3日目2
死者のホムンクルスの剣はチェスターの首を刎ねることはできなかった。
死者のホムンクルスは足元にあった木の根につまづき、あろうことか自分の体に剣を突き刺す形となってしまったのだ。
あまりにあっけない、そして無様な姿にアンセムは憤る。
「な、何をしているんだ‼︎」
「ほう、この靄が取れなくとも…精霊の加護はまだ消えてはいないのだな。」
「精霊の加護だと…?」
アンセムの脳裏にネクロマンサーにクラスチェンジした時の記憶が蘇る。
あの下卑た老魔術師の一言一言が鮮明に。
ーネクロマンサーになった場合、自分の傷を癒すことができなくなる。死者の魂を扱う者は白魔法を司る精霊を裏切ってしまうからだ。ー
一般的にこの世界のあらゆる生物には精霊が取り憑いている。個人の積んだ徳や成し遂げた功績、生まれ持っての素質など要因は様々だが。
そしてこの精霊は憑いている生物のことを基本的に守る役割がある。
その精霊自体の強さにもよるが、外敵から守るために取り憑いている生物の運勢を底上げし、不慮の事故や災害、良くない者との出会いを避けてくれている。
これが精霊の加護と呼ばれるものだ。
教会の戦士に限らず、トレミアの者は日頃の鍛錬や祈祷、祭事や神事に携わることで精霊とのリンクを強めているため、一般的な生物よりもより強い精霊の加護を受けている。
更にこの精霊の加護がある一定のランクを超えると、精霊が怪我や呪いを治癒する力を強めるにとどまらず、怪我や呪いを瞬時に回復させてしまう。
これが自己再生のからくりである。
ではネクロマンサーとなり精霊の加護がなくなった場合はどうなるのか。
死者の魂を使うネクロマンサーは生者を守る精霊と真逆の存在のため、怪我や呪い、災害に滅法弱くなる。
外敵から自分を守る精霊がいなくなることで、怪我自体が回復できなくなり、運勢も大幅に降下するのだ。
ネクロマンサー自体が少ないのは、倫理的に忌み嫌われている他に、精霊の加護が消えることで存命自体が危ぶまれるからでもある。
より強い精霊の力に守られた聖騎士と、精霊の加護が一切ないネクロマンサー。
どちらが有利かは戦うまでもなく明白である。
ー神の加護を受けた肉体は、傷がたちどころに回復し、運勢に左右される不確定な事象はことごとく有利に作用するのだ。つまりー
「死なない、か。流石にこの靄のせいで精霊の加護は鈍ってはいるが死者の貴様とは比べるまでもない。」
「くそ!早く体勢を立て直さないと!」
「いや、遅い。」
自分の剣が突き刺さり、無様に地にひれ伏す死者のホムンクルスにチェスターの聖なる一撃が叩き込まれる。
斬られたホムンクルスはこの世のものとは思えない叫びをあげながら、魂を吐き出し、やがて塵となって消えて行った。
ホムンクルスの為に使われた魂は解放され、空の上に消えた。そして塵となったホムンクルスから抜け出た魂の声が聞こえた。
「オオオおおお…やっと、やっと解放された…ありがとう、ありがとう…」
「なんと酷い…斬っただけで分かる、理解できる。冥府から無理に魂を呼び戻され、人殺しに使われた魂の無念が…」
チェスターは泣いていた。目からは止まることなく涙が溢れていた。
そしてアンセムに向き直り、怒りの視線を向けた。
「答えろネクロマンサー、貴様には死者を弄ぶ権利があるのか?」
戦力であった死者のホムンクルスが消え、自分を護るものはなくなった。アンセムがチェスターに勝つ術はもう残されていない。
だがそれ以上に、聖騎士に自分の在り方を問われたことでアンセムの中に揺らぎが生じていた。
「そんな…俺は…」