歪んだ正義2
「ナッシュだろ?お前の雇い主は」
その名前を出した途端ジェームズは呆気にとられたような表情になった。
とうに生気も覇気もないその目は大きく開かれイングリスに向けられていた。
イングリスは口角をあげ、不気味な笑みを浮かべていた。
まるで始めから全てわかっていたように。そのうえであえて遊んでいたのだろう。
「お前らの雇い主など開戦前から調べておったわ。しかしまああんな田舎の騎士なんぞによく尻尾を振れたもんだな。」
「……ぐっ…くたばれ……」
次の瞬間ジェームズの喉が潰れていた。口から血を吐き出し、掠れたような音と共にジェームズの体は宙を舞った。イングリスが重力魔法を解き、喉を思い切り突いて、そのまま肉体ごと宙に打ち上げたのだ。
地面に叩きつけられたジェームズは何倍にも増幅した痛覚で激痛にのたうちまわり、芋虫のように這いつくばった。
「これで降伏を宣言することもできまい。さあ、生死を賭けた戦いを始めようじゃないか」
最初は歓声や熱気に包まれていたコロッセオの雰囲気は完全に変わっていた。
あまりの惨状にコロッセオを出る者もいた。イングリスに対し罵声を浴びせる者もいた。
勇者機関の人間も初戦からこのような空気になることは想定していなかったのだろう、にわかに動きを見せ始めた。
だが勇者機関所属で今回の戦いの管理者でもあるジェラルドは腰を上げなかった。
ただじっとコロッセオの戦いを観察していた。
「ジェラルド様、観客の中にコロッセオへ侵入する者が出始めています。このままではじき暴動になるでしょう。
第一、あの男は規定のルール1条に明らかに違反しています。」
デニスがジェラルドに耳打ちする。デニスは情にあつい男だ。そこは長所でもあるが、欠点であることも多かった。
「デニス、落ち着け。まず機関の人間にはコロッセオへ侵入した者の対処を命じておけ。
それからあのイングリスとかいう男だが、お前の言うとおり明らかにルールから逸脱している。機関の腕の立つもの数名がかりで奴を取り押さえるよう手配しろ。
全く教会の人間は癖が強すぎるな。初戦からこのような空気になっては致し方あるまい。」
ジェラルドは少し考えたのちデニスに耳打ちした。デニスは一瞬表情を曇らせたがすぐさま行動に取り掛かった。
「計画を一段階繰り上げるとしよう。残念だが幾らかの犠牲はやむを得んがな。」