黒き勇者、降り立つ5
部屋中を見回すとハルトマンは、アンセムが独断で行動を取っていると即座に理解した。
手で顔を覆う。力が抜け、ソファにどかっと腰を落とす。
「あいつめ…元々馬鹿者だとは思っていたが、ここまで考えの足らない馬鹿だとは…」
これで計画は台無しだ。最悪の場合、勇者殺しが自分であると露見する可能性が増えてしまった。
「死者のホムンクルスまで連れ出しおって…あれほど闇夜に乗じて行動を起こすと言っていながら…。」
ハルトマンもそろそろアジトに戻らなければならない。経過を報告しなければギーゼラに何を言われるかわかったものではないからだ。
その時、部屋に誰か入ってきた。気配でわかった。それはアンセムのパーティである2人だ。
目があって思わず固まる。
この2人とは初対面であり、アンセムの方からも自分の話はしていないはずだった。
「…………」
「………あの…」
「失礼、部屋を間違えたようだ。済まない、すぐに出ていく。」
それだけ言うと、つかつかと部屋を後にする。眼鏡をなおし、2人とすれ違いざまに一言だけ言い放った。
「死に損ない。」
怒りで頭が一杯のまま階段を降り、外へ出る。外は既に日が傾き始めていたがまだ明るい。今あの死者のホムンクルスを連れていたならかなり目立つ。
ハルトマンは焦る気持ちを抑えながら、一旦自分のアジトへと戻った。
薄暗い階段を降り、先程までいたホテルとは雲泥の差の狭い部屋へ入る。
ふと、念のために配置していたホムンクルス召喚用の魔方陣が消えていることに気づく。
自分らしくないが、今のハルトマンは冷静さを欠いていた。
「くそ、何があった…?」
部屋のさらに奥、アドルフがいる寝室まで入り、そこでハルトマンは異様さに気づいた。
「なんだ…これは…?」
アドルフとギーゼラはいなかった。
ハルトマンはしばらくの間、その部屋を右往左往していたが、やがて2人がどう行動したかを追うため、捜索を始めた。
部屋に荒らされた形跡はない。だがふと今まで通り過ぎた部屋は暗かった事に気付き、全ての通路、部屋の灯りをつけた。ハルトマンは息を呑んだ。
「これは……?」
通路、部屋ー
寝室以外の至る所にホムンクルスの死体が転がっていたのだ。力なくうなだれるホムンクルス。だがこれが外部の者の仕業ではないことは明白だった。
ホムンクルスの体にはアドルフの左手一帯を覆っていたあの呪いが付着していたのだ。
「アドルフ殿、一体何をしたのだ…?」
息絶えたホムンクルスはみな一様に体に呪いが付着しており、中には体全体が黒い炎のような呪いで覆われている者もいた。
ここに至ってハルトマンの頭に望ましくない推測が浮かぶ。
「アドルフ殿、気力を振り絞って外へ出たのか。このホムンクルスは呪いを振り払うため、もしくは準備運動がてらに蹂躙したとしか思えん…まさか、アドルフ殿もアーサーを探しに…」
ハルトマンは考えた。もしアドルフがアーサーを探しに行っているとしても、居場所は掴んでいないはず。流石のアドルフも今の満身創痍の状態では目立つことは避けるだろう。それにギーゼラが付いているのならば、より慎重な行動をとらざるを得ない。彼女が猪突猛進な行動をとってさえいなければ。
ハルトマンはしばらく考えた後アジトを後にした。