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あばたもえくぼ

作者: あやめ翔

短い方がさわり心地が良くて好きです。

誰しも悪癖のひとつやふたつはあるだろう。それが可愛らしい些細なことならいざ知らず、私の場合は自他共に認めるへんてこなものであった。"坊主頭を撫で回す"これが私の欠点だ。素面ならまだ我慢も効くが、お酒が入ってしまうともう駄目だ。道行く坊主を捕まえては頭を撫で回すらしい。残念ながらお酒に弱いため、坊主を捕まえるところまでの記憶しかない。私の悪癖を知った男友達は、ふたつの選択をすることになる。見限って離れて行くか、受け入れて坊主にするか。離れていかれるのは寂しい。坊主にさせるのは忍びない。お酒を覚えるのと同時に、新しく男友達を作るのをやめた。


「江口くん、3厘に刈ってみない」

中学から一緒の江口くんは、坊主の友達であった。昔から坊主であったため、それ以外の髪型を知らない。大学も一緒であるため彼と飲むことも多かった。だから彼がいなかった飲み会で"坊主捕獲事件"が起こってしまったのだ。

「いいや、俺は5厘以上は短くしないことにしているんだ」

いつになく真剣な眼差しに吃驚した。

「あら、そんなことは初めて聞いたわ」

長さなんて気にせず坊主にしてると思っていたのに。温くなった珈琲を一口飲んだ。ああ、まずい。

「そりゃそうだ」

しれっと彼は言った。

「初めて言ったのだから」

眼の奥が笑っている様だった。こんな眼は、久しぶりに見た。からかわれてるのかしら。そう思ったが、江口くんが楽しそうなのでそれ以上追及するのはやめた。

「課題は終わりそうか」

それは、この真っ白なレポート用紙を見てからの発言かしら。

「もちろん、終わるわけないじゃない。江口くん、見せて」

「今日も樋口の奢りか。いつも悪いなぁ」

「ふふ、ありがとう」

差し出されたレポート用紙は、几帳面な字で埋まっていた。紅茶一杯で課題を見せてくれるなんて、本当に優しいと思う。

課題が出されると、大学近くの喫茶店に集合する。そして、江口くんが解いてくれて私がお茶代を出す。そんな風に過ごしていた。昔から顔は綺麗な方であったため、ちやほやされることが多かった。そう、あの事件までは。


2年の春休み、サークルの追いコンの日だった。吹奏楽サークルは、居酒屋の一室を貸しきって宴を催す。無理矢理飲まされることはないが、ざわざわとした雰囲気に少しばかり酔いが回ってしまっていた。

「樋口さん、今日はなんだか酔ってますね」

大丈夫ですか、と言いながら隣に斉藤くんが座った。

「次期代表はよく見ていますね。流石です」

彼のビールジョッキに、カツンと乾杯した。そんな私にとても驚いたようだった。

「樋口さんって、酔っぱらうと更に可愛くなりますね」

このときの斉藤くんも酔っていたに違いない。普段は下心がありそうな事は言わないのに。

「いつもは江口が居て、樋口さんと話したくても話せなかったんですよ」

江口くんとそんなに一緒にいたかしら。うーん、と考えながらハイボールの氷をくるくる回した。カラカラと良い音がする。

「酔ってくると、ずっと江口の頭撫でてるから。みんな近寄り難くてね」

江口くんのことを考えていたら、坊主頭を撫でたくなってきた。

「どこかに良い坊主はいないかしら」

キョロキョロと探してみたが、そもそもこの宴会には坊主がいないということを思い出した。したいことができないと欲求不満になってしまう。このときの私は、己の欲望を満たすのに必至であったのだ。

宴も闌ですが、と言う声が聞こえたときには、我先にと外へ飛び出していた。どこかに坊主頭はいないのか。その時運悪く最高の坊主を見つけてしまったのだった。

このあとの記憶はない。斉藤くんの話に寄ると、坊主頭を撫で回して居るところをサークルメンバーが見つけ、無理矢理引き離した後謝り倒したらしい。幸い、双方にお酒が回っていたため、大事にはならなかったとか。

「坊主頭を撫でたい、坊主頭を撫でたい」

何度も繰り返し呟いていた私をどうにか家に帰して、追いコンは終了した。


そういえば、あのときから江口くんが一緒に居てくれるようになったなぁ。もしかして、お守りかしら。それでもいいか、優しいし。

「早く写してくれないか、今日はバイトがあるんだ」

一緒に出しておくから行ってもいいわよ、と返しても私が終わるのを待ってくれる。

「バイト終わったら、少し飲まない」

久しぶりに誘ってみた。お酒に弱くても好きなのだ、楽しい気分にさせてくれるから。

「いや、やめておく」

つれないわね。ひとりで飲むわ、と言ったら慌てて、店の指定をされた。

「樋口、お前はひとりで飲んではいけないよ」

俺がいるときだけにしてくれ、そう小さな声が聞こえた気がした。

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