劣等感4
巨人はペンドルトンの眼前で停止した。
大袈裟ではなく本当に目と鼻の先に巨人が迫っていたのだ。だが巨人は微動だにしない。
死を覚悟し、眼を閉じていたペンドルトンが目を開けるとそこには眉間に教会特製の戦斧が深々と突き刺さった巨人がいた。
巨人は戦斧の一撃で既に絶命していたのだ。
「な、これは…」
「間に合ったみたいだな…!」
ペンドルトンが振り返ると、そこには先程まで彼らを殺そうと追い回していたウルフが立っていた。だが明らかに先程までと雰囲気が違う。
ペンドルトンは初めてウルフと会ったが、今の彼が本来のウルフだと瞬時に理解できた。
「あなたは…先程まで、我々を殺そうと…」
状況が理解できずペンドルトンは戸惑う。そんな彼とは裏腹に落ち着き払っているウルフは、部屋の端に吹き飛ばされたジェームズと巨人の右手に掴まれていたセミラミスを、ペンドルトンの元まで連れてきた。
「まだ2人とも息はある。」
「どういうことなのです⁉︎」
「………」
ウルフは地面に落ちている魔道書を拾うと、ペンドルトンに渡す。
「まさか先程までのあなたは偽物だったのですか⁉︎」
「いや、さっきのも俺だ。」
「では…これは…」
「俺も聞きたいことがある。竜人はここにいるのか?」
「まずは私の話を聞いて下され‼︎
私は、この状況が理解できない…何故…」
「俺にも時間がないんだ‼︎」
ウルフがペンドルトンを遮る。
彼の眼差しは状況がかなり切迫していることを示していた。
「竜人は…ここにはいません。竜人の代わりに、私が彼らと共に囚われたあなたを助けに来たのです。」
ペンドルトンの返答でウルフはいくらか落ち着きを取り戻したようだった。しかしその目は少し悲しみを帯びている。
「そうかいないのか。生きてはいるな?」
「え、ええ。ご健在です。」
「こいつらはのびちまってるしよ。感動の再会とはいかなかったか。」
「私には詳しくわかりませんが…いずれにしてもあなたがこうして戻ったのなら、何とかしてこの空間から脱出しましょう!」
「……それはできねえ。」
ウルフが冷たく言い放つ。
「⁉︎何故です⁉︎我々はあなたのために、こうして命懸けでここに進入したのです!」
「たぶんこの武器だ。」
ウルフは巨人の眉間に刺さった戦斧を見やる。
「俺も詳しくはわからない…覚えていないんだ。
俺は拷問を受けていて、死ぬかと思うほどいたぶられた、いや死んだと思った。だが目を覚ますと、俺はこの斧を持っていた。」
ペンドルトンの脳裏にグリージャの顔が浮かぶ。既にウルフの拷問は終わっていたのだ。あの映像は過去のもので、自分たちは竜人と引き換えにここで死ぬ運命だったのだとこの時彼は気づいた。
「この武器が一体何なのです⁉︎」
するとそれまで何の問題もなく会話していたウルフが突然頭を抑えてうずくまった。
「ぐあ、ぐうううううう、まただ…また意識が、くそっ‼︎」
「ウルフ殿!気を確かに‼︎」
「ダメだ…俺はじきさっきみたいになる…ぐああああ‼︎」
「まさか…教会に洗脳されていたのですか⁉︎」
「恐らくな…今は洗脳の力が弱まっていたが、ダメだもう、抑えきれない…ぐうううううう‼︎」
今のペンドルトンでは暴走しているウルフと戦うことはできない。ましてほかの2人は意識すらない。
だがウルフは斧を巨人の眉間から引き抜くと、巨人が開けた壁の異空間へと進んでいった。
「ウルフ殿‼︎」
ウルフはペンドルトンの呼びかけに応じて振り返った。そして力を振り絞ってかれに言い放った。
「そいつらに、そして竜人に言っといてくれ!俺は、ぐっ、俺は必ず戻ってくる!その時に、竜人と肩を並べても恥ずかしくないように、必ず力を手にして戻ってくる、って‼︎」
ウルフの意識はもう限界が近かった。
ペンドルトンは強く頷いた。
「頼んだぞ、魔法使い。」
そう言うとウルフは異空間へと姿を消した。
ペンドルトンは魔道書を強く握りしめる。
気を失った2人と共に何とかこの空間から逃げなければ。
だが次の瞬間、彼を凄まじい揺れが襲った。
揺れは激しさを増し、遂に空間が捻じ曲がりやがて崩壊した。