブンゲート)】」


 それは瞬きをする事すら許されない僅かな時間。

 まるで時が止まっていたかのように、世界は変わった。

 二人を中心に、数キロ以上の範囲が純白の世界に変わっていた。

 さっきまで見えた無数の魔物たちも、散らばっていた残り物も、その全てが純白に染まり、粒となり地に広がった。

 見渡す限り雪景色。まるで世界にはユキとシオンの二人しかいないかのように、全ては純白に染まっていた。


「……シオン……」

「ね? これが私の心だよ。私はユキが居ればそれで良い」


 シオンはユキの隣に座ると、彼の頬を撫でた。


「大好きだよ。ユキ」


 そして、その唇に自身の唇を重ねた。


    ☆ ★ ☆ ★

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