劣等感
「いだあああああああい!!!」
巨人は痛さのあまり腕を更に振り回した。ペンドルトンの策略によって壁際に追い込まれているとも知らずに。
床に散らばる拷問器具を踏みながらよろよろと壁へと近づく。
「うがああああああああああ!!!」
巨人が一際大きく腕を振り回した。振り回した腕は空を切らずに壁へと当たり、その怪力で壁は粉砕された。
「ひっ、ひいいい!」
巨人は壁が壊れた音に慄いている。壁を壊した腕をさすりながらその場にうずくまった。
ーどうやらうまくいきましたな。ー
ーなるほど。出口がなければ作ればいいわけだな。やるじゃないか魔術師。ー
ペンドルトンの作戦はシンプルながら非常に効果的な作戦だった。それは巨人のパワーを利用して壁を壊し、
そこから隣の部屋へ脱出を図るものだった。予想以上に作戦はうまくいき、今部屋の壁には大きな穴が空いている。
巨人にはもう戦意はないように見える。壁の下でうずくまり、壊れた壁から落ちる瓦礫に頭を打たれながら相変わらずうずくまったままだ。
瓦礫や粉塵が部屋に舞い散る中、壊れた壁の向こう側がかろうじて見えた。
「ねえ、これって…」
思わず声がこぼれる。
セミラミスだけではない。他の2人も驚愕の表情で壊れた壁を見る。
「なんなのですか…この空間は…」
壊れた壁の向こうー
そこにあったのは隣の部屋や通路などではなく、不気味に輝く謎の空間だった。
ペンドルトンは膝を落とした。それは完全な諦めからくる行動だった。
「そうでした…我々はここがどういう場所か失念していました。ここは普通ではない空間…
部屋同士が物理的に繋がっていなくても何も不思議ではない…」
「この空間にある部屋の一つ一つが、異なる空間にあるってことか。
となると、壁からの脱出は…」
3人とも途方に暮れた。今まで脱出できるという精神的支柱があってこそ、動くことができた。
だがそれができないとわかった途端、3人をとてつもない疲労が襲った。
張りつめていた神経の糸が切れてしまったのだ。体力や魔力はまだ残っている。
だが心の中で彼らは負けを認めてしまった。
部屋の片隅でうずくまっていた巨人がのそりと立ち上がる。巨人は警戒を解いていた3人の気配を感知し、猛スピードで3人へと迫った。
部屋には瓦礫と粉塵が舞い散り、ただでさえ暗いのに、更に視界が悪くなっていた。
突然粉塵の中から巨大な手が伸び、セミラミスを捕らえる。
がっちりと体を掴み、そのまま宙へと持ち上げられてしまった。
「しまった‼︎」
「きゃああああああああ!」
巨人の手は容赦なくセミラミスの体を締め上げる。
苦悶の表情を浮かべながら、何とか脱出を図ろうとするも巨人の力をエルフがほどけるはずもない。
「セミラミス殿!」
「魔術師、そこでじっとしていろ!」
ジェームズが巨人へと突撃する。素早い身のこなしで足元まで迫ると、そのまま巨人の体を登り始めた。
「うぐ…くすぐったい…」
巨人はジェームズを捕らえようと躍起になり、体制が不安定になった。そこをジェームズは逃さず、セミラミスを捕らえた腕に重力魔法をかけようとした。
「いだ!虫ケラぁぁぁあぁぁ!」
ばちん、という音と共に巨人の平手がジェームズを直撃する。ジェームズはそのまま壁へと吹き飛ばされ、力なく倒れた。
「ジェームズ殿!」
「もう一匹…いるのが…あと一匹ぃぃ」
巨人がセミラミスを締め上げたままペンドルトンを探し始めた。セミラミスは魔法で応戦してはいるが、巨人は獲物を見つけた極度の興奮状態で、効いているかは微妙なところだった。
地面が揺れる。巨人が部屋中を歩き始める。
「どごだあぁぁあ⁉︎虫ゲラアアアア‼︎」
「ぐっ、うっ…」
締め上げられたセミラミスは意識が朦朧としているようだった。
ペンドルトンが今使える魔法では現状を打破できない。攻撃用の魔法もあるが、セミラミスの魔法が効かないのであれば、自分のも同様だろう。下手に刺激してセミラミスを潰されても困る。
ペンドルトンは力なく魔導書を持ち、立ち尽くした。
自分一人ではこの状況を打破できない。2人を助けることもできない。
「どごに隠れだああああぁぁぁ⁉︎」
巨人がペンドルトンを探している。
彼の脳裏に〝あの日〟の記憶が蘇る。
目の前で倒れていく者達を助けることができず、いまと同じように立ち尽くした日のことが。
無力感に苛まれた3年前のあの日の記憶が。
「私は…何も変わってはいなかったのですね…」
手から魔導書が落ちる。
その音を巨人は聞き逃さなかった。
「見づげたあああああ‼︎」
巨人がペンドルトン目掛けて突進してくる。