黒き勇者、降り立つ4
「まず私が聞きたいのはこの空間に入った私以外の者達のことだ。捕虜を入れて4名…この空間に入り込んでいるはずだが。」
チェスターは顔色一つ変えずアーサーを見たままだ。ややああってから答えた。
「そうだ、4人入り込んでいる。」
「今どこにいる?」
「さあ私の知るところではない。そこの槍に飲み込まれた阿呆が知っていたがな。」
ちらりとイングリスを見る。枝分かれした槍はまるで棘の生えた蛇のようにイングリスを締め上げ、がっちりと抑え込んでいる。
既に体の8割近くが槍で覆われている。この状態では会話もできないだろう。
再びチェスターに向き直る。
「隣のあなたは?何か存じていないか?」
ハンナは何も言わずじっとアーサーを睨んでいる。
「そうか、残念だ。では質問を変えよう。狼男は既に貴殿らの味方なのか?」
「それも私の預かり知るところではない。というよりアーサー殿、あなたの知りたいことは恐らくそこの阿呆に聞いた方が早い。」
笑いを押し殺しながらチェスターが言う。あくまで有用な情報は言わないようにしているらしい。
今この槍に触れるのは危険だ。あくまで目の前の2人から情報を引き出すしかない。
「他にはないのかね?ないならばお引き取り願いたい。我々はどうやら狙われているようでな。しばらくここから出られんのだよ。」
「随分無茶なことをおっしゃるのですな。この空間からは出たくても出られないはずだが?」
「ははは、言葉のあやだよ。」
足もとに視線を落としぼそりと呟く。
「この世からお引き取り願いたい。」
チェスターが右手を上げるとアーサーの足元にぽっかりと穴が開いた。だが普通の穴ではなかった。普通の穴と違うのは、それは不気味な光彩を放つ異次元への穴だったからだ。すとんと落ちるのではなく、ゆっくりと引きずり込まれるように飲み込まれていく。アーサーはあがいているようだが、確実に体は異次元に引きずり込まれつつあった。
「もっとゆっくりと語り合いたかったよ、アーサー17世。残念だ、非常に残念でならない。」
チェスターがそう言い終えると、もう体の半分以上は異次元に消え、やがてアーサーは完全に姿を消した。
「敵の空間へ単身入り込むなど、愚かなことだ。勝ち目がければ尚更だ、そうだろうハンナ?」
「仰るとおりです、主よ。しかしあの者、やはり只者ではないように思えます。主でさえあの黒い靄には…」
チェスターがハンナを睨む。
「い、いえ出過ぎたことを…御無礼お許しください。」
「よい、許す。あの黒い靄についてはイングリスの様子を見て概ねは察知した。」
「と申しますと?」
「あれは呪詛の類だ。それも極上のな。我々の再生能力を一瞬で消失させるほどの、だ。
あれは聖剣がない状態ではまともに立ち会えん。
奴め、どこであのようなものを身に付けた?」
その時、ガラスが割れるような音がした。それは部屋の四方から聞こえてきた。
それと同時に揺れるはずのないこの空間で地響きのようなものまで感じ始めた。
「これは…一体…?」
ガラス割れるような音は徐々に大きくなり、やがてチェスターの眼前で空間そのものがひび割れ、そこから先程消したはずのアーサーが現れた。
「貴様…どうやって…?」
「今の話聞かせていただいた。どうやら当主殿は聖剣が使えないとか。」
チェスターが怒りの表情をあらわにする。
「おのれ、小賢しい元勇者め…」
「条件は五分、お互い自前の武器を持っていない。もう少しこの空間について話してもらおうか。」
チェスターはくくっと笑ったかと思うと、明らかな敵意をアーサーに向けた。腰から長剣を抜き、臨戦態勢に入る。
「いいだろう、どのみち勇者機関の手の者は全て殲滅する。手始めに貴様だアーサー。」