第四話(1)
定期的にどこかで起こってしまう現象。大襲撃。
先ほどまで戦っていた侵食者は別次元からやってくるのに対して、大襲撃によってやってくるのは常にこの世界にいる異形の生命体、魔物。
魔獣と呼ばれる事もあるそれは、人と既存の生物が混ざり合ったような姿をしている心喰者とは違い、多くの形状を持っている。
一体一体の力でいえば心喰者には及ばない。中級クラスは勿論、下級クラスよりも下だ。
しかし、基礎能力は下回るとしても異形の姿から行なわれる攻撃方は多種多様であり、下級クラスでは近接攻撃しか持たない心喰者と違い、弱いものでも遠距離攻撃を持つものがいる。それどころ、奴らは魔なる存在。幻操術に似た術を行使しており、それは魔法と呼ばれている。
そんな個性豊かな化け物の集団が、現在ユキたちが通うガーデンにそして隣町を狙って無数に集まっていた。
その数、千を超えるそれはまさしく大襲撃だ。
(このタイミングなのかよ……)
本来大襲撃が起こるタイミングは年に一度であったり、十年以上なかったりと不規則だ。
そして起こってしまえば高確率でその街は崩壊してしまう天災にも似た現象だ。
しかし、ユキたちは近いうちにここで大襲撃が起こる事を知っていた。だからこそユキはここに入学したのだ。
先に入学し、環境を整えていたジトメから連絡を貰った事で、約一ヶ月以内にそれが起こると知ったから。
しかし、ジトメの能力は過去と比べればだいぶ落ちている。それは大襲撃の感知も同じであり、中々起きる事はなかった。
よりによってそれが今起きたのだ。
生十会のみんなは心喰者との戦いで消耗している。長期戦になってしまった以上、幻力の回復はまだどうにかなるだろうが、体力の回復は難しいはずだ。
ガス欠状態で大襲撃を迎え撃つ事になってしまったのだ。
(皆に教えて全員で迎え撃つ? ……いや、無理だ。大襲撃イコール街の終わりだと思ってる奴は多い。事実そのケースの方が圧倒的に多い。教えたところで混乱状態に陥るだけ……だったらどうする? ドールズ・ナイツはしばらく使えない……どうする?)
一度休眠状態に入ってしまった以上、最上の群[人形部隊]は発動出来ない。まだ自力で開く事が出来ない群に繋がる扉を開く。それが出来ればおそらくはどうにかなるだろう。
しかし、まだ知らない力、把握出来ていない力を使う事には不安が残る。それに、ユキは知っている。自身は所詮平凡な存在なのだと、ピンチを前にして出来なかった事が突然出来るようになる、そんな主人公ではない事を。
(俺に出来る事……それは、改竄する事。……いや、接続する事だ)
ユキは自身の意識を自身の内部に接続する事によって改竄を行なっている。
そうする事によって意図的に無意識行動を増やし、回避や防御に限っては意識を通す事なく、五感で感知すれば全て自動で行なってくれる。
しかしそれはあくまで身を守るためのものであるが故にパターンが少なく、プログラミングをするかのように自身に刻んでいる。
しかし攻撃となるとそれは難しい。いくつかの技をコマンドバトルのように登録し、使用する事は出来るものの完全に型通りになってしまうため、応用性がない。
そのために作り出した力がドールズだ。
自身の力の核を分割し、それぞれを何か一系統の達人として能力値を改竄する。
それがつまり武器を扱う技術だ。そして仲間たちから引き継いだ彼女たちの遺品たる強力な武器を振るう事によって大きな攻撃力とする。
これは繰り返しになるが、ドールズの力を自身の身体で完全に発揮する事は難しい。故に各々の力にあった仮初めの肉体を用意し、そこに人格を入れて操る。それが最上の群たる力だ。
しかし、力を酷使し核になっている人格が眠ってしまうと、その人格が必要となるまでの接続は不可能となり、お遊びレベルの戦力しか発揮する事が出来なくなる。
ドールズが休止する事によってユキは攻撃の力を失うのだ。
(俺のレベルでドールズを使うのは可能だけど、複数の敵に対応するのは無理だ)
一対一ならば六花との模擬戦のように相手が強くてもお遊びは通用する。しかしそれはなけなしの意識を一つに集中する事が出来るからだ。複数人にはユキの人格では対応出来ない。
戦いの達人であるドールズたちの人格と融合しなければ無理だ。
(……だけど、俺本来の力は接続の力。この力を使って現状を打破する。希望を繋ぐんだ。それが俺の名……結希……結希なんだ!)
名を刻んでくれた恩人。勝手に一つの文字を捨ててしまった負い目。だからこそ残った二文字だけは貫く。貫いてみせる。
「ユキ。ワシの力を使え」
「ジトメ……」
目を開き真剣な表情を見せるジトメに、ユキは首を横に降った。
「いや、既にジトメは半分削ってるだろ。それ以上はもうお前自体を維持する事が出来なくなるかもしれない。だからそれはダメだ」
「じゃがこのままでは!」
「大丈夫……私がやる」
「——っ! その身では無理じゃ!」
ドールズたちの力の核。それ自体はこの身にあるのだ。
ただ、この身では保たないからこそ普段は使わずに封じている。分割し、体外で活性化させる事によって力としているのだ。
「安心しろって。この一年、別にシオンと遊んでた訳じゃないぞ? 自身の弱手を克服するための努力を続けてきた」
「……本当か? アレを使うつもりなのじゃろう? しかし前に使った時には……」
「……まあ、これは流石にノーリスクは無理だな。だけど、その系統の力を鍛えてきたから、前ほどの反動はないと思うぞ」
「思うぞってお主……本当に大丈夫なのじゃろうな?」
「ままっ、そう心配すんなって! 大襲撃の相手は俺がやるから、皆には気付かれないようにしてくれ」
「……わかった。場所は向こうじゃ」
そう言って一方を指差すジトメの頭に、ユキはそっと手を置いた。
驚いた顔をしてユキの手を見るジトメに向かって、彼は優しい笑みを向けながら口を開く。
「もう我慢しなくていいぞ」
「——っじゃ……じゃが!」
一瞬でその瞳に涙を滲ませるジトメ。しかしそれが流れるよりも先に首を大きく振ると、悲痛な表情を浮かべて叫んだ。
「大襲撃によって痛手を受けたガーデンをドールズで助け、天使の意識を継ぐ者がいると示す。そして奴を引き摺り出す。でも奴は元々ここを狙っていた、ならば犠牲による注目はいらない。誰も死なせない。……守って良いんだ、ジトメ」
「……うっ……ワシは……」
ユキと違ってジトメはここに一年以上もいるのだ。
出来るだけ周りと交流しないようにしていたとはいえ、それでもここを戦場にしてしまう事に思う事はあっただろう。
あの日二人は同じ目的を持って覚悟を決めた。
しかし、まだまだ高校生なんて子供だ。覚悟をしてもそれが揺らぐ事だってある。
「おーおー。まるで最終回みたいになってるぞ? 俺はまだまだ終わるつもりなんてないからな? シオンのためにも、生きて戻るって」
ユキは最後に笑いながらそう言うと、手を合わせてその手に二挺拳銃を出した。
「んじゃ、もしもバレたらみんなの引き止め役よろしく」
「……無理はするでないのじゃぞ! ワシにとってお主はたった一人しかいないのじゃからな!」
「なんだそれ。お前は俺のヒロインにでもなるつもりか?」
「なっなんじゃと! ……お主のヒロインは過去も現在もそして未来でも、ずっと変わらずにあやつであろう?」
「……まあな」
だからこそ負けるわけにはいかない。生きて戻り、そしてまた……。
ユキは同時に引き金を引くと、天へと飛んだ。
「……ユキト」
小さくなっていく彼の後ろ姿を見詰めながら、ジトメは消え入りそうな声で呟いた。
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