黒き勇者、降り立つ3
「死棘の槍とはずいぶん趣味の悪い武器を使うのですな、あなたは確かパラディンのはずでは?」
体から突き出た妖刀に力が込められる。血で染められた刃が更に体から突き出た。
痛みに僅かに顔を歪めながら、イングリスは体を刀から外す形で、前方へと倒れこんだ。
振り返るとそこには槍に体を貫かれたままのアーサーが立っていた。
「貴様…騎士の、王の誇りを捨てたか…不意打ちなど…ごふっ」
口から血を吐き捨てながらイングリスが言う。
チェスターは冷ややかな視線を彼へと送った。直接見なくてもイングリスにはそれくらいわかるのだ。
これ以上の軽率な行動は自分の信頼を落とすばかりだ。だが彼には作戦があった。
「今の私は騎士ではない。剣を、妃を、勇者の血を、国を失った私は…今や一介の復讐者に過ぎない。誇りなど…全てを取り戻す時まで持ち合わせるつもりはない!」
アーサーの勢いに呼応するかのように槍が元に戻っていく。
やがてアーサーは右手に妖刀を、左手に死棘の槍を構えた。だがアーサーの傷はふさがっていない。
「ふん!姿が変わったかと思えば、思想も変わったか!落ちぶれたなあ元勇者!まるで悪魔のようだぞ。」
イングリスをはじめ、教会の戦士には自己再生の能力が備わっている。今の刀で腹を貫かれた傷も通常の者であれば致命傷にもなりかねないが、教会の戦士は時間経過で元に戻ってしまう。彼はそのための時間稼ぎをしているのだ。
だが話を続けるうちにイングリスは違和感を感じ始めた。
ー馬鹿な、なんだこれは…傷が修復しない。どういうことだ…?-
通常であれば傷を受けたその瞬間から再生は始まっているはずなのだが、それがいつまで経っても始まらない。
じわりと嫌な汗が額に出る。体がずきずきと痛み始めた。血も止まらない。
「顔色が悪いようだが…どうかしたのか?私もこの通り槍で負傷したが…もしや痛みに慣れていないのでは?」
「ふ、ふざけるな!我々教会を侮辱するのも大概にしろ!」
ーくそ!なぜだ、なぜ傷が治らない!?こんな痛みは久方ぶりだ…くそ、だが主の手前これ以上恥をさらすわけにはいかん。-
「主よ、イングリスの傷、回復していないのでは?」
「そのようだな。それがあの武器によるものか、はたまたアーサーの力か見極めねばな。
くくっ、奴の二の舞は避けたい。」
「仰る通りです。主よ。」
「後ろのお二方は人見知りと見た。こそこそといつまでも臣下の後ろに隠れるとは…こんな大仰な空間まで用意して、臆病者のようですな。」
「貴様!主を侮辱するなど、恥を知れ!貴様こそ、槍の傷が塞がっておらんではないか!そんなに黒く血が、…?」
アーサーの傷は黒い血のように見えたが、よく見ると傷ではなかった。傷があろう部分からは黒い靄のようなものがわき出ている。見るだけで不吉な靄は止まることはない。
だがよく見ると死棘の槍も黒く変色している。イングリスは絶句した。
そしていまだに痛む自分の傷を見るとそこにもあの黒い靄があった。
「な、なな、なんだこれは…」
痛みなどお構いなしにイングリスは黒い靄を払おうとした。だが靄は傷口から溢れ出てきていた。
よく見ると自分も血は流れていない。
「貴様ああああああ、私の体に何をしたああああああ!?」
「あまり大きな声を出さない方がいいパラディン殿。酷く下劣に見える。」
そう言うとアーサーは死棘の槍をイングリスめがけ投げた。
「それはお返しする。私には槍は合わん。」
死棘の槍はイングリスの体に刺さると刺さった部分から枝分かれし、彼の体を貫いた。
そして傷口からは血は一切流れず黒い靄だけがとどまることなく溢れ出た。
「さてゴドフロア10世よ。私は貴殿に話がある。」
教会の主、ゴドフロア10世チェスターは枝分かれした槍に飲み込まれそうなイングリスには目もくれず、アーサーを見据えた。
「いいだろう、アーサーよ。特別に聞いてやる。」