血に飢えた獣
「ウルフ…?」
音の主はなんと救出対象のウルフだと言うのだ。
ペンドルトン達にはまだ距離があったが、次第に近づいてくるウルフだろう者に必死に目をこらして確認しようとした。
しかしあれが救出対象だとしたら、なぜそんな悠長に構えていられるのだろうか。仮にも拷問を受けていた身でありながら、あの落ち着きは少々不思議だ。極端ではあるが、ジェームズのようになっていてもおかしくはない。敵が化けている可能性も捨てられない。
「セミラミス殿、音の主は本当にウルフ殿なのですか⁉︎敵が変身している可能性は?落ち着いて判断して下され!」
「あなたと違ってわたしはウルフのパーティだった、間違えるわけないじゃない。」
先ほどのいざこざで既にペンドルトンは彼女からの信頼を失っている。視線は廊下の奥にしか向いていない。
変身している可能性がないなら、尚更不自然だ。拷問していた者を倒してここまで来たのだろうか。
なぜこちらの場所がわかったのか、そしてなぜ鉄状の何かを持っている?疑問は尽きない。
やがてペンドルトン達にもウルフの姿が見えるようになってきた。
それは確かに映像で見た救出対象のウルフという人物に違いなかった。だが何かがおかしい。
彼からは殺気すら感じる。手に持っているのはやはり武器だった。鉄製の戦斧。それもかなり巨大なものだ。床に引きずりながら歩いたため、擦れていたのだ。
ウルフはこちらの姿が確認できると歩みを止めてこちらを見た。
「セミラミスか?」
低く淀みのない声。拷問を受けていたとは思えない。
ペンドルトンの頭に嫌な想像が膨らむ。拷問されていたはずなのになぜ傷が一つもないのか。声も落ち着き払っている。何より武器に見える装飾はー
「ええ、ウルフ無事だったのね。」
ウルフはちらりとこちらを見る。
「ああ、何とかな。竜人はいないのか?」
セミラミスも気まずそうにこちらを見る。
「ごめんなさい。いろいろあって、今はいないの。でもこれから会えるから心配いらないわ。」
「そうか。」
「…さあ、脱出しましょう!酷いこと、されてたんでしょ?回復しなきゃ」
「………」
ペンドルトンはウルフが手に持った戦斧に力を込めたのを見逃さなかった。
だが彼より少し早くジェームズがウルフの挙動に気づいた。ウルフの右手が床に引っ張られるように下がった。
「え?何…?」
今まで怯えていたジェームズがセミラミスに語りかける。その顔はまだ怯えてはいるものの、臨戦態勢そのものだった。
「セミラミス…ウルフから離れろ。」
「な、何を言ってるの?」
「ウルフ、今その斧でセミラミスを攻撃するつもりだったな?」
床に引っ張られたのは右手ではなく戦斧だ。ジェームズの重力魔法がかけられていた。ウルフは武器から手を離した。
ウルフはジェームズを睨む。
床にめり込んだ戦斧、その武器の装飾に施されていたのは間違いなく教会の紋章だった。
「せっかくの再会にそれはいらないだろう?
拷問で気が動転してるんだ。もうこんなところからも出られる。外で竜人が待ってる、脱出しよう。」
「いやその必要はない。」
「セミラミス殿、ジェームズ殿!今すぐ離れて下され‼︎」
ペンドルトンがそう叫ぶのとほぼ同時にウルフが雄叫びをあげた。