休戦3
「使い魔の維持に魔力を使いすぎました…グリージャ殿のくれた“魔女の生き血”がなければ魔力切れで倒れていたでしょう。」
ペンドルトンは懐から空の小瓶を取り出した。これに魔女の生き血とやらが入っていたのだろう。
魔女の生き血は、一時的に失われた魔力を回復させるアイテムだ。
「呪いをかけられたのに随分大胆なことをしましたね。」
ハンクはコーヒーを飲み干した。
底には溶け切っていない角砂糖が沈澱していた。
「あれしかなかったのです、あの場を切り抜けるためには…」
ペンドルトンはソファにもたれかかりがっくりとうなだれた。
「少しお休みになられてはいかがです?」
ハンクがペンドルトンに話しかける。
「……そうですな。どのみち、ヨハン殿の意識が戻るまでは動けないですからな。
ハンク殿、くれぐれも注意を怠らないよう頼みますぞ。」
「ええ、お任せください。」
そう言うとペンドルトンはその場で眠りについてしまった。
「やっと眠ったか、全く睡眠薬入りのコーヒーがここまで効かないとはな。」
ハンクはそれまでの柔和そうな雰囲気から一変し、意識のないペンドルトンの頭を小突いた。ハンクは辺りを見回し、誰の気配もないことを確認すると、ペンドルトンの持っていた魔導書を手に取った。
黄金の装飾が施された、重厚な書物。
それを見ながらハンクは感嘆の声を漏らす。
「素晴らしい本だ…この魔導書は俺の知る限り、最高クラスの代物。お前が戦いに赴き深手を負った隙にこいつを頂くなんて、俺もなかなかの悪だぜ。」
ハンクはペンドルトンを一瞥すると、ヨハンの部屋にも視線を移した。
そういえば見た目は恐ろしく不気味だったが、あいつはあのアーサーだ。
「あの元勇者様からも何かしら頂くとするか。しかし買収したやつに裏切られるとは、こいつらも案外間抜けなのかもな。」
ハンクはヨハンがいる部屋の扉の前に立った。だが扉の向こうの禍々しいオーラを感じると、小さく情けない声を出して、扉から離れた。気づくと全身汗だくになっている。
心臓もこれまでにないほど脈打っている。
「…な、何だ今のは…」
呼吸を落ち着かせ、もう一度扉の前に立つ。
大丈夫、相手は瀕死の状態。気にしすぎていたんだ。あんな悪魔のような見た目をしているからー
話に聞いていた魔剣も今はない。
そう考えるとハンクは不思議と自信が湧いてきた。今有利なのは間違いなく自分なのだ。瀕死の相手にここまで恐れを抱くのは情けない。ハンクは扉を開けて、意識のないヨハンから何か盗み出そうとした。