歪んだ正義
ジェームズは無言のままだ。
動くことすらできず敵に情報を渡すくらいならこのまま死ぬ方がいい、と思っているのか。
一向に喋るそぶりを見せない。
イングリスは次第に苛立ちはじめ、地面を蹴り砂埃をジェームズの顔にかけた。
ジェームズは何度か咳き込んだがその後も無言を貫いたままだった。
その後もしばらく膠着状態が続いた。
イングリスは何としてもジェームズから情報を引き出そうとしていたが、このままでは雇い主の話が聞けなさそうだったので強行手段に出た。
「…なるほど、貴様は仮にも勇者なのだな。それは認めてやろう。だがこちらとてお遊びでこの戦いに参加しているわけではない。
少々手荒な手段をとらせてもらうとしよう。」
イングリスは地面にひれ伏したジェームズの右手を掴んだ、そして彼の腕に魔法をかけた。
次の瞬間ジェームズの右手親指は潰れていた。同時にコロッセオに絶叫が響いた。甲高く、苦痛に満ちた、喉の奥からひねり出したような絶叫が。
ジェームズは口から泡を吹き出し痙攣していた。親指を潰されるのは激痛だが果たしてここまで深刻な状態になるのかー
彼の親指を潰した張本人は潰れた親指の肉片を自分の指でこすりながらゆがんだ笑顔を浮かべていた。
「貴様のように俺も魔法の説明をしてやろう。貴様にかけたのは全身の感覚を鋭敏にする魔法だ。
正しい、というか主な使い方は風の動きを読んだり敵の気配の感知だ。
だが『全身の感覚を鋭敏にする』という体に及ぼす作用は別の使い方にも応用できたのだ。何だかわかるか?」
イングリスは最早ジェームズを人間として見ていなかった。
彼はイングリスの獲物だった。
「拷問だよ。この魔法は感知能力を上げているのではなく、感覚を鋭敏にしているだけだ。当然痛覚も何倍にもなっている。」
ジェームズの黒目はグルグルと泳ぎ焦点が定まっていなかった。イングリスの講釈も耳に入っていないようだ。
ジェームズには最早戦意などなかった。
だがイングリスには明確な殺意があった。
「今から順番に指を潰していく。そのあとは腕、足、胴体だ。『高速の剣技』様はどこまで耐えられるかな?」
「ああああああ…」
ジェームズの顔は勇者のそれではなかった。激痛に悶え苦しむ形相は直視できるものではない。
イングリスは指を潰しす手を止め、少し考えた後言った。