異暖郷異変 中編
「あれ、ない。」
突然、龍二がそんなことを言い出した。
聞いたのは霊夢に抱かれたままの瑠衣だった。
「無いってなにがないのよ?」
「スペルカードのケース。」
龍二が答えると瑠衣は霊夢の腕からずり落ちた。
抱かれている状態なのに、まるでコントのずっこけのように。
「どこで落としたのよ?」
今度は瑠衣ではなく霊夢が聞いた。
「いや、ワカンネ……どこで落としたんだ?」
「落としたんじゃないわよバーカ。」
相手を挑発するように、目の前の少女が言った。
「いつの間にいたのか………いや、そもそもどちら様?」
「どちら様って、貴方のケースをとった妖獣だけど?」
そう言い、目の前の少女は服の懐からケースを見せる。
「財布かと思って盗んでみたら違ったわね。」
「うわ、ホントに盗んでやがる……つーか、いつの間にとったんだ?」
「アンタがぼーっとしてたんじゃないの?」
霊夢がそう指摘した。が、それを目の前の少女が否定する。
「多分、貴方でも盗られてたわよ。……まぁ現に私は盗ったんだけど。」
「私の財布!」
霊夢は驚く。
少女が持っていた陰陽玉の形をした財布は正しく霊夢のものだった。
「返してほしければ私を倒しなさい!」
ビシッと指差しして少女は言った。
「どうする?異変の途中だけど財布がなかったら困るんじゃない?」
聞いてきたのは瑠衣。霊夢は考えていた。
しかし、考えるのがあまり好きじゃない龍二が提案をした。
「俺があいつを倒すよ。二人は先に言ってて。なんなら異変も解決してくれれば助かる。」
「でも、アンタがいなかったらいなかったで男性の対応がめんどくさいんだけど。」
「スペルカードが無い状態だからめんどくさい。どちらにせよ俺はあの女の子を追わなきゃいけないみたいだからな。」
目の前の少女を見ながら龍二は言った。
「……わかったわ。私の財布も頼んだわよ。」
「あいよ。」
龍二が応えると霊夢と瑠衣は先に行った。
それを見送った龍二は再び少女の方を見る。
「さて、ところで貴方の名前はなんでしょうか?」
「ルゥという名前よ。そういう貴方の名前は何かしら?」
「自分は、八雲彩という名前です。そのスペルカードと財布もついでに、返してもらいますよ!」
「あいつ大丈夫なの?」
しばらくして、その場をさった瑠衣が霊夢に聞く。
「…………大丈夫って何が?」
「いや、スペルカード無いって言ってたじゃん?勝ち目あるのかなぁ?」
「多分大丈夫でしょ。弾幕ごっこでなら、ある程度スペルカードを避けきればそれで勝利になるし。」
「成る程……ん?あの子さっき見た子じゃない?」
瑠衣がさしたその方向には橙がいた。しかし、さっきとは違ってどこか落ち着きがないようで、うろたえていた。
「どうしたのよ?っていうか帽子は……?」
「ルゥに盗まれたの!」
先程の少女の名前を知らなかった二人は首を傾げる。しかし先に霊夢が気づいた。
「あ、もしかして私の財布盗んだのと同じかしら?」
「んー多分……とりあえず早めに見つけて奪い返すの。」
「向こうで彩が格闘中よ。」
「わかった!」
橙はそう言ってすぐに飛び去っていった。
霊夢と瑠衣も人里へ向かう。
「【彩符:百花繚乱】!!」
「――って人のスペルカードを勝手に使うな!」
避けながら彩は言う。
さっきからこのルゥという娘は人のスペルカードばかり使ってくる。
「くそっめんどくさい……」
「【仙符:鳳凰卵】!!」
「!?」
円形の鱗弾が、鮮やかな弾幕と相殺される。そして、龍二の前を一匹なにかが通った。
「なんだコレ?」
「私の使い魔だよ。」
後ろから声がする。
振り向くとそこにいたのは帽子を被っていない橙だった。
「帽子は?」
「あの子に盗られたの!」
そう言ってルゥを指す。
当の本人は嘲笑うような表情をしていた。
「へぇ……使い魔はちゃんと操れるんだ?配下の猫を従うことが出来ないくせに。」
「む……その事は今どうでも良いじゃん!」
橙とルゥは言い争う。
少なくとも初対面ではなく、尚且つある程度長い付き合いなのだろうと龍二は勝手に推測する。
「……ていうか、二人はどんな関係?」
龍二のその問いに答えたのは橙だった。
「一応、私の配下の猫の一人……なんだけど……。」
「私も他の猫もコイツに従うつもりは無し。」
続けてルゥが言う。
「従おうという気が起きない。というか何かあってもコイツに何が出来るかわからないし。私の方がアイツ等を従える気がするのよね~」
笑いながらそう言うルゥを橙は少し涙目な感じで睨んでいた。
まるで、小学生の喧嘩みたいなその状況。
「あー……つーかさ、そんな悪事働いていたら従う奴なんていないんじゃないの?」
「そうだよ!周りに迷惑かけないで早く返して!」
橙がそう言うとルゥはため息をつく。
「だーかーらー……誰もアンタに従わないっつーの!!」
刹那、ルゥの周りを沢山の弾幕が囲み、それらが龍二と橙を襲った。
「ここは私に任せて!彩は遠い場所に!」
龍二はわかったと答えてその場から離れていく。
「久しぶりにやるのかしら?」
「……私が勝ったら盗んだ物全部返してよ。」
「じゃあ私が勝ったら次から従えるのはアンタじゃなくて私よ。」
橙は考える。
この条件にNOで答えるともしかしたら、またややこしくなるかもしれない。
それに、これ以上馬鹿にされるのもごめんだ。
「……わかった。じゃあその条件で」
「始めよう。弾幕ごっこを!」
「……で、なんでアンタがここにいるの?」
人里の入口を過ぎたところ。
ため息をつく霊夢に答えたのは東風谷早苗だった。
「なんでって……人里に買い物ですよ?それ以外に理由がありますか?」
「……そうね。アンタは普通に買い物ね。じゃあどうでも良いわ。」
霊夢がそう言い去ろうとしたときに、早苗は勘づく。
「ハッ……まさか異変!?私も行きます!!」
「来なくて良いわよ。パーティは既に4人決まっているし。」
「?……二人だけじゃないですか。」
霊夢と瑠衣、そして今いない龍二と橙で四人だが……確かに今いないので現状況としては二人である。
「とにかく、アンタの出番は無い。」
「酷いですねぇ……出番が無いなら、奪うまでです。」
その台詞を聞いて霊夢はため息をつく。
あぁ、やっぱりこうなるのか、と。
「霊夢さん!人里から離れた場所でやりましょう。貴方に勝って私は主人公になります!」
何を勘違いしているのだろうか勝手に主人公になっててくださいという気分な霊夢である。
それでも早苗はノリノリな気分なので結局弾幕イベントは回避出来ない。
「いきますよぉ!!」
人里に出た途端星のように並べさせた弾幕を霊夢の方へ流していく。
「ノリノリね……でも、さっさと終わらせるわよ!!」
弾幕を避けながら、霊夢も札や針を投げる。
「【秘術:グレイソーマタージ】!!」
開始直後すぐにスペルカードを使う早苗。
それに対して霊夢はただ弾幕を避けるだけでスペルカードは使わない。たまに札を投げるくらいだ。
「めんどくさいわねっと!」
接近して、足技を決めようとする。早苗は避けたが、すぐに二回目の蹴りが来た。
「なんでそんな自由に動けるの……!?」
避けたり、防いだりしながら早苗は問う。
霊夢は平然として答えた。
「【空を飛ぶ程度の能力】よ。それに、蹴り技に関しては昔からの“おはこ”だわ。」
「おはこって……キャア!」
圧される早苗。
スペルカードを取り出そうとしたいが、針や札が飛んできてそれどころじゃない。
「ぐっ……ずいぶんと厄介ね!」
「急いでるのよ。悪いけど、多少本気を出させて貰うわ。」
そう言い、スペルカードを出す霊夢。
【夢符:二重結界】
間近にいる早苗は被弾範囲の人間だった。
「それじゃあ、勝った私が主役ね……どうでもいいけど。」
そう言い、被弾した早苗を後に去ろうとする霊夢。
しかし、目的の相手は目の前にいた。
「……アンタが、今回の異変の首謀者?」
紅い服に白い髪の女性……
彼女は、霊夢の問いに頷いた。
同じ時にして、橙とルゥの弾幕ごっこも終わっていた。
「意外とやるじゃない……」
負けたのはルゥ。
勝ったのは橙だ。
「約束通り、盗んだのは返すわ。」
そう言い、帽子を投げる。
しかし、橙がそれをキャッチしたところでルゥはこんなことを言い出した。
「でも、盗みはまだやめない。やめたくない。」
「なんで?お金がないなら真面目に働けば――」
「五月蝿い!アンタは今良い暮らししてるから忘れたんでしょ!?」
怒鳴るようなその声に、思わず橙の体がビクッと動く。
「私達野良の猫は人間に嫌われる!汚いからって!悪い菌がつくからって!それが外来人が増えてから酷くなった!!あの身勝手な人間達のせいで……!!」
「ルゥ……」
そして、突然その場から去っていくルゥ。
追いかけようとした橙だが、止められて、その人が代わりとして行った。
(カードケース返して貰ってないんだが……)
龍二だった。
人里の近くの雑木林。
そこまで来た龍二はルゥに追いつく。
正確には、ルゥが逃げるのをやめた。
「……いつまで追いかけてくるの?」
「スペルカードを返してもらって言いたいことを言うまでだ。」
そう答えると、スペルカードのケースがようやく返ってきた。
「それで、なにかしら?まだおいうちをかけるの?」
「別に……いじめたりするつもりはねえよ。ホントに言いたいだけさ。」
龍二はそう答える。
「ただ、別に俺は説教屋じゃないし男女不平等パンチをすることもない。けどな、これだけは言わせてくれ。お前の手札は、お前次第なんだよ。」
スペルカードからカードをとりだす龍二。
「お前はさっきの弾幕ごっこで俺のを使っていた。お前は自分のカードを持っていないのか?」
「……持っていないわよ。あの巫女、1つ105円で売ってくるもん。」
(あの値段、ホントだったのか……)
「だから買う金もない。あなたたちとは違って、私にはお金がないから……昔はね、外の世界で飼ってもらったの。けれど、動物をストレス発散のように買う主人でそれが嫌で逃げ出した。そして、新しい飼い主を探した。でも私は野良猫だからみんな汚いなんて言って近寄らない。子供が飼いたいと言っても親が否定する。一人だけ飼ってくれた家も、拾ってきた家族がみんな死んでしまった。だから私は呪いの猫とまで言われるようになった。」
「人間ってさ、ホントムカつく人種よね。誰かが嫌うと同じように嫌う。仲間外れが嫌だから同じように虐めるように。そんな人間の嫌な性格で私のご主人様は虐められていた。」
龍二は眉間にシワをよせる。今二人の中にある少年が思い浮かんでいる。同じ少年を。
「貴方が何を言うかは知らないけど、ムカつくのよ。そうやって正論を叩きつけられるのが。」
「正論を言うつもりはない。ただ、事実を言うまでだ。どんなに今悪い手札だろうが良い手札だろうが、使うのはお前なんだ。悪い手札だろうと、一生懸命死ぬ気でやれば、結果なんて後からつくオマケみたいなものなんだよ。」
そう言う龍二。
しかし、心のなかでは否定的だった。
それでも肯定した男が突然現れる。
「そこの全身青野郎の言う通りだお嬢ちゃん。」
二人は突然現れた青服の男に驚く。
「話は勝手に聞いていたぜ。何かの為に頑張ろうと思えば、必ず良い事が起きるさ。お前さんだってそうだろう、青野郎?」
(俺のことか……?)
青野郎という言われ方に違和感がある龍二だが、頷いた。
「そうだな。目的に向かえば良いことは起きるかもな。」
「じゃあ貴方は何のために何をしているのよ?」
聞いてきたのはルゥだった。
「俺は……守りたい人がいる。助けたい人がいる。その人の為に闘う。」
言うのが恥ずかしかったのか、少しだけ顔が赤い龍二。
しかし、その意志を誰も笑いはしなかった。
「良いんじゃないのか?結構な理由だよ。だが、今のお前じゃあ何も出来ないよな?」
事実だが、それでも龍二は眉をひそめてしまう。
「でもその意志があるなら、必ず成し遂げられるだろうな。」
そう言いながら近寄る男。
そして、肩に手を置いて小さな声で龍二に告げた。
「頑張れよ、百華繚乱。」
「!?」
「いや何。俺も外の人間だ。多少の事なら知っている。だからこそいえる事だ。お前なら、助ける事が出来るかもな。」
男はその後、ルゥを連れてどこかへ行った。
(結局、何だったんだ……?)
そう思っていた龍二に、橙がやって来る。
「いた!ルゥは?」
「アイツは……まぁ大丈夫だろ。とりあえず、人里の中に入ろう。」
二人は入口の方へ行く。
するとそこには、霊夢がいた。
どうやら、誰かと話しているらしい。
「にしても驚いたわね……アンタが異変なんて。」
「可愛い娘の為よ。」
霊夢に答える少女。
「可愛い娘ね……魔界の神様が言ってくれるじゃない。」
「魔界の神様……?どこかで聞いた覚えが……」
「よく幻想郷まで来たわね……神綺。」