聖騎士の矜恃
若い男が祈りを捧げている。
手に握るのは黄金の十字架だ。
男が顔を上げると、ステンドグラスを通して差し込む光が眩しく、思わず目をすぼめる。
男は身なりを確かめ、一呼吸置くと聖堂を後にしある場所へと向かった。
「おお、まさしく聖騎士にふさわしい出で立ちだなチェスター、いやゴドフロア10世よ」
父であり大司祭でもある9世からゴドフロアの名を継ぐ歴史的瞬間ー父から子へ、当主から次期当主への継承の儀がこれから始まろうとしていた。
ここトレミアは首都フィンガルトから遥か北西に位置する教会の街である。
勇者機関が誕生するずっと前から存在しており、自分たちの宗派の神を信仰する敬虔な信者たちが集まってできた街とも言える。
街の住人のほとんどが毎日神に祈りを捧げているためか、不思議な神託の力に守られた一種の聖地でもある。
この街ではかつての魔王討伐の際、世界中に魔物が蔓延っていた時代でさえ、街の中に魔物が侵入してきたことはないほどの場所だったからだ。
だが神への信仰や精霊の力ではなく、魔物に対して人間が武力をもって対抗しようとする流れが生まれると、教会の中の一部の宗派は独立して新たな組織を作り始めた。
それが現在勇者機関と呼ばれる存在で、今では教会ではなく勇者機関の方が強い影響力を持っている。
教会側は当然それを快く思ってはおらず、もう長い間勇者機関とは確執がある。
今回異例とも言える若さで9世が次期当主の継承を決行したのは勇者機関と関係があるのは明らかだった。
「もったいなきお言葉です当主殿。」
チェスターは深く一礼した。
長身に精悍な体つき、身につけている白銀に輝く鎧は金髪とよくあっている。
顔立ちにまだ幼さは残っているが表情は引き締まっている。
「お前はまだ若い。だが若いゆえの可能性がある。その歳で当主は重い荷になるだろうが良い経験になる。
さあ、当主として皆に顔を見せてくれ!」
「はい、行ってきます!」
チェスターは皆が待つ大広間へと向かった。
目眩がする。口が渇いてしょうがない。さっきから手の震えも止まらない。
プレッシャーに押しつぶされそうだ。
俺が当主⁉︎たった17歳で⁉︎
正直無理だ‼︎
チェスターは大広間の扉を前に固まっていた。先ほどの表情とは違い、目には明らかな不安の色が見える。呼吸も不規則になっている。
彼が十字架を握り、祈りを捧げているのは神に対してではあったが、神への信仰が主な目的ではなかった。
何とかして自分が当主にならずに済んでくれとの祈りだったのだ。