血に飢えた獣2
咄嗟に対応したのはペンドルトンだった。
ウルフの眼前にいたセミラミスは攻撃される可能性が高かったため、即座に結界を展開する。
しかしウルフはセミラミスを狙いはせずに俊敏な動きで3人の間を抜け通路の奥をひた走った。
「まさか!」
ペンドルトンが振り返った時にはもう遅かった。
ウルフが狙ったのは退避用の魔法陣。それを床ごと拳で粉砕したのだ。
床はウルフの一撃で魔法陣ごと砕け散り、鈍い輝きはふっと消えてしまった。
唯一の脱出手段が断たれてしまった。それも救出対象だったウルフによって。
ウルフは床を粉砕した後ゆっくりとこちらを振り返り、狙いを定めたようだ。また突進してくる。
「どうしたんだウルフ⁉︎」
ジェームズの声が虚しく通路に響く。動きが素早く攻撃を当てるのは至難の業だ。ジェームズは咄嗟に判断した。そこに先ほどまで怯えていた様子は微塵もない。
3人を緑色の淡い光が包み込む。
ジェームズの使う、体を軽くして素早く動ける魔法だ。
「狭い通路であの動きに対処するにはこれが一番だ。」
ウルフの動きが先ほどよりも遅く見える。恐らく自分たちが倍速で動いているのだろうが。
通路にどこか避難できる場所はないかと辺りを見るも、逃げられそうな部屋はない。
いや正確には扉はたくさんあるのだが、安全に避難できるだろう場所の判別がつかないのだ。
ウルフの突進を何とかかわしたものの、今度は床にめり込んだ戦斧を引き抜いた。
もう重力魔法が切れているのか、斧は軽々と持ち上げられてしまった。
ウルフはその場で斧を構え、回避できないよう薙ぎ払う姿勢で再び突進してくる。
「あそこ!」
セミラミスが指し示した先はあの皮が剥がれた男が出てきた部屋だ。
この通路で敵の攻撃を避け続けるだけでは埒が開かない。ウルフはとても対話できる状態でもなかった。
セミラミスが指し示した部屋には何が待ち構えているかわからないが、現状そこに逃げる他選択肢はない。
ジェームズの魔法が切れかかっている。ウルフの速度が体感的に素早く感じられる。
セミラミス、ジェームズ、ペンドルトンの順で扉の奥へ滑り込み、ペンドルトンが結界を展開する。
直後にウルフの斧による一撃が、結界を激しく揺さぶった。
結界越しとはいえ凄まじいパワーだ。
結界は攻撃に耐えているが、今にも破れるのではないかというほど敵の攻撃が苛烈なのだ。
とにかく3人は部屋を奥へと進む。
「まずいですな、退路を塞がれました。」
「あの女と連絡は取れないの?」
「この空間で外部へのテレパシーは使えません。
ですからいったん退避するとあれほど申し上げたのです。」
「そんなことよりウルフはどうなっているんだ?見たか、あの武器を。あれは教会特製の戦斧だ。」
「教会の奴らに操られているの…?」
「今は何とも言えませんな。とにかくあの状態ではまず説得は困難でしょう。我々も救出どころではありません。無闇に彼を攻撃するわけにもいきませんしな。」
「いや最悪の場合、それも考慮しないとな。」
「…ウルフを…殺すってこと…?」
誰もその後に言葉を発しない。
ペンドルトンはともかく2人にとってはパーティなのだから。
しばらく無言のまま部屋を奥へと逃げ続けるうち、3人は開けた場所へと出た。
だがそこは決して安全地帯ではなかった。
考えればすぐわかることだったのだ。
部屋から出てきた男は皮を剥がれていたーつまりこの部屋には、皮を剥ぐ者がいるということに。
そこは一目でわかる拷問部屋だった。部屋には異臭が漂っている。それだけではない。
「ブジュルルルル…あいづ、逃げだ。せっかぐ皮を剥いだのに…おで、怒られぢまう…ん?」
それは顔に黒いマスクを被せられた大型の巨人のだった。体は筋肉で盛り上がっているが、酷く腰は曲がっており、歯切れのわるい喋り方だ。何より、異臭が凄まじい。腐った臭いが鼻を突く。
「臭いがずる…獲物だぁ…あだらしい獲物。
おで、こいづら殺せば…怒られない…」