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第四十九話 友


 ――それから数日。


 化野家は宗家として迅の殺害に関与していたものは皆、粛清され、遠い未開の地へと追放された。中でも雅人や速水などは牢屋敷に入ることとなり、二度と日の目を浴びることはないという。その計画を企てた、雅人や雪平の父である宗家当主が公開処刑にて首を切られた。

 城内では、古くより皇家を守ってきた化野家の現状に嘆き、家を潰すことを主張する者も少なくなかった。しかし第一皇子、玲はその意見を抑え、玉緒の父を宗家の当主として据え置いた。すなわち、代替わりの時期となれば、玉緒が化野宗家当主となる。

 また、宗家直系でありながら迅殺害に関与せず、その阻止に貢献した化野雪平は、処刑や罰を受けることなく、化野の一人として城に残っている。それどころか、皇子と化野家との話し合いにより、雪平が第一皇子の護衛を、玉緒が第二皇子の護衛をすることとなった。すなわち、いずれは皇帝を雪平が守る可能性も出てくるのだが、それによって化野宗家の地位が揺らぐわけではないと決定づけられた。それには玉緒が第二皇子の護衛に固執したからという噂もある。


 ――非常に煩雑したこの処理を、玲はたった数日のうちに成し遂げ、城内での不満にも適切に対応し、一掃してみせた。

 

 迅が兄の才能を認め、畏れていた理由がよくわかる。それだけのことを簡単に成し遂げておきながら、玲は溜息を吐き、「迅の方が皇帝に向いている」と嘆くのだろう。迅が侮辱されているのだと思うのも無理はない。しかし、玲は玲で真面目にそう思っているのだ。

 ――自分の能力が当たり前すぎて、その凄さに気が付けないのか。

 いずれはそんな境地に行ってみたいと思いながら、私は舌を巻いた。


 私は右肩の傷がある程度塞がるのを待ってから、母や兄に見送られるようにして、城に戻った。

 ――花立の再試は、明日に迫っていた。


                     

 結月にも春孝にも、私が今日戻るということを伝えていない。雲間の官人の寝室がある東殿に踏み込めば、見覚えのある顔が通り過ぎてはハッとしたような顔でこちらを振り返る。似たような恰好をした官人たちの間を、自分もそんな恰好をして通るのは久々だった。戻ってきたのだ、という確かな感覚がある。

 花立の再試に備え、廊下を進む初品の中には本と睨み合いをしながら歩くものも少なくない。彼らを避けながら、私は懐かしい自室の扉を開けた。


 合図もなしに扉を開ければ、ぎょっとしたような顔が二つ、こちらを振り返る。彼らは机を囲み、きっと春孝が持ってきたのだろうお菓子をつまみながら、本を開いていた。


「やぁ、久しぶりだな」

「月國!」


 共に呼びかけられるが、春孝はワッと嬉しそうな顔をしたのに対し、結月はバツの悪そうな顔をしていた。結月を連れ出そうとしたが、私が何か言う前に春孝が立ちあがる。


「おかえり、月國。二人で話したいことあるんでしょ? そこのお菓子食べていいからね」


 そう言って出て行こうとする。思わず手を伸ばして止めようとすれば、春孝は笑って首を横に振った。


「結月の様子見てたらそれくらいわかるよ。何かあったんでしょ。明日、花立の再試なんだから、喧嘩もほどほどにね」


 そう言い、するりと私の横を抜けると、部屋を出て行ってしまう。

 仕方なく、結月を見れば、彼は気まずそうな表情のまま、私を見上げていた。とりあえず、さっきまで春孝が腰を下ろしていたところに座ってみる。机の上の箱から良い匂いがした。覗いてみれば、饅頭が並んでいる。そっと手を伸ばし、一口齧ってみた。餡子が詰まっていて、甘く美味しい。勉強の供にぴったりだ。


「美味しいな」

「……そう、だね」


 結月は視線を落としながら頷く。パタン、とその手の中で本が閉じられた。表紙を見れば、私が城を出て行く前に読んでいた本だ。あの時は、僕には難しい、と言っていたような気がするが、この一、二週間の間にまた力を伸ばしたらしい。


「兄から居場所を奪ってきた」


 饅頭を食べながらそう言えば、結月は視線をあげないまま、「そう」と返事をする。


「居場所を奪っててでも、私は女の道を切り開く。自分の夢を叶える。別に結月に理解されたいとも思わないし、理解しろとも言わない」

「……うん」

「――でも卑怯だと言うのは許さない」


 そう言えば、結月はハッと顔を上げた。驚いたような表情をして、私を見る。


「お前は私が月矢を利用していると言ったが、それは違う。そんな生易しいものじゃない。私は月矢を道連れにしてるんだ」

「道連れ?」

「あぁ。もちろん、地獄になんか連れていくつもりはないよ。天上人になって、夢を叶えて、月矢に名前を返す。私に道を譲ったことを、彼が後悔しないように、私は前に進むよ。後悔どころか、誇りに思ってもらなわないと。初めて、女で天上人になったものの兄として、誇りを持ってもらう」


 ニヤ、と野心に笑えば、結月は気圧されたように口を噤んだ。私は饅頭の欠片を自らの口に放り込む。


「……月矢を利用するんじゃない。月矢の分も背負って、駆けあがるんだ」


 饅頭を飲み込んでそう言った。すると、結月は眩しそうな顔をして瞬きをした。視線が下に落ち、そのまま彼は頷いた。こくこくと二度頭が揺れ、そのまま彼は項垂れてしまう。


「ごめん、月國、僕は君にひどいことを言った。失望しただなんて言ってごめん……」

「……正直、傷ついた」


 そう言えば、結月は驚いたように顔を上げた。


「……月國がそんなこと言うの、珍しいね」

「そうかもね」私は肩を竦める。「でも、私だって人並みに傷つくんだよ」


 微笑めば、また結月は眩しそうにして、目を細めた。


「……君は何を言っても傷つかないのかと思った」

「そんなに強くない」

「わかってる。わかってるつもりだったんだけど、どこかでそう思ってたみたいだ」


 本当にごめん、と結月は繰り返し言う。


「自分が情けなさすぎるよ。勝手に君に夢を見て、勝手に失望してた。でもそんなんじゃ駄目だね。全然駄目だ……よしっ」


 彼は両腕を上げ、ぐんと身体を伸ばす。そして、憑き物のとれたような、清々しい笑みを浮かべた。


「決めた! 僕も天上人を目指す!」

「――え」

「君よりずっと時間がかかるのはわかってる。でも絶対、君の後を追いかけて、天上に行く。それで君の夢を叶えるのを手伝わせてくれ」

「……本当に?」


 思わず声が震えた。


「本当に天上人を目指してくれる?」

「うん」結月は笑ったまま言う。「出来るだけ早く追いつくよ」

「……こころざしを共にしてくれる友がいるのは何とも心強いな。嬉しいよ」


 本心だった。思わず笑みを浮かべ、手を伸ばす。手のひらを向ければ、彼は驚いたように目を丸くした後、はにかんで手を取ってくれた。固い握手を交わす。彼の手も、一年前に比べて随分と固くなり、大きくなった気がする。


「……懐かしいな。去年の結月は、私と握手するのでさえ、躊躇ってた」

「そうだったね」


 結月は当時を思い出したのか、くすくすと笑っている。

 それから、彼はきらきらと輝きを秘めた目で私を見た。


「――もう他人に夢を見るのはやめる。自分に夢を見ることにするよ」

「あぁ。共に夢を叶えよう、結月」

「うん」


 ぎゅっと手を握り締めれば、一層強い力で返ってくる。

 心強いと思った。

 もう、迷うことはない。天上まで、駆け上がろう。


 ――花立の再試は、明日だ。

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