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第四話(3)

 遅くなってごめんなさい。

「シオン!」

「大丈夫だよ会長。これは拘束用の氷だから冷たくないもん。凍傷になる事もないから安心して大丈夫だよ。それよりも問題はジトメだよ。ここは天蓋の中、つまり私の手の上なんだよ? 少しでも動こうとすればわかる。今逃げようとしてたよね?」

「——っ」


 僅かな身体の動きでも感知出来れば、どう動こうとしていたのかはわかる。天蓋の中ならばシオンにとってそれはまさしく手に取るようにわかる。

 言い逃れは許さない。そんな言葉が込められているなのような、真っ直ぐな眼差しがジトメに突き刺さっていた。


「やましい事があるから、隠し事があるから逃げようとしたんだよね? ねえジトメ、もう一度聞くよ……ユキはどこですか?」


 その瞬間、シオンから放出され続けている幻力が弾けた。


「——っシオン……お主……」


 彼女の変化によってそれを見た全員が目を丸くして驚いていた。

 普段はまるで夜を映しているかのように煌めきのある綺麗な黒髪。

 それが現在、汚れ一つない完全なる純白へと変化していた。


「……これって……前にもあったよね。ユキが強い力を使うと発現する現象。ねえジトメ、ユキはどこで誰と戦っているんですか?」


 髪と同じく純白に染まり、淡い光を放つ双眼がジトメに突き刺さる。

 ジトメはまるですべてを見透かしているかのような感覚に包まれていた。


「ジトメ。あの時ユキは倒れたの、それで半月も目を覚ましてくれなかった。私にとってユキは唯一無二の存在なんです。彼の身に何かあれば私は……だから教えて。ユキはどこで何をしてるの?」

「それは……」

「ジトメ、教えて。もう、二人で背負うのはやめてください」

「……ゆ……シオン……」


 懐かしい姿を見た気がした。

 ジトメは目を大きく見開くと、再び涙を流した。


「……お、お願いじゃあやつを、ユキを助けて!」

「ジトメ……」


 涙を流しながら叫ぶジトメに皆は言葉を失っていた。


「ユキは言っておった。訓練を積んだから前よりもリスクはないと、じゃがっ元々のリスクが大き過ぎるのじゃ! いつ動けなくなってしまうのかわからない状況であんな大軍の相手を一人でするなんてっ……でも、でもワシには止める事は出来んかった。ワシにそんな資格なんてないのじゃ……」

「待ってジトメ。大軍ってどう言う事?」

「……それは……」


 ジトメは迷った表情をしつつ皆の顔を一人一人見回した。そして強く歯を噛み締めると、こぼすかのように言った。


「——大襲撃が起きておるのじゃ」

「なっ!」


 ジトメの言葉に全員が驚愕の声をあげていた。

 当然だ。街を飲み込む天災、大襲撃が起きているという事。そしてそれをたった一人でどうにかしようとしているユキという男にも。


「あとで裁きなら受けるじゃからどうか……ユキを助けて欲しい」


 そう言ってジトメは地面に膝をつくと、両手を付いて頭を下げた。

 皆に向かって土下座をする彼女に、皆は息を飲み込んだ。

 あのジトメがこれほどまでに……それはつまり、それほどに危険という事、切羽詰まっているという事だ。


「委員長。立ちなさい、そんな事頼まれる必要ないわ。ユキはあたしたちにとっても大切な友人よ。仲間を助けるなんて当然のことじゃない! さあ! みんな行くわよ!」

「待ってください」


 会長の掛け声に対して頷き、今から皆でユキを助けに行こうとした所でそれを止めたのは、純白のシオンだった。


「今の疲れている会長たちじゃ役者不足だよ。私が一人で行く。だからジトメ、教えて」

「ちょっと待ちなさいよ! 確かにあたしたちは心喰者との戦いで疲労してるわ。でもだからって何もしないなんて無理よ! それにシオンだって疲れてるはずでしょ!」


 幻力を多量に使用するとそれは幻力の消費だけでなく、疲労感となって襲ってくる。

 幻力は時間経過で自動回復するというのに慎重な幻操師が出し惜しみをするのは、体力に関わってくる事になるからだ。

 小さな疲労で積み重なれば大きな苦痛になる。それを知っているからこそなのだ。

 ここを覆っている巨大な氷のドーム。白銀天蓋を生み出したのは他の誰でもない。シオンだ。

 こんな巨大で強固な術をただ発動させただけでなく、コントロールし維持を続けている。それは大きな疲労感となってシオンの身に降り注いでいるはずなのだ。

 下手をすればこの中で一番疲れているのはシオンかもしれないほど、否、確実にそうなのだ。


「少しはね。でも、この程度ならばまったく問題ありません。それにユキが解放した事によって私の力もまた解放された、そんな感じがするんです。多分この姿の理由もそういう事なんだと思うよ」

「……でも、今のシオンは」


 複雑そうな眼差しを向けてくる会長に向かって、シオンは優しく微笑んだ。


「言いたい事はわかります。私自身さっきから頭の中がぐちゃーってしてるもん。すごく不安定な状態だって事なんでしょうね。でも、それでもユキのためなら私は行かないと、彼を失うのはとても耐えられない。だから、ね?」


 再びジトメに視線を向け、柔らかな笑みを浮かべるシオンを見て、ジトメの目から涙が溢れていた。


「ジトメ?」

「……すまぬ。なんでもない。そうじゃな、シオンならばあやつが無理をせんでも大襲撃を終わらせる事が出来るじゃろう、向こうじゃ、向こうでユキは一人戦っておる」


 一点を指差してながらそういうジトメに向かってシオンは「ありがとう」と微笑むと、膝をついたままの彼女に手を伸ばして立たせた。


「シオン……すまぬ」

「どうして謝るの? そんな必要ないよ。ジトメだって辛かったよね。悪いのは一人で無理してるユキだよ。だからちょっと叱りに行かないとだねっ」


 髪の色は純白のままだけど、普段通りの無邪気な笑みを浮かべたシオンはジトメの隣を通り過ぎると、パシンと指を鳴らした。

 それと同時に崩壊する天蓋。しかし建物が崩れてしまうようにではなく、細かな光となって幻想的な光景を作り出していた。


「みんなには後始末お願いしちゃうね。多分そんなに壊されたりしてないと思うけど、そういう確認もお願いね。んじゃっ!」

「ちょっとシオン! まだ任せると決めたわけじゃ!」


 会長がシオンに走り寄りながら叫ぶものの、シオンはそんなの知らないとばかりに笑みを見せた後、飛んだ。


「え?」


 跳んだではなく。飛んだのだ。

 その背中から氷で出来た翼を生やして。


「……天使様?」


 そんな桜のつぶやきを背中に受けて、彼女は空を舞う。


   ☆ ★

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