黒き勇者、降り立つ2
「…!貴様は…!」
サロンでペンドルトン達の動向を傍観していたチェスターの目の前に突然男が現れた。この時空間に入ってくる時点で只者ではないことは明白だが、その男の風貌の異様さは更に際立っていた。
悪魔のような風貌。血のように紅く光る目。まるで魔王のような禍々しいオーラ。
「ほう、グリージャはかなりのやり手のようだ。敵陣の中央に私を放り込むとは。」
「アーサー17世ヨハン…なのか…」
チェスターは驚きを隠せない。傍らのハンナも様子を伺っているようだ。話で聞いてはいたが、実物を見るとその変貌ぶりにやはり閉口してしまう。
魔王討伐で魔王を討ち取った勇者が、たったの3年でここまで変わるものなのか。
そして何よりこの侵入どころか感知すら不可能な空間に立て続けに侵入されたことでチェスター自身、追い詰められているような感覚すら感じていた。
ここまで禍々しいオーラも初めてだった。精霊の類がついておらず、代わりに数え切れない魔物の怨念が取り憑いている。この男は体の中にそれを閉じ込めており、恐らくそれと戦っているのだ。酷く不安定な状態で。
初めて見るその禍々しさにチェスターの額に汗がにじむ。
ハンナは先程からチェスターにどうすればいいのかと言いたげな視線を投げかけているが、ここまで頼りないハンナも初めて見た。
だが対するアーサーは風貌とは裏腹にやけに落ち着いている。しかし、これが本当にアーサーなのだろうか。携えた武器はエクスカリバーではない。恐らく魔力を流して戦う妖刀。魔力を御しきれていない為だろうか。
「申し遅れたな、私はアーサー17世ヨハン。故あってこちらまで参上した。あなたはトレミアの現当主ゴドフロア10世チェスター殿とお見受けする。」
チェスターはただアーサーを見ている。信じられない物を見たように固まっている。
「おや、当主ともあろう貴殿が名前すら名乗らないとは…若いとはいえ、その礼節のなさは感心しないな。」
「勇者如きが主の視界に入るのも感心せんな。」
不意を突いてイングリスがヨハンに襲いかかる。背後から槍による一突き。その突き刺さった槍はヨハンの体に刺さるとまるで枝のように無数の槍に分かれてヨハンの体を貫いた。
漆黒の血がサロンを染め上げる。
「申し訳ありません主よ、遅くなりました。」
「お前にしては上出来だ。」
チェスターがやや余裕のない笑みを浮かべる。
「たまにはやるのね。」
「ハンナよ、肝心な時にお前は駄目だのう。」
痛いところを突かれハンナはイングリスを睨む。
アーサー17世ヨハンは体から枝分かれした槍を生やし、その場から微動だにしない。
「しかしあの勇者も随分落ちぶれたものですな。」
物珍しそうにイングリスがヨハンを見る。彼の周りをぐるりと回って好奇の目を向けた。
「所詮教会の教えを守れなかった連中。神の加護がなかったのだろうな。惨めな最期だ。
だがお前は只者ではないことは認めてやる。俺に拷問させずに殺させたのだからな。」
一通り悪態をついた後イングリスはチェスターに向き直った。
「主よ。教会の裏切り者をまた一人始末いたしました。それもあのアーサーでございます。しかし私は嘆かわしいのです。教会の教えに従っていれば、アーサーもこのように落ちぶれることなどなかったでしょうに。」
チェスターもハンナも黙ったままだ。流石のイングリスもここまで無視されて若干苛立ちの表情を見せる。
「もしや主よ。主の手で始末したかったのでしょうか。そうであるならば大変失礼いたしました。ですがこの者は只者ではない。下手をすると主の身に危険が
「御託はそこまでだイングリス、そいつはまだ死んでいない。」
振り返る間もなくイングリスの体を妖刀が貫いた。