プロローグ前編
2018年8月中、毎日更新します。
あまり昔の事は覚えていない。
だけど、あの日の事を忘れる事は絶対にない。
それだけ、あいつは俺にとって大きな存在だったんだ。だから……俺は……。
☆ ★ ☆ ★
人間一人が知り得る事なんてたかが知れている。
常識だとか、普通だとかそんなものは所詮誰かが言ってるだけで、自分にとっての世界とそれがどこまで重なるのかは人それぞれだ。
つまり、目線が違えば世界は変わる。
隠蔽された世界の裏側を知る者たち。普通の人間、常家で生きる者の現実を否定し得るそれを知る彼らは、強大な個性を操るんだ。
一部の人はその個性をこう呼ぶ。
——魔法と。
常家にとってのリアルから隠蔽された世界、一部の人たちの夢が繋がって存在している曖昧なもう一つの地上にそんな者たちがいた。
地図には載っていない広大な大地にポツリと建てられた建物。それは巨大な壁で覆われており、その壁の上には常に剣や槍、棍棒だったり弓だったりと多種多様な武器を持った人たちが常にいた。
そうやって安全を確保している場所の中にあるのは、ガーデンと呼ばれている施設。
そのあり方をわかりやすく言ってしまえば、魔法を教える学校だ。
「おはようございます。今日からここでお世話になる佐倉ですが」
来賓用の窓口からそう声を掛けたのは特にこれと言って個性のない普通の少年だった。
だけどそれは外見だけの話であった実際は違うのだろう。
ここは生徒に魔法を教える特殊な学校。これからお世話になるという事はつまり、彼もまた能力者。
「おはようございます。転校生の佐倉ユキさんですね。お待ちしておりました。委員長がお待ちです」
そう言って立ち上がると窓口横にある扉から出て来る受付の女性。
彼女は頭を下げ「生十風紀会受付担当教員の田中です。それではユキさんどうぞこちらに」と改めて挨拶をすると、ユキが返事をする時間を与える事なく歩き出した。
(……はあ。やっぱり面倒な事になりそうだな。シオンはもう来てるのか?)
ユキは数歩進むとため息と共に立ち止まり、今日から共にここに通う事になる少女の事を思い浮かべて背後を見た。
彼女の事なら慌てた様子でこっちに走ってくる可能性も十分にあると思ったのだが、そこに探し人の姿はなかった。
「シオンさんなら既に委員長室でお待ちしていますよ」
「そうでしたか。待たせてしまってすみません」
「いえいえ。随分と仲の良い兄妹なんですね」
ユキの様子から気持ちを察してくれた受付嬢にお礼を言うと、彼女はそう言ってフフッと小さく笑みを溢していた。
今向かっているのは受付嬢がさっきも言っていた通り生十風紀会、通称生十会の委員長室だ。
生十会というのはガーデン特有の団体で、普通校にもある生徒会と風紀委員会が融合したような組織だ。
主に生徒会寄りの仕事をするメンバーが五人。風紀委員会寄りの仕事をするメンバーが五人。合計十人という事もあり、生徒会と区別するために生十風紀会という名称になったらしい。
そのため読みは同じだけど漢字で見ればどっちなのか一目瞭然なので、ほぼ生十会と表記されているようだ。
(風紀委員会の色が残ってない……これは面倒な事になるかもな……はぁー)
生徒会と風紀委員会の立場は被っている部分がある。だからこそ一つにまとめられたらしいのだが、それぞれ会長と委員長が居てツートップの内情だ。
内部で派閥みたいなものがあってもおかしくないだろうからな。となると名称から風紀の字がほぼ抜かれていてその存在を押し込められている風紀委員会側は不愉快だろう。
生徒手帳ですら明記されているのは生十会だ。これは流石にまずいだろう。
(……だから呼んだとかはやめてくれよ……)
嫌な予感しかしないユキは心の中でそっとため息を吐くと、見えてきた生十風紀会委員長室の文字に憂鬱になっていた。
「委員長。佐倉ユキさんをお連れしました」
「入るのじゃ」
受付嬢が扉をノックしてから声をかけると中から聞こえて来るのは、喋り方とは裏腹に若い少女の声。
それについて特に驚く事もなく、受付嬢は「失礼します」と扉を開けた。
開かれた事で内装が露わになる委員長室。
まるで校長室のような内装で、窓を背中にした奥にコの字型の大きな机とまるでソファーのようにフワフワしていそうな黒の肘掛け付きの椅子。
そこから監視されるようにある長テーブルには椅子が六つ並んでいた。
「あっユキ! 遅いぞー!」
六つの中の一つに座っていた少女はユキの顔を見るなり立ち上がると、テンション良く発言していた。
「俺は時間通りだ。シオンが早過ぎるんだよ」
扉を開けた状態で控えている受付嬢に軽く頭を下げてから扉を潜ると、彼女は中に入る事なく頭を下げた状態のまま扉は閉ざされていた。
とりあえずシオンに「座れ」と言った後、彼女が座る席の正面に腰を下ろすユキ。
「久し振りだなジトメ」
委員長席で偉そうに座っている少女にそう声を掛けると、彼女はニヤリとした笑み浮かべた。
「久し振りじゃなユキ」
生十会風紀会・委員長、通称ジトメ。
そう呼ばれる通り二十四時間眠たそうにも見えるジト目を維持しており、それ以外の目になるのは相当に珍しい事だ。
喋り方は老人、あるいは方言のようにも聞こえるがその見た目はロリに片足を突っ込んでいる少女だ。
髪色は綺麗な銀髪だが、それは勿論歳のせいなどではなく生まれつきのものであり、年齢も学年もユキと同じ高等部二年だ。
「まったく。シオンはたまに連絡を寄越すと言うのに、お主はまったくじゃありゃせんか。冷たい奴じゃの」
「委員長殿は忙しいと思ってな。邪魔しちゃ悪いと思ったんだよ」
「良くもまあすぐに言い訳が思い付くものじゃな。感心するの」
「委員長殿に褒めていただき光栄の極みー」
まったく心がこもっていない事を言うユキにため息を吐くジトメ。
「で? なんで俺は強制的に入学させられたんだ?」
ユキがここに入る原因となったのはジトメだったのだ。
ある日突然ジトメからユキとシオン、二人がここの生徒になる事になったと通知を受け、無視をしても良かったのだがシオンが行きたがったために渋々来たのだ。
「お主の事じゃ、心当たりがあるじゃろう?」
「……」
ジト目のまま口元だけニヤリとした笑みを浮かべる彼女にユキは黙って目を細めた。
「そういうわけじゃ。ユキとシオンには生十会に入ってもらう。勿論委員部じゃ」
「は? そんなのお断りだけど?」
「クフフッお主ならばそう言うと思うたわ。じゃが良いのか?」
「……何がだ?」
ユキの問い掛けにジトメは笑みを浮かべたままさっきから静かにしているもう一人の少女へと視線を向けた。
「私は生十会入るよー!」
「シオン……」
ユキと共に今日からここの生徒になった少女、シオン。
受付嬢が言っていたように、彼女は|一応《・・〉ユキの妹という事になっている。
勿論実際の兄妹というわけではなく、義理の兄妹という関係だ。
血の繋がりがまったくないため容姿で似ている部分は全く無く、身長はやや低めだが顔は中の上程度のユキと違って、シオンの容姿は反則級に整っていた。
身長は女子平均をやや下回りユキよりも少し低いのだが、それでも各部位が細いためスタイルが良く見える。
その上女性の象徴たる部分は決して小さくなく、しかし下品と感じるほど大きくもない。ありふれた表現になるが丁度良いサイズだ。
髪色はユキと同じ黒なのだが、同じ単語では表せないような質の差があった。それはまるで夜を映しているかのように綺麗で、ユキのそれとはまったくの別物だ。
ジトメが膝裏まで伸びるスーパーロングヘアなの対し、シオンのそれはほぼストレートなのだが少し癖のあるロングヘアだ。
耳の横あたりで外側に向かって少し跳ねていて、垂れている耳のようになっていた。
そんなシオンが片手を上げて元気よくそんな事を言ったため、ユキは呆れ気味に声を漏らしていた。
「シオン。生十会って面倒だぞ? やる事多いぞ?」
「え? そうなの?」
片手を上げたままキョトンとした表情を浮かべるシオン。
どうやらジトメはシオンに詳しく話していないみたいだ。それに気が付いたユキは来たっと言わんばかりに目をキラーンと光らせると、ここぞとばかり追撃した。
「しかもだ。生十会は少し特殊な組織だからな。内部で対立していたとり面倒が極まってるぞ」
「えー、それは……やだなー」
そう言ってチラリとジトメの様子を伺うシオン。
そんな彼女の不安そうな瞳を一見した後、ユキに向かってニヤリとした笑みを向けるジトメ。
ニヤリ顔から嫌な予感がしたユキが声をあげようとするものの、それよりも先にジトメは視線を戻すと口を開く。
「書類処理などの雑務は免除じゃ」
「えっ本当!?」
「うむ。ワシは委員長じゃからの。二言はありゃせんよ」
やられたと言わんばかりの表情を浮かべつつ、額に手を当てるユキ。
彼はため息を一つこぼした後、鋭い目付きをジトメに向けた。
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