第三話(5)
「内容はわかったけど、本物の幻卵なんて早々見つかるものじゃないだろ? どうするんだ?」
「それについては簡単よ。撒き餌を使うわ」
「……それって危なくないか?」
心喰者は通常この世界とは軸がズレた場所に生息している。そこから餌となる人間、特に純度が高く多くの幻力を持った人間を見つけると、ゲートの代わりとして幻卵をそこに産むのだ。
撒き餌の役割は人工的に作られたゲートに価する。
「確かに自ら敵を呼ぶようなものだし、危険はあるわ。でも撒き餌で来る心喰者なんて下級クラスぐらいよ」
「……まあ、それは確かに」
下級の心喰者に高い知性はない。ただ本能で大きな力を持った人間を襲い、その力を食べようとする。
しかし、中級以上になると下級を従える能力を獲得するのと同時にある程度の知性を持つ。
とはいえ、意思疎通が出来るレベルの心喰者は人間を襲えば強大な力を持つ幻操師に狙われる事を知っているらしく、幻卵を産む事もほぼない。
幻卵を産むのはほぼ中級クラスになるのだが、奴らの知性は高くはなくあるのは本能とプライドに似た何か。
自身が作った幻卵以外の手段で人間を襲おうとしないのだ。つまり、他人の作った道なんて通るつもりはない。そんな連中だ。
そのため撒き餌によってゲートを作っても、それを使うのは自身では幻卵を産む事が出来ない下級クラスばかりになる。
「だけど、この世に絶対だなんて事はないぞ。最強の力を持つ幻操師だっていつ死ぬかわからない、そんな世界だ。上級はまずないだろうが、中級クラスなら万が一があるだろ」
「安心しなさい。中級クラスが出たならば、その時はあたしが斬る」
そう言う会長の瞳から感じられるのは絶対的な自信。彼女がどんな立場の人間なのかは知っている。神崎家の次期当主候補からば既にそれだけの力を持っているだろう。そして何より、あの揺るぎない自信の根拠としておそらくは奥義を使う事が出来るだろう。
ならば確かに中級クラスならば問題はないはずだ。
「……確かに会長なら大丈夫そうだな」
「でしょ? それにそんな事は早々ないわよ」
「この行事に長い歴史があるわけではありませんが、過去に中級クラスが出現したという報告はありません。それに調べたところ行事外で撒き餌を使った際に中級クラスが出た例もないみたいです」
「元々撒き餌は実戦訓練用に作られたものよ。使用例は過去に千回を超えてるわ。それだけのサンプルがあってずっと問題なかったのよ。大丈夫よ」
「……そうか」
確かにそれだけのサンプルがある中で一度も問題が発生しなかったのであれば、おそらく問題はないだろう。
とはいえ、完全に安心するのはマズイ。だから過剰なほどに戦力を確保しておきたいという事なのだろう。
「参加するのは代表者の数名。でも二年は全員参加だから観戦陣を守る役目も必要よ。ユキはスピードがあるから観戦者の守備陣営に加わってほしいのよ」
「まあ人数が人数だからな。スピードタイプはそうなるか」
強くてもカバー出来る範囲が小さいのならば大人数を守る役目は向いていない。そういったスタイルならば万が一の時に攻略班を助ける役割になるべきだ。
ユキのような高速移動が出来、尚且つ遠距離攻撃が出来る人物ならば護衛班になって当然だ。
「代表者のカバーはあたしと委員長の二人でやるわ。みんなには護衛班として動いてる貰うわ。それで護衛班の配置はこれよ」
会長がそう言うのと同時にボードへと張り紙を付ける六花。
そこに書かれているのは会場となる大型訓練室の地図であり、実戦者は下、観戦者は上という闘技場に近い部屋のようだ。
下の部分には会長たちの配置を示す印があり、上には他のメンバーの名前と共に、それらを囲う形でそれぞれ大きさの違う円が書かれていた。
「それぞれ円の中がカバー範囲よ。各々違うのはスタイルの差なの。だからユキは特に負担を掛ける事になるんだけど、大丈夫かしら?」
「大丈夫だと思うぞ」
ユキの名前を囲う円のサイズは他の役員たちよりも明らかに大きいため、会長が申し訳なさそうな顔をしつつ確認をすると、彼はなんでもないように手を振った。
「それに万が一の時には奴らが観覧席に上がる前に会長が斬るんだから問題ない。俺たちはただの予備だしな。会長ならそれくらい余裕だろ?」
「ふふっ。ええ、その通りよ。万が一でもあんたたちの手を煩わせるつもりはないわ。あたしと委員長の二人で完封してやるわよ。そうよねっ委員長」
「まあそうじゃの。お主らは避難の護衛がメインになるじゃろうの」
ユキの挑発に近い言葉に会長は怒るよではなく、楽しそうに笑みを浮かべていた。
そんな会長に話を振られたジトメは、彼女のテンションに若干引きつつも答えた。
☆ ★ ☆ ★
実戦訓練当日。
今日参加する選ばれた生徒の数は学年別の五人、三年生は本日ガーデン外での実務経験をしているため二チームの合計十人だ。
戦士たちは予めメンバーを教えられ今日のために連携などの相談をしてきたのだろう。
これから戦場となる下層へと現れた生徒たちは、不安そうな顔をしている者もいれば楽しみで仕方がないという顔をしている者と多種多様だった。
撒き餌を使用する事によってやってくる心喰者の数は多少の差はあるものの、おおよそ十体。
少ない分ならば何も問題はない。多い分は先に会長たちが討滅して合わせれば問題ない。
それに二つのチームは同時に戦うため、どちらかのチームに集中して心喰者が襲ってしまった場合でも、会長の腰に差されたそれが死神の鎌となって奴らに消滅の運命を与える事になるだろう。
「さあ。両チーム心の準備は大丈夫かしら?」
撒き餌を持った会長が両チームの代表である女子生徒たちに確認をすると、彼女たちはチームメイトの顔を見回した後、力強く返事をした。
「それではこれより心喰者討伐の実戦訓練を開始するわ! 数の調整をするから両チーム合図するまで待機する事、いあわね?」
最後の確認が終わるのと同時に会長はその手に持った球体状の撒き餌を握り潰した。
亀裂が走るのと同時にそれは全体へと回り、撒き餌自体はすぐに煙のようになって消滅した。
しかしそれを砕く事によって発揮される力は確かに広がった。その証拠に会場の至る所から妙な気配が出現していた。
「来るわよ委員長!」
下層の至る所から黒い煙のようなものが発生し、その中から一匹、また一匹と出てくる異形の化け物。
撒き餌によって作られたゲートを使い、心喰者たちがこちらの世界へとやって来たのだ。
「わかっておる。……それにしても、多いの」
最初に出現した煙の数で敵の総数はおおよそが付く。一つの闇から発生する心喰者の数は一つだ。下級クラスの心喰者は皆同じ姿をしていて、二足歩行の狼に似た姿をしている。
そんな下級クラスの数は、すでに三十を超えていた。
「随分と多いわねっ」
会長はぼそりと文句をこぼすのと同時に、心喰者の群れの中へと突撃した。
下級クラスとは言えその戦闘能力は決して低くない。
遠距離攻撃はなく指から伸びたナイフのような爪や、鋭利な牙による攻撃しかないため、幻操師の基本戦術で完封出来る相手なのだが、それは単に奴らが近距離戦しか出来ないからだ。
運動神経や筋力は凄まじく、生身の人間なんて一撃で終わる事になるだろう。そんな奴ら相手に堂々と接近戦を挑んだ会長を見て、観覧席から悲鳴があがった。
しかし観客の表情はすぐに変わる事になるのだった。
(流石は会長だな)
ユキはまだ実際に戦う会長の姿を見た事はない。しかし彼女の強さは並のものではないだろうという事はわかっていた。
しかし、実際にその目で見る事によってユキは会長へと評価を更にあげていた。
(神崎家が代々継承している術を使わないのはわかるけど、まさか攻撃系の操術を使わないなんてな)
会長の戦い方はシンプルだった。
ただ剣を振るうだけ。
通常武装型の操具を使う幻操師たちは、その武器で戦いしつつ内包された特化術を使うものだ。
イメージでいえば武装型を使うものは魔法剣士に類似した戦い方をする。しかし会長はそんな事なく、ただ剣を振るうだけ。
とはいえ操術を何も使っていないわけじゃない。攻撃手段として使っていないだけで、時より会長の足元が爆発し、その勢いを使って高速移動する姿が見えた。
必要最低でしか使われない操術。その理由は幻魔力の温存だろう。
もっと術を使った方が早く処理する事が出来るだろう。しかし会長は速度よりも安全性を優先したのだ。
これらを処理した後で何が起こってもそれに対応出来るようにしているのだ。
(日常を戦場と思って行動するか。幻貴族らしい考え方だな)
この世界はいつ日常が非日常に変わるかわからない。常に油断をせずに最悪を想定している。
昨日の話では少し楽観視している面があるかもしれないと思ったが、どうやらそんな事はないらしい。
高校二年生にして、その精神は立派なプロの幻操師だ。
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