劣等感5
もう誰も自分を止めることはできない。
過去の弱さと決別し、自分は新たな道を歩み始めた。
血に塗れたこの手は更に血を求めて赤さを増していくだろう。
「死者のホムンクルス…こいつは今や俺のしもべだ。」
死者のホムンクルスは一切話さず、俺の後をついてくる。その強さとは対照的に自分を主と認めついてくる姿は愛嬌さえ感じる。
「アーサーのパーティも大したことなかったな。亜人種がいた時は驚いたけど。」
後ろのホムンクルスは何も語らない。
「多分アーサーは恐れをなして逃げたんだ。俺たちが勇者殺しだという、その真実に恐れをなしてね。」
心の中では笑いが止まらない。今まで他人をサポートするしか能のなかった自分が手に入れた敵を倒す力。次は誰を倒そう。
今ならハルトマンも殺せそうだ。あいつには今まで散々コケにされたからな。
そういえばさっきの爆発は何だったのだろう?
森を歩いて獲物を探している最中、突然けたたましい警報のような音が鳴り響いて、俺は慄いた。
「な、なんだなんだ?」
その警報は止むことなく鳴り響く。やがて地面から見覚えのあるモノが姿を現した。
ー敵ヲ感知、敵ヲ感知。教会ノ戦士、範囲内ニ補足。繰リ返ス、ー
コロッセオでの暴動後、自分たちを閉じ込めた勇者機関のゴーレムだ。
そういえば教会の戦士がまだ見つかっていなかった。まさか、自分が見つけたのか?まだ誰も見つけていない教会の戦士をー。
ゴーレムはアンセムの前方に出現し、彼を導くように森の奥へ奥へと進んでいく。
「教会の戦士、そいつを倒せば死者の軍勢がまた増える。それも教会の戦士となれば、かなりの戦力になる!」
草木をかき分け、アンセムはどんどん森の奥深くへと入っていく。まるで獣のように目はぎらついていた。
ようやく開けた場所へ出ると、そこは森の中にある泉のほとりだった。
「こんなところに、泉があったのか。」
ゴーレムはまだ警報を発し続けている。だが今までと違ったのは、ちょろちょろと動かず一点だけを見据えているようだったのだ。
「‼︎」
ゴーレムの先。大樹の根元に寄りかかっていたのは屈強な戦士だった。辛うじて意識はあるようだが、かなりの深手を負っており、危険な状態である。
「誰かが弱らせたのか…?待てよ、教会の戦士は自己再生ができるはず…」
恐る恐る近寄ると、教会の紋章が入った鎧を身につけている。間違いなく教会の戦士である。
アンセムの背後には死者のホムンクルスがぴったりと付いてきている。森を進む際に頭のフードに葉が付着していた。
「いたか。よし、ちょうどいい。誰か知らないが、ここまで弱らせて逃がしたのは失敗だよな。」
すると教会の戦士は瀕死ながらも覇気の宿った眼差しでアンセムを睨む。思わずアンセムは竦んだ。
「ひっ、瀕死だろ…こいつ…」
「貴様…勇者機関の…いや…」
瀕死だった教会の戦士は大樹にもたれながら、立ち上がった。
この時アンセムは気づいた。今まで暗くてよく見えなかったが、この男には暗い靄がまとわりついている。それが何なのかはわからない。だがひどく不吉なものである気はした。
男は立ち上がると、木にもたれかかっていた剣を持ち、警報を発し続けるゴーレムを切り裂いた。
ゴーレムは土に還り、警報も鳴り止んだ。
「酷く耳障りだ…」
瀕死ながらも気迫のこもった剣捌きはアンセムを怯ませた。先ほどの余裕のある態度から一転して、ホムンクルスの後ろへ隠れる。
教会の戦士は肩で息をしていたが、やがて少し落ち着いたのか、まっすぐにアンセムを見据えた。
「貴様…生者の気配がないな…」