開戦
またあの夢を見てしまった。
口の中がひどく渇いているし、汗で体が気持ち悪い。鼓動も不規則で胸のあたりが痛む。
ここのところ寝起きはいつもこのような感じが続いている。
冷水を一杯飲み気分を落ち着ける。
昨晩飲んだ果実酒は確かにアルコールが強い酒ではあったが、自分はここまで酔うほど下戸ではない。
3年前のあの出来事がもうずっと頭の中でグルグルと駆け巡っているのだ。
そのせいで寝起きはいつも不快だ。
部屋に備え付けてあるシャワーを浴びる。
鏡を見る度に、これは本当に自分なのだろうかと錯覚する。
鏡に映る自分はまるで悪魔のようだった。
いやすでに悪魔になっているのかもしれない。
時々意識がざわつき、頭の中に声が響く。
ー命ヲ…モット命ヲ…‼︎ー
ふいに頭が痛む。まともに聞いていたなら狂いだしそうな声。絶えることのない魔物の叫び。
シャワーを浴びた後は宿の一階にあるレストランで2人と合流する予定だ。
そのことだけを考え、頭の中にこだまする怨嗟の声を振り払う。
体がふらつく。あれから何を食べても飢えがなくなることはない。何を飲んでも渇きがおさまることもない。
ただ、魔剣で命を奪う時だけは形容しがたい充足感に満たされる。
最後に魔剣を使ったのはペンドルトンと会った時だ。
あの魔物の群れを倒した時ー
思い出すともう一度あの感覚を味わいたくなる。ひとときの満足感とその後に襲い来る飢え。
狂いそうになる意識をしっかりと保ち、自分は勇者なのだと言い聞かせる。
何を口にしても意味がないのに食事を取るのは、せめて正常な人間らしさだけはなくしたくなかったからだ。
「おはよー‼︎ヨハンさん‼︎」
相変わらずの天真爛漫さでグリージャが挨拶する。
席にはペンドルトンも同席していた。
この2人が今の自分の精神的な支えになっているのは言うまでもない。
ついこの間までは表ではできない汚れの仕事をこなしー
つまりは殺しの仕事をこなして命を奪い、魔剣に命を捧げていたのだから。
「ヨハン殿、いささかご気分が悪そうですが…昨日の酒がまだ抜けていないのですかな?」
ペンドルトンのジョークも今では聞くと安心するほどだ。
「この宿の朝食は素晴らしいですぞ!
グリージャ殿をご覧下され、この皿の量…」
「ペンさんだってさっきからスイーツばっかり食べてるじゃないですか!」
2人のやりとり、そしてそこに同席できていることに心底感謝している。
その後は食事をとり、準備を整え、遂に決戦のコロッセオへと向かった。